第81回:投票率と、複雑怪奇な選挙制度(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

投票先に迷っている

 関東地方、鬱陶しい梅雨空が今日も続く。毎日がムシムシの小雨模様。ああ、選挙の候補者たちも大変だろうなあ…と思いつつ。
 さまざまな調査結果が報じられ、各候補者も政党も、一喜一憂の毎日。それもあと数日で終わる。
 ぼくは困っている。入れたい人や党が見当たらないからではない。一人や一党に絞り切れないから困っているのだ。誰に入れようか、どの党に投票しようか? 絶対に入れたくない党や候補者は言うまでもなく決まっているが、伸びてほしい党や当選してほしい候補者は複数いる。

 安倍政治をストップさせることを優先
 強者優遇・弱者無視の経済政策を終わらせ
 戦争への道を開く安倍改憲にNO!をつきつけ
 すべての原発から撤退して自然エネルギーを推進し
 ヘイト発言や言動をなくして人権を守り平等社会を実現する

 そういう候補をたくさん誕生させたい。
 だから、ぼくは迷っているのだ。でも低投票率が予想されているらしい。それが心配でもある。

「れいわ旋風」は、マスメディアの敗北

 東京選挙区では、野原ヨシマサ候補(れいわ新選組)の動向が注目を集め始めている。沖縄出身の現役創価学会員の野原候補が、無視できない票数を獲得しそうだというのだ。
 これはマスメディアの敗北である。
 野原候補について、マスメディアは当初、まったくといっていいほど触れなかった。いわゆる“泡沫候補”の扱いだった。だから野原候補の急伸は、マスメディアの報道とはまったく違う場所から沸きあがって来た現象だ。
 山本太郎代表の鬼気迫るスピーチが人々を揺り動かし、それが多くのブログやツイート、フェイスブックなどのSNSを通じてじわじわと浸透し、口コミでさらに広がり、ついにはマスメディアも取り上げざるを得なくなった、というのが経緯である。
 マスメディア(とくにテレビ)の力をまったく借りずに、野原候補はここまで来た。つまり、従来の選挙戦における「マスメディアが取り上げなければ泡沫候補」という図式は崩れたのだ。
 マスメディアはそれだけ、社会への影響力を失ってきている。テレビも急に野原候補を取り上げ始めたが、彼らは自らの“敗北”に、果たして気づいているのだろうか?
 この勢いが比例区にまで広がりつつある。代表である山本太郎氏が、当選確実視された東京選挙区から比例へ回り、それも「特定枠」2名を指定したことによって、太郎氏本人は最低でも3人当選分の票を集めなければ落選することになった。いわゆる背水の陣である。
 よく決意したものだと舌を巻く。
 山本太郎氏を中心とするこの旋風が、今回の選挙に及ぼす影響によっては、マスメディアは、それこそ徹底的な反省を強いられることになるのではないか。もし、この状況にきちんと向き合えるジャーナリストが、まだ企業内に残っているとすればの話だが。
 旧来の世論調査からは見えてこない状況が、今までとは違って、SNS等を中心にした場所から生まれてきていることに気づく感度の良い記者たちが、まだ企業ジャーナリズムの中にも存在しているはずだと、ぼくは思いたい。

自民党の党利党略

 そしてもうひとつ、選挙に関しては考えなければならないことがある。選挙制度のデタラメさだ。だいたい、参院選の選挙制度について、きちんと理解している人がどのくらいいるのだろうか?
 地方選挙区と比例区、まあ、その違いくらいは分かる。しかし、比例区ではどう書けばいいのか。党名に投票するのか、候補者名に投票するのか。このコラムをお読みいただいている方たちには自明のことだろうが、わが義母(昨年亡くなった)は、最後までそこが分からなかった。
 「比例って、自民党とか社会党とかって書くのよね」……。
 社会党と社民党の区別もつかないようになっていたけれど、それはまあ仕方がない。わざとらしく「立憲民主党」を「民主党」と言い間違えてみせて笑いをとろうとする安倍首相より、よっぽどましだ!
 けれど義母は、比例区なのに特定の人名を書いてもいい、というのがどうしてもうまく理解できなかったようだ。

 ある候補者の名前を書いたのに、なぜかそれが所属政党の得票になる。よく分からない制度だ。つまり、政党に属して比例区で立候補すれば、たくさん票を集めた候補者から順に当選していく…という制度???である。
 これはむろん、有名人(主に芸能人やスポーツ選手)候補で大量の票を獲得し、それによって他の候補者の当選を図ろうという自民党の得意技。三原じゅん子氏、今井絵理子氏、橋本聖子氏などが典型的だ。
 しかも今回はそこに「特定枠」などという、さらに自民党の党利党略としか言えない制度が付加されてしまった。これは、候補者の得票数にかかわらず、所属政党が候補者を1番、2番と指定してもいいということ。だから、1番に指定されれば、その候補者はたとえ10票しか得票しなくても、数万票を獲得した候補者よりも先に当選できる……。
 もうわけがわかんないよーっ!

 なぜこういうバカな制度ができたか。
 これは、参院選の1票の格差を縮めるために、これまでそれぞれが1区だった高知と徳島、鳥取と島根を合区したことによる。合区とされた4県の自民党県連からはごうごうたる不満が噴出した。これまで、各県からひとりずつ、4人の自民党候補者が出ていたからである。2県で1区の合区となれば、2県で1人しか候補者を立てられない。自民党の鳥取・島根と高知・徳島の各県連が、オレんとこの候補者を優先しろ、と大騒ぎ。
 そこで安倍政権は強引に、それぞれの合区の候補者のうち1名を「特定枠」に指名して、確実に当選できるような制度をでっち上げた。そうすれば、選挙区でふたり、特定枠でふたり、今までと同じように、4人の当選が可能と踏んだ。まさに自民党の党利党略そのものだ。
 こんなメチャクチャな制度があろうか!

参院と衆院の選挙制度の違い

 また、参議院と衆議院では、選挙制度がまるで違う。それも正確に理解している人は極めて少ないだろう。わがカミさんは、たまにはデモなどにも参加するなど、それなりに政治に関心を持っているほうだが、選挙のたびにいつも首をひねっている。小選挙区制と比例制の違いや、候補者名の記入の仕方など、その都度ぼくに訊いてくるのだ。ぼくにしたってそんなに詳しいわけじゃない。それこそ、ググって確かめなきゃ、分からない。
 参院選では比例区は全国だが、衆院選ではこれが地域ブロックごとになる。定員も、北海道8、東北13、北関東19、南関東22、東京17…などと、全国が11ブロックに分けられ、当選者数も各ブロックで違う。
 当選順位は“ドント式”っていうヤツで決まる。
 しかもそこに、復活当選制度とかいう、わけの分からないもんが混じり込んでくる。まあ、普通の人で、これをスラスラと説明できるなんて、よっぽどの“選挙オタク”でもなければお目にかかれないだろう。
 これが投票率低下の一因にもなっていると、ぼくは思う。こんな制度をほったらかしといて、若者の選挙離れ、などと言うほうもどうかしている。もっと若者に(いや、フツーの人にも)分かりやすい選挙制度に改めなければ、この投票率下落は続くだろう。
 マスメディアは、投票率の低下や若者の選挙離れを嘆く前に、なぜこんな複雑怪奇な選挙制度の“改正”を主張しないのだろう。民主主義を守る上では、憲法“改定”よりも選挙制度“改正”のほうが、はるかに重要で喫緊の課題ではないだろうか。

 参院選が終わったら、すぐにでも「選挙制度改革委員会」というようなものを立ち上げて、もっと分かりやすい選挙制度に改める議論を始めるべきだと、ぼくは強く思うのだ。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。