第6回:イギリス混迷のなか、労働党大会にみた市民の力(岸本聡子)

イギリス労働党大会と政治フェスTWT

 イギリスがEU離脱をめぐり数年にわたって迷走し、混迷を深めている。保守党の現首相ボリス・ジョンソンは、EU離脱期限である10月末を前に「合意なき離脱」をごり押ししようと8月末で議会を閉会。歴史的な民主主義の危機に陥った。これに対して、議会閉会に反対する市民の署名運動が始まり、数時間で100万筆を超えた。9月24日、英最高裁判所は議会を閉会したのは違法だと判断、25日に下院の議事が再開した。

 実は、この騒ぎの最中である9月22日から25日、野党であるイギリス労働党の大会が開かれていた。労働党大会の開催地はロンドンから南へ約一時間の都市、ブライトン。ブライトンは労働党と緑の党の基盤が強く、進歩的な都市として知られている。昨年同様に、イギリス最大の政治フェスである「ワールド・トランスフォームド(TWT)」も同時期に開催された。ポリティカルな文化、アート、音楽、フィルムが満載のフェスで、労働党大会と行き来が可能な会場で行われる。このTWTフェスを主催しているのは、労働党の民主化や社会的政策を引っ張る草の根の政治運動グループ「モメンタム」である。


 
 今年のTWTフェスには過去最大6000人を超える人が参加。国内外の労働運動、アーティスト、若者のムーブメント、研究者、政治家、NGOなどが広くつながり、計250時間もの討論を行ったという。昨年は、私もTWTフェスにゲストとして参加したのだが、今年は残念なことに仕事もあって行くことができなかった。そんなわけで、ツイッター上で伝わってきた興奮やニュース、仲間からの報告などをもとに、党大会やTWTフェスのハイライトを私なりにレポートしたい。

 モメンタムは、2015年の労働党首選挙でのジェレミー・コービンの勝利にも大きな役割を果たしている。それ以降も、ラディカルなコービン・プロジェクトを党内外で後押ししてきた。モメンタムが主催する年1回のTWTフェスは、労働党の政策議論の場であるだけでなく、国外からも多くの参加者を集め、グローバルなネットワークの場としても成長している。TWTフェスは、国境を越えた民主社会主義(※)の連帯や気候変動危機に対する左派の戦略を発展させる場にもなっているのだ。

※民主社会主義:革命を否定し、民主主義を基礎にした社会主義の思想および運動のこと。イギリス労働党が中心となって唱えてきた考え方で、アメリカのバーニー・サンダースなども民主社会主義を支持している

 今年の労働党大会では、多くの注目すべき新しい政策公約が決定されたが、とくに以下の4つが目玉となるものだったのではないかと思う。ちなみに、今回の大会で通過した公約は、来るべき総選挙でのマニフェストの基盤となるものだ。

1)フルタイム労働者の平均労働時間を週32時間に

 「私たちは生きるために働く、働くために生きるのではない」という掛け声で、フルタイム労働者の平均労働時間を週32時間に短縮する政策が発表された。これは、労働組合やモメンタムにも歓迎された。

 イギリスの1860年代の週平均労働時間は65時間だったが、1970年代になって43時間となった。ちなみに現在のイギリスの平均は37.1時間。EUの労働時間指令で残業を含めて週48時間以上働いてはいけないことになっている。しかし、いくつかの国や産業は例外を設けており、なかでもイギリスは例外を大幅に認めている国の一つ。つまり、週48時間以上働いている労働者が多くいるということだ。

 労働党は、自由な時間が増えることで労働生産性も上がってきたという主張のもと、賃金を下げることなく週労働平均時間32時間にすることを掲げた。32時間となれば週4日労働が当たり前になり、労働者は休息、政治活動や趣味、非営利のコミュニティー活動、家族との時間を持つことができるだろう。

2)グリーン・ニューディール政策

 本大会で「グリーン・ニューディール政策」が大多数の支持を得たことは、メディアでも大きく報道された。グリーン・ニューディールとは、地球温暖化を防止する対策に公共投資を行い、それによって新たな雇用の創出と格差是正を目指す経済政策のことである。折しも、185か国で760万人が参加したと言われるグローバル気候ストライキが世界中で行われた直後である。日本でも話題になったスウェーデンの一人の中学生グレタ・トゥーンベリの勇気ある行動が世界に広がり、中高生たちの危機意識が政治の世界に届き始めている。イギリス労働党においても、若手議員と草の根運動グループとが一緒になって、このグリーン・ニューディール政策を起草し、大会に向けた運動を進めてきた。

 今回、労働党が掲げたグリーン・ニューディールは、国主導の投資プログラムとグリーンインフラの整備によって、2030年までにCO₂排出量の実質ゼロ(ネットゼロ)を目指すというもの。多くの国や都市がCO₂排出量実質ゼロの期限目標を2050年までに設定している中で、20年も大幅に目標を前倒しているのは、気候危機の緊急性を政治がすくい取った結果だ。

 今日、グリーン・ニューディールはアメリカ、EU、ドイツ、イギリスなどでも政策ブームとなっているが、国によって、少しずつ違う様相を呈している。グリーン・ニューディールを理解する重要な点は、CO₂排出量を劇的に削減するだけでなく、カーボンニュートラル社会に移行するにあたって、労働者が不利益を被ることなく新しい仕事が約束されること、人種や居住地域による構造的な不平等を是正することである。つまり、気候危機と社会経済的な不平等の改革を同時に実現するというねらいが、その根幹にある。このことはとても興味深い。

 労働党のグリーン・ニューディール政策の原則には、「すべての人が基本的な権利として享受できる公共サービスを約束する」うえで「民主的な公的所有(PUBLIC ONWERSHIP)の拡大」が含まれている。「民主的な公的所有」とは、単に国や自治体などの公的機関が公企業や公社などを所有するだけでなく、そこに選出された政治家、住民、労働者が統治に関与すること、議会に対する明確な説明責任を有すること、運営の明確な透明性を確保することなどの方法で、汚職、腐敗、非効率を排し、公益に貢献する開かれた組織であるべきという考えである。

 つまり、気候危機は再生可能エネルギーや電気自動車への移行といった技術革新だけで対応すべきではなく、経済そのものの民主化と不平等格差の解決を核とするという考えだ。これは「気候の公正性(クライメート・ジャスティス)」を求める強い社会運動なしにはあり得なかった。

 しかし、現実問題として、現在の化石燃料依存の経済からカーボンニュートラル社会に移行する際に、イギリス内だけでも即座に28万もの雇用が喪失するといわれている。ラディカルな環境政策と労働組合の間には、歴史的に溝がある。たとえば、ガスや石油といったエネルギー関連の労働者の多くを組織する英国最大の組合の一つ「GMB」は労働党の支持組織であるため、労働党の中でも熾烈な交渉とせめぎあいがあるのは確かだ。

 それでも、今回のように「壊れつつある地球」を守るという点で、新しい環境運動と労働運動が連帯できたことは画期的である。ある労働者幹部は「地球が死んでしまってはどんな仕事もない」と語っていた。グリーン・ニューディールは、CO₂排出量の劇的な削減だけでなく、労働者の権利拡充・新しい雇用の創出を核としているのだ。

3)私立学校の公的教育システムへの再編成

 教育分野で可決されたのは、小中高校など私立学校の公的教育システムへの再編成である。日本でも似た構造があると思うが、高額な私立学校に子どもを入れられる裕福な家庭とそれ以外の家庭の間で、教育の機会と質の格差が否応なく広がっている。

 党大会で賛成多数で通過した政策案は、私立学校が享受している税制優遇措置を撤廃し、私立学校に寄贈された財産や資産を公的な教育セクターに再分配するというものだ。英国でも米国でも、大学が裕福なエリート階級の特権的な教育機関になりつつある中で、この政策案には大学入学者のうち、私立学校の出身者の割合を7%までに規制することも含まれた。動議は社会運動や教員組合から歓迎された一方で、私立学校を束ねる協会からは教育の自由、多様性、自治、権利の侵害と猛烈な批判を受けている。

 これは難しい問題だと思う。イギリスの教育は日本や米国と同様に公私が激しく分断されていているのだろう。一方、ヨーロッパ大陸では初等教育において私立/公立の格差がイギリスと比べると著しく小さい。私が子育てをしたオランダ、ベルギーを例にとると、宗教団体(イスラム、カソリック)が運営する私立学校や、独特な教育手法(モンテッソーリやシュタイナーなど)を掲げた私立学校が多くあるが、これらの学校も公立学校と同様に公的資金を得られるので、公立学校との間に学費の差はない。各家庭は所得に関係なく、どのような教育が自分の子どもに適するのか選択する自由があり、教育機会は比較的均等であると言える。そのような環境を見てきた私からすると、多様な教育が権利として認められ、公立か私立に関係なく公的資金が平等に投入されることが一番大切ではないかと思うのだ。

4)薬価抑制による医薬品アクセスの改善

 最後の目玉は薬だ。薬の価格が高くなりすぎて、治療可能な疾病にもかかわらず患者が薬を手に入れられないという問題が起きている。薬品の価格が国民医療制度(イギリスの場合は「国民保健サービス:NHS」)を圧迫しているのは世界的な問題で、日本だって例外ではない。

 例えば嚢胞性繊維症という病気に効用がある薬「Orkambi」は高すぎてNHSでは入手することができない。国は3年間の交渉を試みたが、製薬会社のVertex は「一人の患者につき10万5000ポンド(約1463万円)より下げることはできない」と言っている。どうしてこうした事態になるかというと、大手製薬会社による市場の独占がとことん進み、新しい薬の値段を吊り上げるからである。製薬会社は新しい薬を開発するのではなく、古い薬を少しだけ改良し、あたかも新しい薬のように見せて特許を取得する。そうやって膨大な利益を上げているのは、よく知られた戦略である。

 そこで、多くの専門家やNGOがこの問題を訴え、今回の党内での議論のテーブルに乗せた。党大会の政策案では、高すぎる薬価を抑制して患者の医薬品アクセスを改善する必要があることが訴えられ、

 ①ジェネリック薬を確保するための強制特許取得(compulsory licensing)
 ②公営のジェネリック医薬品製造企業の設立
 ③公的研究資金を受ける条件としてNHSが支払可能な薬価を設定する

 という画期的な政策ができた。

 この政策案が国際的な注目を集めるのは理由がある。どの国でも同じように、グローバルな製薬会社の市場独占が国民医療の実現を阻害しているからだ。これらの政策は国民の健康医療を守るために公的政策によって製薬セクターを民主的かつ公的に管理するものとして海外からも注目されている。

ボトムアップのマニフェストをつくる

 さて、以上、私の視点で厳選した4つのポイントを概観した。

 最後にTWTフェスの話に戻り、政党の議論と運動の接点を再確認したい。「影の財務相」と呼ばれる、コービンの右腕的存在であるジョン・マクドネル議員は、TWTフェスの重要なセッションに参加していた。「社会運動のマニフェストの発表」というセッションだ。ここには、左派知識層を代表するメディア『Red Pepper』の編集者で、私の同僚でもあるヒラリー・ウェインライトや他の活動家も参加していた。

 ヒラリーは、TWTフェスの初の試みとして、このTWTフェスでの政策議論の内容をマニフェストとして集約して、ボトムアップで政策案をつくっていくための手法について取り上げた。「政策というのは人々の知識とパワーを構築していく過程であり、それが体現したものであるべきです」と話すヒラリーは、労働党のトニー・ブレア政権(1997年~2007年)が「第三の道」を唱えて新自由主義的な色を濃くした時に、こうしたプロセスが消滅してしまったと指摘する。

 モメンタムの活動家であるホープ・ワースデールは「真のパワーは草の根にあるのです。TWTフェスが開催された4日間、10の政策ラボ(※)を通じて、活動家、組合リーダー、政党員がともに議論を深め、一定のビジョンを打ち出しました。それを集約し、市民の力によるマニフェストとして発表します」と話す。このマニフェストが今後、労働党のマニフェストを作っていく際に、モメンタムを中心にした運動側からの要求となっていくだろう。

※政策ラボ:主要なテーマを選定し、自主的なリーダーが中心となって政策議論を深めていく過程、作業部会のようなもの

 TWTフェスのマニフェストに取り上げられた主要な課題は、党大会で掲げられた政策案とほぼ同じく、「NHS(国民保健サービス)」、「教育」、「交通」、「薬」、そして「気候危機」であった。それはとりもなおさず、社会運動が現在の労働党のラディカルな政策に深く影響し、関与している表れだと私は思う。

 イギリスでは12月に総選挙がおこなわれる可能性が高いが、EU離脱をめぐる混乱やボリス・ジョンソンの強権的な政治、またメディアによる労働党への攻撃といった状況があり、コービンが主導する労働党のラディカルな民主社会主義的な政策が生き残れるのか、不安要素は多い。しかし、本当の変革とは、政局に振り回されることなく、草の根の人々や地域社会からの要求を形にしたものではなくてはいけないだろう。

 そういう意味では、TWTフェスが労働党のリーダーシップを支えながら、党に対しては改革の圧力もかけ続け、さらに党も国も超えた社会運動としての議論の場をつくり続けていることは、この混迷する時代にこそ大切なのだと強調したい。

【追記】

※この原稿を書き上げた直後、12月12日に総選挙が決まった! EUが交渉期限の延長に応じ、選挙前に「合意なき離脱」をさせないことが確かになったためだ。労働党は「私たちはこの国と社会を再建し、改革(トランスフォーム)することができるのか、一世代に一度のチャンス」だとメッセージを発信した。

【参考資料(英語)】

https://www.huckmag.com/perspectives/reportage-2/what-we-learned-from-the-world-transformed-2019/

https://news.sky.com/story/labour-reveal-plan-to-introduce-four-day-working-week-11817811

https://www.theguardian.com/commentisfree/2019/sep/25/labour-green-new-deal

https://www.labourgnd.uk/gnd-explained

http://theconversation.com/labours-green-new-deal-is-among-the-most-radical-in-the-world-but-can-it-be-done-by-2030-123982

https://www.theguardian.com/politics/2019/sep/23/labour-to-commit-to-big-increase-in-charging-points-for-electric-cars

https://www.bbc.com/news/uk-politics-49786645

https://www.theguardian.com/education/2019/sep/22/labour-delegates-vote-in-favour-of-abolishing-private-schools

https://www.independent.co.uk/voices/jeremy-corbyn-big-pharma-conference-nhs-drugs-generics-a9119701.html?fbclid=IwAR1yWPZwZW1vd7-fI-a0-ionE33ss2b5QCRnE7xBaNBjfSTKP8AJhJKI7R8

→最後のURLは「グルーバル・ジャスティス・ナウ」の代表ニック・デアレンによる製薬産業と薬に関する記事。党大会での党首コービンの最終スピーチを聞くことができます。大会の熱気や新しい政策コミットメントをダイジェストで堪能できるので、おすすめです。

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岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。著書に『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと 』(集英社新書)