第81回:アクセルとブレーキを踏み間違えた(森永卓郎)

 消費税率が10月1日から10%に引き上げられた。評論家は「この増税が経済に及ぼす影響は、さほど大きくない」と評価する人が多い。麻生太郎財務大臣も、同じ認識だ。その理由の一つは、前回2014年4月の消費税増税は3ポイントの引き上げだったが、今回は2ポイントと、引き上げ幅が小さいこと。そして、軽減税率の導入、ポイント還元制度、プレミアム商品券といった消費失速を招かないような増税対策を十分に行ったので、前回の増税時のようなことは起きないというのだ。
 ただ、私は今回の消費税増税は、日本経済に致命的な悪影響を与えると考えている。具体的に言えば、日本経済は即座にマイナス成長に突入し、デフレに戻ってしまう可能性もかなり高いと考えている。

増税対策の効果は限定的

 確かに、今回の増税では食料品への軽減税率導入に加えて、ポイント還元制度の導入やプレミアム商品券の配布など、2兆円規模の景気対策が実施されることになっている。しかし、その効果は限定的だ。
 消費税を10%に増税することによる国民負担増は5.7兆円とされている。そのなかで、軽減税率適用に伴う減税は、1.1兆円にとどまる。差し引き4.6兆円の増税だ。もともと、外食や酒類を除く食料品は、消費全体の2割に過ぎないから、減税効果が小さいのは、当然のことだ。逆に言えば、今回の増税で、電気ガス水道や公共交通費など、生活必需品が軒並み値上がりする。家計の負担は大きいのだ。
 また、プレミアム商品券がほとんど効果を持たないことは、過去の地域振興券等の経験で明らかだ。今回のプレミアム商品券は、子育て世帯と非課税世帯に対象を限って、2万円で2万5000円分の商品券が「買える」というものだ。もらえるのではないのだ。すでに対象世帯には、市役所から通知が来ているが、実際に商品券を手にするまでには、煩雑な手続きを踏まなければならない。しかも、プレミアム商品券を使用できる店舗は限られている。私は、対象者のなかから相当な脱落者が出るとみている。
 ポイント還元も同様だろう。ポイントはあくまでもオマケであり、消費行動に強い影響を与えることはないからだ。また、5%のポイント還元が可能な中小事業者のうち、還元の申請が認められた事業者は、制度スタート時点で3割程度にすぎない。大部分の中小事業者は、現実には還元事業の対象事業者になっていないのだ。
 しかも、このプレミアム商品券とポイント還元に投じられる国の予算は4500億円に過ぎない。この予算の消化率は5割にも届かないのではないか。そうなると、ポイント還元とプレミアム商品券による、国民負担軽減効果は2000億円程度ということになる。逆に言えば、増税による負担増は4兆4000億円に達するということになる。これは消費の1.5%近い規模になる。
 実は、政府はプレミアム商品券とポイント還元を含めて「2兆円規模の増税対策をした」と言い続けている。しかし、景気対策の大部分は、1兆3000億円の公共事業費なのだ。それは、もともとあった公共事業費を消費税増税対策として、単にラベルを貼り換えたものに過ぎない。
 前回の消費税増税の際には、消費税率を3%に引き上げることで、実質消費がきれいに3%下落した。今回も、同じことが起きる、つまり実質消費が3%下落するのではないかと私はみている。その理由は、今回の消費税増税が、景気後退期に突入するという最悪のタイミングで行われたことだ。

景気は最悪の状況を迎えている

 具体的な景気指標でみていこう。まず、商業販売額は、今年8月まで9ヶ月連続の前年割れが続いている。なぜモノが売れないのかといえば、消費者が節約をしているからではなく、所得が伸びていないからだ。『毎月勤労統計』で実質賃金指数をみると、実質賃金は7月まで7ヶ月連続の前年比マイナスになっており、特に賞与が加わった7月は、前年比マイナス1.7%と大幅なマイナスだ。消費税増税の直前で、実質賃金は2%近い下落になっていたのだ。
 当然、経済全体の調子もよくない。景気全体を表す景気動向指数も今年3月に「悪化」に転じ、最近3ヶ月は、「下げ止まり」の判断となっているが、それは底這いが続いているということだ。景気は一向に回復の兆候がみられないのだ。
 そうしたなか、安倍政権が成果を強調してきた雇用にも悪化の兆候が出始めた。昨年3月以来1.6倍台だった有効求人倍率が、7月に1.59と、1.5倍台に下がったのだ。求人倍率悪化の主な原因は、求人数が減っていることだ。特に正社員の求人が減っている。
 さらに、空前の売り手市場と言われた新卒者も、2020年3月卒の大卒求人倍率は1.83倍と、2019年3月卒の1.88倍から低下している。
 景気後退は、日本だけの話ではない。米国連邦準備理事会(FRB)は9月18日の公開市場委員会で政策金利を0.25%引き下げた。利下げは、7月に続いて2度目だ。欧州中央銀行も9月12日の理事会で金利を0.1%引き下げ、3年半ぶりに金融緩和に踏み切った。利下げが行われるのは景気が悪いからだ。
 リーマンショックのあと、世界経済は翌年から5年間にわたる景気低迷を経験した。そのときの世界経済の平均成長率は3.3%だった。しかし、今年の世界経済成長率は、世界銀行の予測で2.6%、OECD(経済協力開発機構)の予測で2.9%と、その時よりも悪くなっている。安倍総理は、消費税率の引き上げに関して、「リーマンショック並みの危機が来なければ」という留保条件をつけてきた。しかし、いま経済は、まさにそのリーマンショック並みの危機に立たされているのだ。
 いま景気後退に突入しようという時期を迎えて、政府がいち早く取り組むべきは、景気対策だ。対策は早ければ早いほど、効果を発揮するからだ。税制で言えば、いまは減税をしなければならない時期だ。その時期に消費税増税をしたということは、本来、アクセルを踏まなければならないところを、ブレーキを踏んだということになる。
 今回の消費税増税で家計の購買力は1.5%減少する。そして、もともと実質賃金が1.5%程度下落していたのだから、家計は3%程度の悪影響を受けることになる。消費はGDPの6割を占めているから、いまの巡航速度を前提に考えると、日本経済がマイナス成長に転落することは、ほぼ確実なのだ。

目指すべきは消費税減税

 安倍政権が、安全保障政策で右寄りの政策を採ったり、弱肉強食化の経済政策を採ったりしても、それなりの支持を集めてきたのは、経済がよかったからだ。私自身も、教え子の大学生の就職環境がよくなったことは、とてもありがたいことだと考えている。学生が新卒時に、きちんとした会社に正社員として就職できるかどうかは、彼らの人生を大きく左右する。
 だから、今回の消費税増税による景気失速は、安倍政権への国民の支持を大きく失わせることになるだろう。
 ただ、希望の芽は生まれている。参院選でれいわ新選組が大躍進し、2議席を獲得して、政党要件を満たしたことだ。早速、既存野党は、れいわに対して共闘を呼び掛けたが、山本太郎代表は、消費税の5%への引き下げが、最低限の共闘の条件だと断言している。可能性はまだ高くないが、消費税率引き下げで野党が足並みを揃えることができれば、政権交代も十分可能になるだろう。
 政治評論家によると、解散総選挙は、早ければ年内の可能性もあるという。その選挙で国民がどのような判断をするのかで、10月以降の景気後退にストップをかけられるかが決まるのだ。
 ちなみに、れいわ新選組は、参議院選挙で「物価上昇率が2%に達するまでは、1人月額3万円を給付する」という公約を掲げた。財源は国債発行だ。もしこの政策を実施することになると、必要な財源は45兆円という巨額になるが、私は十分可能だと思う。安倍政権の6年間で、日銀が国債保有を増やしたのは、1年平均で57兆円に及ぶから、安倍政権時代よりもペースを落とした金融緩和で、十分財源を賄えるのだ。れいわ新選組は、物価上昇率が一定限度を超えない範囲なら自国通貨建ての国債発行による財政赤字は問題にならないとするMMT理論に基づいたベーシックインカムの導入を、日本の政党として、初めて明言したのだ。
 私は、この政策を採用できれば、日本の景気は劇的によくなると考えている。ただ、私なりに多くの既存野党の政策担当者に説明をしてきたのだが、この政策への理解は、そう簡単には進みそうにない。私自身の力不足を感じざるを得ないし、財務省が40年間にわたって積み重ねてきた「財政破綻論」の壁は、そう簡単に打ち破れないというのが正直な感想だ。ただ、あきらめずに戦い続けるしかないと思う。そうしなければ、日本経済が発展途上国に転落してしまうからだ。

森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。