『華氏119』(2018年アメリカ/マイケル・ムーア監督)

 ポスターや予告編からは、マイケル・ムーア監督が第45代米国大統領、ドナルド・トランプと全面対決するかのような予想をしてしまうが、民主党に対する批判の方がより厳しいかもしれない。
 ロナルド・レーガン、ジョージ・W・ブッシュと12年間続いた共和党政権からその座を奪ったビル・クリントン率いる民主党は、大企業優遇へとシフトしていった。おかげでエスタブリッシュメントは、政権交代が生じても自らの地位を脅かされることなく、その一方で中間層はやせ細り、少数の超富裕層と多数の低所得者層へと格差が拡大していった。
 象徴的なシーンがある。
 マイケル・ムーアの故郷であるミシガン州フリントでは共和党のリック・スナイダー知事の指示で水道が民営化され、新しい水道が引かれた。ところがこの水道水が鉛に汚染されているのが発覚し、住民に健康被害が出たのである(地元のGM工場には従来の水道管からきれいな水が供給された)。
 にもかかわらず、「問題ない」「すでに解決済み」とスナイダー知事が素っ気ない態度を続けるなか、ワシントンから当時のオバマ大統領がやってきた。市民はオバマがきれいな水を取り戻してくれることを期待したが、彼は民営化された水道会社を公営に戻そうとするわけでもなく、フリントの町の演説会場で地元の水道水を飲むパフォーマンスをやってみせただけ。しかも、コップの水に口をつけるだけで、ひとくちも飲まなかった。
 その後、民主党の大統領予備選挙でヒラリー・クリントンとバーニー・サンダースが激しく争うも、不可解な集計により前者が勝利する。民主党への幻滅は「何をしても世の中は変らない」という厭世的な政治への無関心層を増やす原因にもなったと思う。
 希望はある。
 米国で相次ぐ銃乱射事件に対してハイスクールの生徒たちはSNSを使って賛同者を増やしていき、銃規制の強化を求めるデモを全米各で地一斉に開催した。ワシントンの目抜き通りは若い参加者たちで埋め尽くされた。
 未来の可能性も見える。
 草の根運動を通して普通の人たちが政治家をめざし始めた。大統領選で差別発言を繰り返すトランプに抗議し、SPによって演説会場を追い出された女性は、選挙区を一軒一軒回って支持を訴えている。
 正直、マイケル・ムーアの映画は疲れる。とくにブッシュ・ジュニア政権の暗部を白日の下に晒した『華氏911』以降の畳み掛けるような演出と先鋭化していく戦闘性を受け止めるには、こちらにも相応の体力が必要なのだ。初期の『ロジャー&ミー』や『ボウリング・フォー・コロンバイン』がもっていたひねりの効いた表現は後退し、映画はムーアにとって闘う手段そのものとなった。
 それがいいか、悪いか、ではない。彼がそうせざるをえないところまで世界は来てしまったということである。

(芳地隆之)