『ジョーカー』(2019年米国/トッド・フィリップス監督)

 バットマン映画『ダークナイト』でのジョーカーの登場は鮮烈だった。冒頭、銀行強盗を企む、ピエロのお面をかぶった男たち。周到に準備を進める彼らだが、各人は仲間を殺して金を一人占めしようと考えている。そして皆がそう考えているのをジョーカーだけがわかっている。金庫破りをしながら、銀行員やお客をマシンガンで脅しながら、裏切りが続くなか、最後に残ったジョーカーは、やれやれといった風でお面をとる。その顔もピエロだ。
 ジョーカーは単なる凶悪犯罪者ではない。善良な顔をした人々のエゴや悪意を喚起させ、彼らが混沌のなかで狂気に陥る様を実に愉快そうにバットマンに見せようとする。なぜか。バットマンと自分は同類であることをわからせるためだ。
 なぜこのような人物が生まれたのか――それを明かすのが本作である。
 アーサー・フレックは介護が必要な母親とアパートで2人暮らし。コメディアン志望で、心優しく、冴えないところがある。笑いがとまらなくなる持病をもっているのは、彼の生い立ちと環境が原因だ。虐待、貧困、差別。それらの過去が、大人になった彼のなかで悪意となって萌芽していく。そして、貧富の差の拡大に対する不満が暴動に広がり、ピエロのお面をかぶった人々が通りに火を放ち、略奪を行い、殺人さえいとわなくなったゴッサムシティ(バットマンの舞台となる架空の都市)で、英雄のように覚醒するのである。
 『ダークナイト』でジョーカーを演じたヒース・レジャーは撮影終了後、28歳で早逝した。彼のあの風貌は忘れられないが、こちらのジョーカー役であるホアキン・フェニックスもヒースに勝るとも劣らない。
 虐げられ続けた男のなかで凶暴性が大きくなっていく様を演じてみろと言われたら、あなたはどんな表現をするだろうか。
 本作は、バットマンシリーズを知らない者でも、描かれるものがアクチュアルゆえに、大きな衝撃を受けるだろう。一方、バットマンシリーズを知る者には、バットマンのルーツがジョーカーにあるという、もうひとつの衝撃が待っている。そして過去の作品を見直したくなってくる。巧みだ。

(芳地隆之)

ジョーカー(2019年米国/トッド・フィリップス監督)

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