第85回:「日韓摩擦」の経緯を考えてみる…(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

安倍内閣と「三権分立」の原則

 発端は、2018年10月30日にさかのぼる。韓国大法院(最高裁)が、かつて日本企業に徴用され働かされていた韓国人労働者4人について、企業側(新日鉄住金株式会社)への損害賠償を命じた。いわゆる「徴用工問題」である。だから確かに「摩擦」のきっかけは、韓国側が作ったと言える。だがそれは、あくまで「韓国側」であって「韓国政府」ではない。
 日本政府はこの判決に激しく反発。ことに安倍晋三首相は「これは1965年の日韓請求権・経済協力協定で、最終的に決着した問題だ。いまさらそれを持ち出すのは、国家間の信義を踏みにじる行為だ」と韓国側を強く批判した。安倍首相の言うことにも一理はある。日韓両国間で一応の決着はついていたと、日本政府が理解していたからだ。
 だが、それはあくまで「国家間の話」だったはず。安倍首相以下、日本政府の韓国政府批判は、どうも筋が悪い。
 なぜか?
 安倍内閣は「三権分立」を理解していない(いや、理解した上でとぼけているのかもしれないが)。
 どんな教科書にだって「三権分立」は載っている。司法・立法・行政のことだ。裁判所は「司法」に属する。国会が「立法」、内閣はそのうちの「行政」を担当しているに過ぎない。「三権分立」とは、この三権が互いに独立し、どこからの干渉も受けてはならないということだ。
 そのくらい、いくら日本国憲法が大嫌いの安倍氏だって知らないはずがない。だから、韓国大法院が下した判決について、日本政府が韓国政府を批判するというのは筋違いなのだ。どうしても批判したいというのなら、韓国大法院を批判するしかない。政府といえども、自国の司法を左右することはできないのだから、当たり前のことだ。
 河野太郎外相も同様に「判決は暴挙であり、国際秩序への挑戦だ」などと吠えたけれど、それは韓国政府へ向かって言うことではない。繰り返すが、相手は韓国大法院である。
 したがって、「これは韓国国内で解決してほしい」というのならまだ理解できるが、「韓国政府が悪い」と国家批判をするのは、違う相手に鉄砲を撃っているようなものだ。
 ただし、議会で承認を受けた条約は国内法の上位にある、という学説が日本では有力である。そこで「韓国大法院が条約を破ったのだから、判決を見直せと韓国に要求するのは正当である」という意見も散見される。だがそれは日本国内のことであり、その意見が国際社会で多数であるとは言えない。
 ともあれ「三権分立」の原則を、他国であっても尊重すべきだと、ぼくは考える。

安倍首相は「司法」すら思いのまま?

 こんな例はどうか?
 もし、韓国が(いや、他の国でもいいが)、沖縄の辺野古米軍基地建設に関するさまざまな判決について「間違っているから取り消すべきだ」と日本政府に迫ったとしたらどうするか? 日本政府は「内政干渉だ」と一蹴するだろう。たとえ批判内容が正しくても、そうするしかない。「これは裁判所が下した判決だから、政府としても、いかんともし難い」のである。
 ただ、安倍首相には「司法などどうにでもなる」という思い込みがあるのかもしれない。現在の最高裁判事15人は、すべて安倍内閣が任命した。「全員が俺の掌の上にある」と、司法をも支配下に置いたと思っていても不思議ではない。なにしろ「私は立法府の長ですから」と平気でのたまわってしまう人物だ。「三権分立」など考えたこともないだろう。
 安倍首相は、裁判所に言うことを聞かせるくらい簡単なことだと思い込んでいるのかもしれない。韓国大法院ではなく韓国という国家を恫喝すれば、判決などひっくり返せるとでも思ったか。
 韓国の大法院の判決がいかに不当(見方によるが)だとしても、それを基に韓国という国家を非難するのは、当初から無理があったのだ。

「輸出規制」は報復ではない?

 日本政府は、威丈高に韓国を攻撃する。
 7月4日、日本政府は突如、半導体の材料となるフッ化水素など3品目に関して「輸出規制」を発表。
 韓国の重要な輸出品目である半導体製造に欠かすことのできない材料を規制した。これまで輸出申請されればすぐに許可していたものについて「安全保障上の問題がある」からという理由で、厳格な審査を行う、と発表したのだ。ものによっては数カ月の期間が必要になるかもしれないと報道された。
 いかに日本政府が「これは単に日本の国内手続きに関する問題で、徴用工判決への報復措置ではない」と抗弁しても、国際社会はそうは見ない。官邸の片隅からでさえ「徴用工問題が片付かないから…」という呟きが聞こえてくる。この措置は、明らかに「徴用工判決」への報復だった。安倍首相の腹のうちはミエミエだったのだ。
 問題なのは、日本側が「安全保障上の問題」と、具体例を示さず言及したことだ。この「安全保障上の問題」が、のちの韓国によるGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の一方的破棄につながる。不用意な一言が、後で予想外の結果を招くことになるといういい例だ。
 当然、韓国は激しく反発する。
 考えれば当然だ。自国の大法院の司法判断を、他国の首相がひっくり返せと要求してくる。少なくとも、三権分立を理解していれば、いかに無理無体な要求かは分かる。

どちらが「極めて無礼でございます」か?

 さらに火に油を注いだのは、河野太郎外相の発言と態度だ。
 7月19日、韓国の南官杓(ナム・ グァンピョ)大使を外務省に呼びつけ、日韓請求権協定に基づく仲裁委員会の開催に韓国側が応じなかったことに腹を立て、南大使の発言を途中で遮り「極めて無礼でございます」と語気を荒らげた。「ございます」をつければ丁寧な言い方だとでも思ったか、この勘違い男は。
 相手大使の発言中に、それを制して口を挟むなど、外交儀礼を逸した「極めて無礼」な態度である。その様子はむろん、韓国内でも報じられ、韓国民はさすがに怒った。
 国家間の軋轢を、なんとか言葉で解きほぐそうとするのが外務大臣の務めであり、それが外交というものだろう。河野太郎氏は失礼ながら、まったくそれを理解していない。外相が自分で火を煽ってどうするのだ! 稀に見るトンデモ外相である。

「安倍圧力外交」の成果とは

 安倍内閣は、さらなる手段に打って出る。安倍首相お得意の「圧力路線」である。「安倍圧力外交」が外交手段としては失敗続きだということを、なぜ内閣の誰も首相に進言しないのだろう。ヒラメ議員とヒラメ官僚しかいない官邸の無惨。
 北朝鮮には相手にされず、米トランプ大統領のポチに徹して武器の爆買い、日米貿易交渉での譲歩と突然のトウモロコシ輸入、プーチン大統領には北方領土であしらわれ、イランへは何しに行ったのかと揶揄され、中国との間では何の進展もなく、できるのはカネをばら撒きに飛び回る外遊だけ。いったいどこが「外交の安倍」なんだか。
 8月1日、安倍内閣は閣議決定で、貿易優遇国の「ホワイト国」から韓国を外す、という劇薬を投じた。「圧力外交」の一端である。しかも、ここでまた「安全保障上の疑義」を持ち出した。
 さすがに、韓国国民の怒りにも火がつき始めた。「おいおい、我慢してりゃいい気になって、いったいどこまでバカにすりゃ気がすむんだ」というわけだ。これではむしろ、安倍政権が率先して「日本製品不買運動」に加担しているとしか思えない。
 先週のこのコラムでも報告したけれど、韓国民の対応は日本のマスメディアの報道とはまるで違う。いたって冷静なものだった。「日本製品不買運動」などというフラッグが街頭に掲げられたが、市民の抗議ですぐに撤去された。それが8月上旬のことだ。
 だが、その我慢もそろそろ限界に達するかもしれない。

安倍首相は、文大統領のボールを投げ返さなかった

 韓国の各航空会社が日本路線の縮小・停止を開始し、それに伴い日本各地の観光地から韓国人観光客の姿が消えつつある。ことに九州と北海道にその影響は著しいという。
 「地方の活力」を口走る安倍内閣だが、地方の疲弊を招いているのは安倍内閣そのものである。
 そこに輪をかけて「LCC(格安航空会社)の客にはそれ相応のおもてなしでかまわない」などと、知ったかぶりのバカ評論家がお出ましになる。「来たくないなら来なくてけっこう」と思いっきりヘイトをかます弁護士コメンテーターもワイドショーで大はしゃぎ。いい加減にしてほしい。
 一方、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、8月15日の「光復節」の演説で日本批判を封印。むしろ日本との融和をにおわせ、日本との協議を提案した。これが多分、文大統領にとっては、最終的な日本へのメッセージだったのだ。つまり、文大統領は「これを受けてくれ」と、日本へボールを投げたのだ。
 だが、我が安倍首相はそんなボールなど一顧だにせず、のんきな夏休み。毎日ゴルフに明け暮れていた。
 せっかくのチャンスを安倍首相は無視した。対話の扉が閉ざされた…。

文大統領も愛国心を煽動…

 文大統領の支持率が下がり始めている。文氏が側近中の側近として次期法相に指名しようとしていた曺国(チョ・グク)氏のスキャンダルが問題化し始めたことも大きな要因だ。グク氏の娘の進学や蓄財についてのスキャンダルが、韓国のマスメディアによって、次から次へと暴かれている。それが、文大統領の支持率の足を引っ張っている。
 来年4月には韓国で総選挙が予定されている。
 支持率低下のまま選挙に突入するのは避けたい。そこで文大統領が打ったのは日韓の間のGSOMIAを破棄するという禁じ手だったのだ。
 支持率回復のために「愛国心」を煽る、というのは、古今東西、左右を問わず、時の権力者の最終的でしかも最悪の手段である。その禁じ手を、文大統領は使ってしまった。これはマジでヤバイ。愛国心と愛国心のぶつかり合いがもたらす行き先は、泥沼だ。
 リベラル派の人気を、逆に愛国心煽動で取り戻そうという窮余の一策。いくら追いつめられているとはいえ、文氏ももう少し慎重に検討すべきだったのではないか。
 ここで韓国側は「ここまで国家間の信頼が崩れた以上、軍事的『安全保障上』の意味は失われた。したがってGSOMIAを破棄する」と、破棄の理由を説明した。
 前述したように、日本側が「安全保障上の疑義があるので、輸出規制を行い、ホワイト国から韓国を除外する」と述べたことを、韓国側が逆手に取ったのだ。日本側の不用意な言葉が、こんな結果を招いたともいえる。

韓国政府の焦り

 しかし、韓国側もそうとう焦っている。
 韓国の李洛淵(イ・ナギョン)首相は26日、「GSOMIAが失効するのは11月23日。それまでに輸出規制強化などの日本側の不当な措置が元に戻れば、我が政府もGSOMIAを再検討する…」(朝日新聞27日付)と述べたという。焦っている証拠である。
 文大統領はGSOMIAについては、完全に読み違えた。後ろ盾になってくれるはずのアメリカからも「大いに失望した」と言われ、孤立感を深めているのが現状だ。
 日韓両政府とも、振り上げた拳の下ろしどころが見つからず、よけいに強い言葉と態度を並べ立てるしか方法が見つからない。

 結論。話し合うしかないのです!

 「話し合い」という結論は単純であり、あまりに素っ気ないかもしれないが、一旦、振り上げた拳を下ろし、話し合いの場に着くしかない。話し合い以外に解決策など見つかろうはずもない。
 我が国はこうする。故に貴国にはこうしてほしい。そういう話し合いを積み重ねていくしかないだろう。
 政治家なら、そういう道を選んでほしい。煽り立てて国民同士をいがみ合わせることは、賢明なる政治家諸氏の採るべき道ではない。
 そのくらいは、日本(自民党)の政治家たちだって分かってくれているだろうと、ぼくは思いたいのだが……。

鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。