人力車を引いて生計を立てながら、詩を書いている朴烈。彼の詩「犬ころ」に心を奪われ共同生活を提案した金子文子。朝鮮人として、親に捨てられた子どもとして、日々差別にさらされる2人の生活は関東大震災を機にさらに苛烈になっていく。
「十円五十銭と言ってみろ」
在日朝鮮人は濁音が苦手だから、うまく発音できないのが証拠だとばかり、自警団の男は竹槍を手に少女に迫る。火の海を必死でかいくぐってきた少女が怯えながら小声でつぶやく。そして「じゅうえんごじゅっせん」を発音できないとみなした男は竹槍を少女に突き刺す。
1923年9月1日正午近く、南関東一帯を襲ったマグニチュード7.9の地震による死者は約9万9000人に上った。家屋の倒壊よりも火災によって命を落としたケースの方が圧倒的に多かったが、それ以外の理由で死んだ人々もいた。在日朝鮮人である。朝鮮人が震災のどさくさに紛れて井戸に毒を撒いた――そんなデマが広まり、約6000人の在日コリアンが殺害されたのだ。
国際社会における日本の汚点である。批判を回避したい政府は、朴烈と金子文子の所属する無政府主義者の組織「不逞社」が皇太子殿下暗殺を企てたというストーリーをでっち上げた。
ところが朴烈は自ら首謀者として名乗り出る。「人間は生まれながらにして平等である」。裁判所で持論を述べ、法廷を自らの思想を開陳する場にしたのだ。彼とともに出頭した文子も裁判官や傍聴席に座る人々に対して階級闘争の必要性を熱弁する。
あの時代を生きた2人の言葉と行動は直截だ。強大な権力に対する死刑を覚悟した捨て身の抵抗は、異民族であるがゆえの差別、貧困のなかで暮らしているがゆえの差別の根源を国家のなかに見出した2人だからこそ可能だったのだろう。
全編カメラがいい。映像技術の高さが時代の空気を出すことを邪魔することなく、微妙な色合いをもって約1世紀前の出来事を再現する。
朴烈の母親へ送るために獄中生活のなかで撮った2人の写真(ポスターに使われている)を、映画が終わった後にあらためて見てみる。朴烈と同じ椅子に座って本を読む文子と、文子の胸に手を当てる朴烈の茶目っ気が、人間の心の奥底にある力強さと優しさを表しているかのようだった。
(芳地隆之)