『作兵衛さんと日本を掘る』(2018年 日本/熊谷博子監督)

 福岡県筑豊の炭鉱夫・山本作兵衛さん(1892-1984)が描いた炭鉱の記録画と日記が日本初のユネスコ世界記憶遺産に登録されたのは2011年5月。
 ああ、そうだった、東日本大震災から2カ月。東京に住む者として、ふだんの私たちの暮らしは原発を筆頭に地方の産業に支えられていることを痛感していたさなかに、この世界記憶遺産登録のニュースを見たことを思い出したのだった。

 『作兵衛さんと日本を掘る』は、作兵衛さんの画と共に、作兵衛さんを知る人々の言葉を通して、この国の石炭産業を担った労働者の姿を映し出す。
 明治、大正から、昭和にかけて、1960年代にエネルギー産業の転換で閉山が相次ぐまで、炭鉱労働の現場は過酷なものだった。特に筑豊は炭層の薄いところが多く、坑道は立つこともできない。作業は、石炭を掘り出す先山(さきやま)と、運び出す後山(あとやま)の二人一組で進める。先山は男性で、後山は女性。多くは夫婦で、兄妹、姉弟で組むこともあったという。
 先山の男性は、坑道が狭いので座ったまま、場所によっては寝転んでツルハシをふるい掘らなればならない。これも大変だけれど、女性の運び出しもまた重労働だった。女性は夫が掘った石炭を、底にソリのついた大きな竹のカゴに入れて運ぶ。重さは100キロ超。しかも坑内は上り下りの急勾配がある。上半身裸の肩に太い縄をまわし、上りは引っ張り上げる。もっときついのは下り。下方でカゴを両手と頭で押さえながら、這いつくばって後ずさりする格好で運び降ろしていく。手や足を滑らせたりしたら一巻の終わり。なかには背に子どもをおぶっている女性もいて、ほんとうに命がけの労働だった。男性の補助的な作業などではない。
 筑豊に住み続けて、炭鉱で働く女性たちの聞き書きをおこなった作家の森崎和江さんは、「一日の仕事を終えて、坑道の先に出口の光が見えるときがいちばん嬉しかった」という「女坑夫」の言葉を伝える。自然光がまったく入らず、カンテラの光だけが頼りの暗闇で、朝から晩まで石炭を運ぶことの重圧感はどれほどのものか。作兵衛さんの描く女性はみな美しい。キリリとした女性たちのまなざしには、日々、生死を分ける労働に就いている覚悟のようなものが宿っていたのかもしれない。

 筑豊の炭鉱と労働者とはどのようなものだったのか。森崎和江さんのほか、作兵衛さんの三女、孫、炭鉱労働者の自立と解放のための運動拠点をつくった上野英信さんの長男、100歳を超える元女性労働者らが語り明かしていく。
 初めて知ったのは、厳しい差別が昔もいまも存在していることだ。筑豊の炭鉱夫といえば、背や腕に入れ墨を彫っている者が多く、豪気で、いなせで、命知らずの男たちは、地元では一目置かれる労働者ではないのかと漠然と想像していた。しかし、作兵衛さんの三女・井上富美さんは、いまもなお作兵衛さんのことを「タンコタレやろが」と面と向かって言う人がいると話す。上野英信さんの長男・上野朱さんは、炭鉱をイメージさせる「筑豊」という名称をなくすことが検討されたり、炭鉱のあった番地は避けられたりしていることを述べている。きつく、危険で、きたなく、誰もがやりたがらないが、誰かがやらなければならない仕事に従事する人々を差別する心性は大昔からある。だけど、炭鉱労働者がいなければ明治以降に国が推し進めていた殖産興業は成り立たなかった。その労働者を地元の人々が蔑視するのはどういうことなのか……。

 監督の熊谷博子さんは「当時の炭鉱の姿ではあるが、私には、そのまま現代に思えた。中に描きこまれた労働、貧困、差別の問題、戦争への記述、共働き夫婦の家事労働に至るまで今と同じだ」と書き記している。
 そう、何も変わっていない。最後にエンドロールが流れているとき、この作品が『作兵衛さんと日本を掘る』と名付けられた意味がふっと腑に落ちた。知っておかなければならない、この国の負の歴史はたくさんある。しかし、中央から離れた地方の市井の人々や労働者が強いられてきたさまざまな犠牲、苦痛は伝わっていないことも多い。たとえば国策にそったエネルギー産業の構造がはらむ矛盾や問題は、東日本大震災が起きるまで、私を含め多くの人はちゃんとわかっていなかった。石炭から石油へ、そして原子力発電へ。それは100年前からつながる重要な課題であるにもかかわらず。
 『作兵衛さんと日本を掘る』は、作兵衛さんの画と共に過去と現在のこの国の産業と労働のありようを掘って、掘って、掘り起こす。そこで見えてくるのは、すべての労働者が働きやすく、生きやすい社会に変えていくために、いま私たちが知るべき記録であり、忘れてはならない記憶である。

(海部京子)

『作兵衛さんと日本を掘る』(2018年 日本/熊谷博子監督)

2019年5月25日(土)より東京・ポレポレ東中野、札幌・ディノスシネマズ札幌劇場にて公開。ほか全国順次公開。 
※公式サイトhttps://www.sakubeisan.com/