中村真夕さんに聞いた:「鈴木邦男」の生き方から、本当の民主主義が見える

2月に公開される映画『愛国者に気をつけろ!』は、マガジン9でもおなじみの政治活動家・鈴木邦男さんに2年間にわたって密着取材したドキュメンタリー。「日本一の愛国者」を自称し、民族主義団体・一水会で活動してきた鈴木さんですが、いわゆる左派・リベラルとされる人たちとも広く交流するなど、その活動は既存の「右翼」イメージには収まりません。なぜ、その歩みを追おうと考えたのか? そこから見えてきたこととは? 中村真夕監督にお話をうかがいました。

教科書には載らない歴史がここにある

――まもなく公開される映画『愛国者に気をつけろ!』は、政治活動家・鈴木邦男さんに密着取材したドキュメンタリーです。中村監督と、鈴木さんとの出会いからお聞かせください。

中村 もとをたどると、私の父親(詩人・正津勉さん)が鈴木さんと同じ専門学校で教壇に立っていたことがあるんです。だから、父の友達のような存在として、結構前から面識はありました。
 直接、鈴木さんとかかわりを持ったのは、前作『ナオトひとりっきり』(2014年)のトークイベントに来ていただいたときが最初です。東日本大震災後、福島原発から20キロ圏内に一人で残り、動物たちと暮らす男性を追ったドキュメンタリー映画ですが、鈴木さんも福島出身なので、ゲストとして出ていただきました。そこから、鈴木邦男という人物に興味を持ち、2017年の夏から2年間、撮影を続けました。

『愛国者に気をつけろ!』より

――鈴木さんを映画にしようと思われたのはなぜでしょう?

中村 私はデビュー作『ハリヨの夏』(2006年)で、「左翼」として学生運動をしていた父親を持つ女子高生の物語を撮りました。だから今度は、「右翼」として生きてきた鈴木さんを通して、同じ時代を見つめてみたいと思いました。でも、鈴木さんは「右翼」といわれるけれど、「日の丸・君が代」の強制に反対しているなど、いわゆる「左翼」のような言動も多くて、右も左も超越しているように見えます。なぜそうなっていったんだろう? という謎を解き明かしたかったのも、本作を撮った理由です。
 それと、鈴木さんは非常に交際範囲が広くて、その捉えどころのなさにも興味がありました。今、社会全体が不寛容で、敵か味方かをハッキリわけて、敵なら排除しようというような空気を感じます。その生きづらい社会を、鈴木さんは飄々と渡り歩いていく。政治思想の左右を問わず交流がありますし、政治家だろうが一般の人だろうが、元受刑者だろうが関係なく、誰に対しても分け隔てなく接しています。この人って一体、何なんだろう? 「鈴木邦男」を追っていけば、民主主義とは何かが見えてくるんじゃないかと思ったんです。

――「右」「左」といった枠組みを軽々と越えていく。そして、上下左右を問わない交際範囲の広さという「二つの謎」が鈴木さんにあるわけですね。撮影は、どのように進めていったのですか?

中村 基本的には、鈴木さんの過去の話をインタビュー形式で聞いていきました。通常、こうした取材は喫茶店や会議室で行いますが、本作は鈴木さんのご自宅の「みやま荘」に何度も通わせてもらいました。話だけでなく、普段の鈴木さんがどういう暮らしをされているかを観客に見てもらったほうがいいと思ったからです。鈴木さんはストイックというか清貧というか、30年以上同じアパートで変わらず生活されているのですが、その様子を撮らせてもらいました。あとは、鈴木さんが地方に講演などで出掛ける際にも同行させてもらいました。

――2年間密着してみて、二つの「謎」は解けましたか?

中村 わかったのは、鈴木さんは「政治的殉教者」に憧れながらそうなれなかった人なんだな、ということです。ずっと「政治思想のために命を賭けたい」と思い続けてきた人なんだろう、と。
 映画のなかでご自身も語られていますが、鈴木さんが政治活動の道に入ったのは、17歳の時に、自分と同世代の右翼活動家・山口二矢が日本社会党委員長(当時)の浅沼稲次郎を暗殺する場面をテレビで見たのがきっかけです。早稲田大学時代は民族派学生組織「全国学生自治体連絡協議会」の初代委員長にまでなったものの、わずか1カ月で失脚し、挫折を味わっています。
 大学を卒業してからは産経新聞社に就職しましたが、作家の三島由紀夫が憲法改正のための自衛隊クーデターを訴えた後に自殺した「三島事件」をきっかけに、再び政治活動の道を選びます。事件の際に、鈴木さんの大学の後輩だった森田必勝が三島とともに自決したことに責任のようなものを感じ、会社を辞めて民族派団体「一水会」を立ち上げるのです。
 その後、“新右翼”と呼ばれるようになった鈴木さんは、やはり新右翼活動家と目されていた野村秋介とも親しく付き合うようになります。だけど、その野村秋介もまた政治思想のために自決(朝日新聞への抗議で拳銃自殺)してしまった――。数奇な運命というか、教科書にあまり載っていない戦後の歴史がここにあるなと思いました。

『愛国者に気をつけろ!』より

――近しい人たちが、政治思想のために命を投げ出していく。それを近くで見ながら、いつかは自分も、という思いがあったのでしょうか。

中村 鈴木さんが独身を貫いているのは、そのためだと言っていました。「やっかみかもしれないけれど、結婚して活動家として大成した人はいない」とも。本気で政治活動をしていたら、家族にも影響が及びますからね。自宅に家宅捜索が入ったりとか、放火されたりとか。実際、鈴木さんの自宅でもそういうことが起きています。

鈴木邦男は“民主主義クリエーター”

――鈴木さんの謎の二つ目「交際範囲の広さ」については、撮影を続けるなかでどう感じましたか?

中村 鈴木さんは元オウム真理教幹部の上祐史浩さんや、松本麗華さん(松本智津夫元死刑囚の三女)とも親しくされているのですが、彼ら、彼女らはいわば社会から危険視され、疎外されている人たちですよね。そうした人たちに、なぜ鈴木さんはそこまで優しいのか──。それを聞いてみたことがあります。そうしたら「自分も社会から疎外され、危険視された人間だから」って。でも、あえてそういう「危険視されている人たち」と会って話そうというのは、なかなかできることじゃないと思うんです。活動家としての覚悟がすごいなと思いました。

――鈴木さんは著書の奥付に必ず自宅の住所と電話番号を載せています。自宅のドアにも名刺を貼っているんですよね。

中村 すべて包み隠さず出してらっしゃいます。焼き討ちが来ようが何されようが、自分はここから動かないみたいな、そういう強い覚悟を持って色々な人たちとかかわっておられるんですよね。
 鈴木さんは以前、上祐さんと徐裕行さん(オウム真理教幹部の村井秀夫さんを刺殺した実行犯)を引き合わせて対談させたことがあります。徐さんは、事件後「本当に殺したかったのは上祐さんだった」と言ったことが報道されていましたから、普通は二人を会わせようとは思わないですよね。でも、鈴木さんが上祐さんに「あなたが刺されるんだったら、俺が盾になる」と言って対談が実現したそうです。
 それから、松本麗華さんは「麻原彰晃の娘」として、今でも大変な差別や偏見を受けて生きていますが、鈴木さんは彼女を娘のようにかわいがっています。松本さんは、「鈴木さんが居場所をつくってくれた」と話していました。独身で子どももいない鈴木さんと、松本智津夫という父親を持った彼女との、不思議な疑似親子のような関係性があります。

『愛国者に気をつけろ!』より(左が松本麗華さん)

――本当に、社会の決まりごとに左右されない生き方ですね。

中村 そうですよね。先日、試写会に来てくださった人が、「鈴木邦男は民主主義クリエーターだ」と言っていました。そんな言葉があるのかどうかは知りませんが(笑)、的を射ているような気がします。

「僕を踏み台にしてもいいですよ」

――本作では、松本さんはじめ鈴木さんの周りに集ってくる女性たち、通称「邦男ガールズ」のみなさんも登場します。彼女たちが鈴木さんに惹かれているのはなぜでしょうか?

中村 みなさん口を揃えて言うのが、鈴木さんに「癒やされる」ということです。映画にも出てくださった雨宮処凛さんが言っていたのですが、あの世代の男性には珍しく、鈴木さんは女性に説教しません。女性に対し、正しいことを教えてやろうとか、男を立てろという言い方を絶対にしないんです。むしろ「僕を踏み台にしていいですよ」と言う。男性優位の社会にうんざりしている女性たちが、鈴木さんに「癒やされている」ところはあると思います。
 実は、「邦男ガールズ」だけじゃなく「邦男ボーイズ」もいるんです。彼らのバックグラウンドは色々ですが、中には発達障害があって生きづらさを感じている人もいます。鈴木さんは彼らにもやさしいのです。

――生きづらさを抱えている人の受け皿をつくるのは、本来は福祉の領域だと思うのですが、「右翼」といわれる鈴木さんがそれと同じような役割を果たしているというのが興味深いです。

中村 私自身も帰国子女で、未だに日本社会で生きづらさを感じることがあります。日本では女性に対し、すぐに「いくつなの?」「結婚は?」「子どもは?」と聞いてきます。女性は家庭を持って子どもを産んで育てることが幸せという価値観を、押しつける人がものすごく多いんですよね。その枠から外れると「変な人」として扱われてしまう。私はそれが一番息苦しいなと思っているのですが、鈴木さんは一切そういう押しつけをしません。だから、みんな一緒にいて楽なんでしょうね。

――決まり切った価値観を押しつけない──。鈴木さんのような生き方をみんなが実践できれば、もっと誰もが生きやすい社会になるような気がします。でも、なかなかできる人はいないですよね。

中村 鈴木さんは、政治的な挫折や失敗を経験するなかで、自分のなかの「愛国心」や「正義」までも疑うようになったと言います。だからこそ、自分と思想や価値観、立場の違う人の意見にも、真摯に耳を傾けるのだと思います。「エセ右翼」とか「どっちつかずの風見鶏」とか批判されることがありますが、さまざまな価値観を認める「鈴木邦男」の生き方こそが、本当の民主主義を体現しているのではないでしょうか。

(構成/越膳綾子、写真(中村監督)/マガジン9編集部)

『愛国者に気をつけろ!』
2月1日(土)よりポレポレ東中野ほか、全国順次ロードショー

公式ウェブサイト:
http://kuniosuzuki.com/

なかむら・まゆ ニューヨーク大学大学院で映画を学ぶ。2006年、劇映画『ハリヨの夏』で監督デビュー。釜山国際映画祭コンペティション部門に招待される。2012年、浜松の日系ブラジル人の若者たちを追ったドキュメンタリー映画『孤独なツバメたち~デカセギの子どもに生まれて~』を監督。2015年、福島の原発20キロ圏内にたった一人で残り、動物たちと暮らす男性を追ったドキュメンタリー映画『ナオトひとりっきり』を発表。モントリオール世界映画祭のドキュメンタリー映画部門に招待され、全国公開される。最新作、オムニバス映画「プレイルーム」はシネマート新宿で異例の大ヒットとなりアンコール上映、全国公開される。脚本参加作品にエミー賞ノミネート作品『東京裁判』がある。

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