『バイス』(2018年米国/アダム・マッケイ監督)

 1960年代、フランスのル・マン24時間耐久レースで無敵を誇ったイタリアのフェラーリにアメリカの自動車メーカー・フォードが挑む物語の映画『フォードvsフェラーリ』には、絶対王者に挑戦する孤高の天才レーサー、ケン・マイルズが登場する。優秀なメカニックでもある彼の指示を受けて改造されたGT40の爆音が鳴り響く2時間30分は、まさに延々と疾走するような映画体験だった。
 いきなり違う映画の話から始めたのは、ケン・マイルズを演じたクリスチャン・ベールが『バイス』の主人公と同一人物とはとても思えないからだ。こちらの作品のベールは頭髪を剃り、腹を出し、心臓移植を受けた患者になりきるのである。
 バイスとは、米国同時多発テロとその報復としてのアフガニスタン爆撃、さらにはイラクへの侵攻を主導したアメリカのジョージ・W・ブッシュ政権のディック・チェイニー副大統領(バイス・プレジデント)のポストからとっている。ブッシュ大統領が議会で演説する際、右後ろで座っていた彼が主人公である。
 映画は、酒癖が悪くイェール大学を中退した若きチェイニーが妻から厳しく叱咤されるところから始まるが、出世の階段を上がり続け、やがて、酒浸りでわがまま、しかし父親に認められることを欲している出来の悪い息子、ジョージ・W・ブッシュを陰で操るまでになる。戦争を遂行し、彼がCEO(最高経営責任者)を務めていたエネルギー企業(ハリバートン)の株価は急騰。しかし、開戦の理由が虚偽であることが明らかになったことで、チェイニーはその責を負って政権を去る。
 この間、スクリーンに現れるブッシュ大統領の側近たち――ブッシュの超法規的な指示に戸惑うコンドリーザ・ライス(国家安全保障問題担当大統領補佐官)、大量破壊兵器が存在する証拠はないと固辞しながら、最後は大統領の命令に従い虚偽の証拠を国連演説で示すコリン・パウエル(国務長官)、尊大でかつ好戦的だが、小心者でもあるドナルド・ラムズフェルド(国防長官)、ネオコンの代表的な論客として、戦争を煽るような進言を大統領に続けるポール・ウォルフォウィッツらは、まるで本人が俳優たちに憑依したようだ。
 しかしながら、全体はフィクション仕立てである。チェイニーと意外な接点をもつ人物を語り手に据え、途中でいきなりエンディングロールのような映像を流し、最後はこの映画を見ている観客を登場させる。観客を混乱させる手の込んだ演出がはまっているかどうかは評価の分かれるところだが、いまも生きている政治家たちをここまで描き、それを上映するところはアメリカ社会の懐の深さなのだろう。
 日本でも現政権の内幕を描く作品が登場してほしいと思う。はたしてどんな切り口や仕掛けが面白いのか。映画人には今からいろいろアイデアを練っておいていただきたい。

(芳地隆之)


『バイス』(2018年米国/アダム・マッケイ監督)

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