小さい頃から公益的な分野に興味があったという大毅(だい・つよし)さんは、大学在学中に司法試験に合格し大手の法律事務所に就職しましたが、企業法務を通じて社会貢献する可能性を追求するべく29歳で開業。現在は企業法務を中心とした通常業務の傍らで、非営利組織(NGO/NPO)などへの法的サービスを行うプロボノ活動にも積極的に取り組まれています。
今回の講演では、弁護士としての業務やプロボノ活動などの経験を通じて感じたことや、新しい時代に求められる弁護士の使命や役割などについてお話しいただきました。[2019年9月21日(土)@渋谷本校]
20代でのもがきや挑戦が将来のキャリアに
私が大学生だった頃、弁護士資格をもつ政治家が大変少ない日本とは対照的に、海外では米大統領だったクリントン、英首相だったブレアなど、本人もパートナーも弁護士という政治家が政権を担っていました。また、ガンジーやリンカーン、ネルソン・マンデラなど、過去の著名な思想家や政治家にも弁護士が大勢いたことを知り、弁護士を志すようになりました。
大学時代はサークル活動に励みつつも、千葉の実家から学校まで片道2時間の通学時間を有効活用し、仲間をたくさん作って競い合いながら勉強し、大学4年生のときに司法試験に合格することができました。
2000年に森綜合法律事務所(現:森濱田松本法律事務所)に入所、当時花形だった訴訟部門に所属し、会計監査訴訟を担当しました。仕事は非常に面白かったのですが、徐々に自分の興味が知的財産法の方に動いていき、2003年に倒産事件と知財事件を専門とする阿部・井窪・片山法律事務所へ移籍。ここも、一人ひとりの育成を大切にしてくれるよい事務所でした。そして、29歳のときに独立して事務所を構えることになります。
開業後2〜3年は勉強の時期と考え、仕事とともに海外旅行や読書の時間も大事にしました。そして、そろそろ事務所を固めていこうと思ったときに出会ったのが京セラの創立者・稲盛和夫氏の経営塾「盛和塾」です。そこでは“人として正しいことを正しいままに貫けばうまくいく”ということを学びました。それまで自分が勉強を通して培ってきたものが企業法務や企業経営へも通じると実感することができ、それ以来自分の生き方についてあまり悩まなくなりました。
いま思えば弁護士になって最初のころはとてももがきましたが、中長期的に見るとよかったと思います。挑戦することで次につながります。みなさんにも、「だめだったらまた戻ればいいや」くらいの気持ちでどんどんやりたいことに挑戦してみてほしいと思います。
ライフワークとしてのプロボノ活動
プロボノ活動とは、プロフェッショナルな仕事をしている人が専門的知識を活かして社会課題を解決するためのお手伝いをすることです。アメリカではプロボノ活動を行っていること自体が事務所ないしは弁護士自身の市場評価につながりますが、日本の場合はまだそうはなっていません。私の場合、意識してプロボノ活動をやっていたというわけではないのですが、NPOやNGOのお手伝いをしているうちに結果的にプロボノになっていました。
2005年に日経新聞で非営利団体の「APバンク」設立の記事を見て「まさに自分のやりたいことだ!」と体中に電気が走りました。これは、ミュージシャンの桜井和寿さん、音楽プロデューサーの小林武史さんらが設立した、環境に関するさまざまなプロジェクトに融資を行う市民団体です。私は記事を見てすぐに電話し、団体の設立当初から関与させてもらいました。出資契約や登記手続、証券取引法等の改正への対応などに10年ほど取り組む中で、「人を助けることで自分も楽になれる」ということを実感しました。人から感謝されることで、「自分は間違えていない」と信じられるようになったのです。
2010年には病児保育などに取り組むNPO「フローレンス」代表の駒崎弘樹さんらと出会い、「休眠預金プロジェクト」に携わりました。日本には長年使われていない預金が年間800億円あります。この「休眠預金」を社会的な活動に活用できるようにする法律をつくるべく、国会議員への働きかけや院内集会などのロビイング活動を展開したのです。結果として、無事に「休眠預金等活用法」が成立し、昨年1月に施行されました。
さらに2011年には、このような活動を通して出会った弁護士50人ほどで、2011年に「ビジネスロイヤーズプロボノネットワーク」を設立。NPO等の法律相談に関する本を出版したり無償で法律相談を受けたりしています。
いま弁護士の中にもプロボノ活動をやりたいという人が増えています。これは、社会の役に立っていることを直接的に実感したいという人が増えているということだと思います。特に若手にその傾向が強いです。プロボノ活動のよさは、志や夢を感じられることです。仕事では代理人という立場でもあるし、なかなか100%自分の志を追求することはできません。プロボノ活動自体は一円にもなりませんが、そこで出会った方々から仕事の依頼を受けたり、一緒に勉強会をやったりして活動に広がりが出てきます。
企業法務の潮流の変化に敏感に
ここ2、3年で企業法務の潮流が大きく変化してきています。たとえば、一時期は「会社は株主のものだ」という認識のもと、短期的・形式的であっても株主へ配当することがよいことであるとする議論が目立ちましたが、近年は会社の使命は「企業価値を向上させること」だという認識が広がっています。
社会の中における企業の存在は大きく、企業は社会的責任を負わないというのは通用しません。例えば、海外の工場で人権侵害をしているような会社は、一定のサプライチェーンの基準を満たさないとして、取引を断られたりするようになっています。人権と経営、相互に取り組むことで、様々な角度で企業価値を上げていかなければいけない時代なのです。
最近ではLGBT対応のために就業規則や社内規定を改定したいという相談も多いです。弁護士としても、そういう感覚が分からなければ企業法務はできない時代です。
音楽プロデューサーの秋元康さんが「ケーキのスポンジの部分はいつの時代も変わらない。デコレーションの部分が変わっていく」といったことを仰っていましたが、弁護士も同じだと思います。弁護士にもいろいろな人がいますが、「勤勉、正直、実直、信頼」あるいは「勉強、研究、研鑽、陶冶」といった基本的な部分は変わりません。
変転する部分としては、専門は一つでは通用しないということです。時代によって業務が多様化し、企業法務においても、何か一つの専門に特化した仕事のやり方が通用しなくなってきています。昔は弁護士になること自体が価値であり、「先生、先生」と呼ばれているうちに世間とどんどん離れていってしまっていたかもしれませんが、今は時代の流れをきちんとおさえていかなければ通用しません。「技術×法務」「ビジネス×法務」など、両方同じくらいの知識量とスキルを持てるように興味を持ちながら勉強していく必要があると思います。
平成はよくも悪くもカネの時代だったと思いますが、令和はそうではなくなる可能性が高いと思います。本来、お金は手段であって目的ではありません。令和の時代にどんな法律家が必要とされるのかと考えたときに、論理も大事ですが技術やビジネス感性なども大事になってくると思います。
グローバル化に「はまる」人材になってください。相手に共感できる人や笑顔のよい人は海外でも評価されます。人の痛みが分かることが大事です。様々な人と会い、様々な失敗をすることで経験値は増えていきますから、司法試験に早く受かることが必ずしもよいとは限りません。私自身も、会社勤めの経験がある人やアルバイトをしたことがある人がうらやましかったです。
また、大切なのは「自分の意見を持つこと」です。何かを報告をするときに報告だけで終わってしまう人がいますが、そうではなく自分の意見をしっかり述べることが重要です。そのためには、若いうちから重要な問題に関して自分の意見を持ってください。それが中長期的に見たときに、自分の評価につながっていくのだと思います。
大 毅 氏(弁護士、「大総合法律事務所」主宰、元伊藤塾塾生)
1995年、慶應義塾志木高等学校卒業。1998年、司法試験合格。1999年、慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2000年、弁護士登録、法律事務所勤務を経て2005年に独立開業、「大総合法律事務所」主宰。会社法及び知的財産権法を中心に企業法務全般を取り扱う。特に、医薬、バイオ、ヘルスケア分野及び医療関係(再生医療を含む)に関する業務が多い。また、社会貢献活動(プロボノ活動)をライフワークとし、環境、医療、人権、動物保護などの財団法人、NPO法人への無償の法的サービスを長年にわたり行ってきた。著書に『IFRSと内部統制の考え方』(日本実業出版社)など。