なぜ日本ではいまも戦後が続くのか(助田好人)

 小熊英二さんの『私たちの国で起きていること 朝日新聞時評集』(朝日新書)が出版されたのは4月末。2011~2016年にかけて朝日新聞に連載された時評集は、第二次安倍政権以降に見られる様々な現象を事実と統計に基づきながら批評しつつ、来るべき社会のための提言も積極的に行っています。
 取り上げられるテーマは報道の自由、原発、デフレ、自然災害、選挙など多岐にわたりますが、ここでは「戦後」と「改憲」をとりあげたいと思います。2015年8月26日に掲載された「『戦後』とは何なのか」で著者はこう書いています。
 「私の意見では、日本の『戦後』とは、単なる時期区分ではない。それは『建国』を指す言葉である。
 日本国は、大日本帝国が滅亡したあと、『戦後』に建国された国である。もちろん、日本国の構成員が、一夜にして変わったわけでない。しかしそれは、1789年にフランス共和国が建国され、1776年にアメリカ合衆国が建国されたのと同様に、『戦後』に建国された国である」
 小熊さんがここで指摘するとおり、普通、「戦後」という時代の長さはせいぜい10年でしょう。20世紀以降、多くの戦争をしてきた米国にいたっては、どの時期を「戦後」といっていいのかわからないほど。一方、日本は70年を過ぎたいまも「戦後」が続いています。今年も全国高校野球大会が始まりました。毎年8月15日に甲子園に鳴り響くサイレンとともに選手も監督も観客もみんなが黙祷する光景は私たちのなかにすっかり定着しています。
 あの戦争によって大日本帝国は崩れ落ちました。その上で生まれたのが日本国憲法です。
 私たちの憲法は他国に比べても短い。単語数でいうと、「インド憲法の29分の1、ドイツ基本法の5分の1に満たず、世界平均の4分の1以下」(「日本国憲法 改憲されずにきた訳は」)だそうです。日本国憲法は理念(国民主権、基本的人権の尊重、平和主義)に重点が置かれており、選挙制度や地方自治、会計検査院の権限など統治機構、財産権や労働条件、参政権資格など人権に関すること、また教育を受ける権利や納税の義務の詳細は、法律で決めると条文が定めているのです。
 日本国憲法を変えるべきと主張する論者は、他国の憲法改定の回数を例に挙げますが、改定の内容のほとんどは、日本国憲法が「法律で決める」としているものであり、フランスが自由・平等・博愛の精神を変えるとか、米国が人民主権、連邦主義、三権分立を見直すといったことではありません。それが政府主導で行われようものなら、国を挙げての大議論になるでしょう。
 しかるに安倍政権が目指す改憲――対象は、天皇を「主権の存する国民」の統合の象徴と位置付けた第1条や、「戦力」放棄をうたった第9条など――は、国是を変える類のものです。つまりは70年以上続いてきた日本の建国理念を変えるに等しい。しかも、世論調査では改憲に関心のあるのは有権者の3%に過ぎない現状で、それを強行するのはクーデタに近いと思います。
 たとえば、9条3項に自衛隊の存在を明記するだけで何も変わらないと安倍首相は言いますが、それなら変える必要がないわけで、いったい彼は何を目指しているのでしょうか。
 従軍慰安婦問題は安倍首相が野党時代からこだわってきたテーマであり、いみじくも「あいちトリエンナーレ」の一環として開催された「表現の不自由展・その後」において展示された、慰安婦を象徴する「少女像」を、名古屋市長が日本の国民の心を傷つけたとして展示の中止を求め、さらには匿名の脅迫が相次いだことで中止に追い込まれました。
 政府も本来であれば、「ガソリンを撒く」などという脅迫には断固たる非難声明を出すべきところ、菅官房長官は主催者側に批判的です。
 小熊さんは「『誤解』を解く 『枢軸国日本』と一線を」のなかでこう書いています。
 「(中略)国際社会の視点からは、『慰安婦問題』での『誤解』の解消にこだわる日本側の姿勢は奇妙に映る。それによって『枢軸国日本の名誉回復』に努めても、『日本国』も国際的立場の向上とは無関係だからだ」
 そこが自らの過去から目をそらさなかった戦後ドイツとの違いなのではないでしょうか。安倍首相は日頃から共通の価値観をもつ日米同盟の重要性をうたいますが、安倍首相の望む憲法改定がなされたとき、はたして米国と価値観を共有できるのか。むしろ中国のそれに近くなるのではないか、と私は思うのです。
 「枢軸国日本の名誉回復」は「戦後の日本」への批判とセットです。現憲法が押し付けられたものだから改憲しようという声がありますが、それに対しては著者は憲法学者の木村草太さんの言葉を紹介します。
 「『押しつけだから気に入らない』というのでは、『いまの日本国憲法に内容的問題はない』と自白しているようなもの」
 現政権を突き動かすものは「アンチ」ではないでしょうか。国内外を問わず、政権批判する人、過去の歴史を批判的に継承しようとする人に「反日」とレッテルを貼る風潮も後押ししている。
 「われわれは〇〇な社会を目指す」というビジョンに欠けているのです。だから国民の団結を図ろうとするときに仮想敵をつくる。しかし、何かと敵対する、誰かを差別する、蔑視することで強められた団結心がいざというときにいかに脆いものかというのも私たちは先の戦争で思い知らされました。
 建国74年目の夏。今年も暑い終戦記念日を迎えそうです。

(助田好人)

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