第82回:いますぐ景気対策を打たないと大変なことになる(森永卓郎)

 2月12日の衆院予算委員会で質問に立った立憲民主党の辻元清美議員が、和泉洋人首相補佐官と厚生労働省の大坪寛子審議官が海外出張時に不適切な宿泊の仕方をした問題などを採り上げ、「鯛は頭から腐る」と安倍総理を間接的に批判して自席に戻ろうとしたところ、「意味のない質問だよ」と安倍総理がヤジを飛ばした。これに野党が反発して予算委員会が空転し、安倍総理が17日に謝罪をすることになった。
 確かに安倍総理の発言は、国会審議の冒涜だし、桜を見る会や、親政府とみられる黒川弘務東京高検検事長の定年を法律無視で半年間延長した問題など、最近の安倍政権の腐敗ぶりは、目に余るほどひどいことは間違いない。ただ、私は、いま予算委員会で審議しなければならないもっと重要なことがあると考えている。それは、景気対策だ。

リーマンショック以来、5か月連続の「悪化」

 いま、日本経済は大変困難な状況に陥っている。2月7日に内閣府が発表した12月の景気動向指数の基調判断は、5か月連続の「悪化」となった。景気動向指数というのは、景気の判断をするために、(1)生産 (2)在庫 (3)投資 (4)雇用 (5)消費 (6)企業経営 (7)金融 (8)物価 (9)サービスの状況を表す29の統計データを組み合わせて算出する景気の総合指標だ。その景気動向指数の基調判断が5か月連続で「悪化」となるのは、11年前のリーマンショックのとき以来だ。しかも、景気動向指数の一致指数は、7年ぶりの低水準にまで落ち込んでいる。
 また、今回発表された景気動向指数は、昨年12月分までだが、今後発表される今年1月以降の景気動向指数には、新型肺炎による景気悪化の影響が加わるから、ほぼ確実に悪化が続いていく。
 大和総研の予測では、新型肺炎の流行が1年続くと、日本経済の成長率が0.9ポイント押し下げられ、日本経済がマイナス成長に陥る可能性もあるという。しかも、大和総研の予測は、中国からの観光客の減少など、直接の影響だけを推計したものだ。新型肺炎の感染拡大に伴うサプライチェーンへの悪影響は、含まれていない。中国での生産が滞ると、中国製の部品を使用している製造業が製造を停止せざるを得なくなる。実際、日産自動車は中国製部品の調達ができないことで、主力の九州工場を2日間操業停止にした。タカラトミーは、中国生産の滞りなどを理由に2020年3月期の連結業績予想を半減に下方修正した。こうした業績の下方修正は、多くの企業に広がりつつある。東京証券取引所に上場する企業で、業績予想を下方修正した企業は219社にも及んでいるのだ。
 実は、景気動向指数の基調判断が「悪化」に転じたのは昨年8月のことだった。個別の構成指標をみると、一番大きな原因になっているのは、消費の低迷だ。「商業動態統計」による商業販売額の前年同月比がマイナスに転落したのは、18年12月のことだった。つまり、1年以上前から景気後退の兆候が出ていたことになる。そして、前年比マイナスは19年8月まで9か月続いた。19年9月は前年比4.6%のプラスと、消費税増税前の駆け込み需要が現れたが、その反動で10月はマイナス8.7%となった。しかも、11月はマイナス6.5%、12月はマイナス5.1%と消費の冷え込みは続いている。商業動態統計は、税込みの販売額で調査されているから、消費税増税後の増減率は、消費税増税分を差し引いたものが、正しい数字になる。つまり、直近の昨年12月時点でも、商業販売額は前年比実質7%程度のマイナスが続いているということになる。
 ただでさえ消費の減少が続いているところに、消費税増税を断行してしまったから、消費が一気に冷え込んでしまったのだ。つまり消費税増税という政治判断は、とてつもない政策的失敗だったのだ。そこに今後新型肺炎の感染拡大の悪影響が加わっていくのだから、日本経済は泣きっ面に蜂の状態なのだ。

消費税率を少なくとも5%に

 こうした状況を考えれば、いますぐ景気対策を打つべきことは明らかだろう。対策は早いタイミングで打つほど効果が大きくなる。病気の早期治療が有効なのと一緒だ。そして景気対策の内容は、消費税率を少なくとも5%に引き下げることだ。今回の景気後退が消費減を主な要因としているのだから当然のことだ。
 私は、予算委員会で、最優先で議論すべきことは、こうした景気対策だと思う。ところが、立憲民主党も、国民民主党も消費税減税をしろという主張を一切しない。減税をするための財源がないと思い込んでいるからだろう。
 実は、消費税減税に財源など要らない。赤字国債を増発すればよいだけの話だからだ。増発された国債を日銀が買ってしまえば、財政負担はない。政府は増発分の金利を支払わなければならないが、支払った利子は国庫納付金として政府に戻ってくる。つまり、日銀が国債を買った瞬間に、「通貨発行益」が生まれて、その借金は消えてなくなるのだ。
 通貨発行益の活用は、過去も行われてきた。明治維新のときには太政官札という政府紙幣を発行して改革の経費を賄ったし、太平洋戦争の戦費の大部分は、国債を日銀に引き受けさせて調達した。
 もちろん、通貨発行益の活用はやりすぎるとインフレを招く。実際、太平洋戦争のあとは、激しいインフレが日本経済を襲った。
 しかし、いまはデフレだ。政府や日銀が目標としている消費者物価上昇率2%に、実際の物価はまったく追い付いていない。だから、通貨発行益を活用しても、何の問題も発生しないのだ。
 実際の数字をみてみよう。安倍政権が発足した2012年末の日銀の国債保有は、114兆円だった。それが6年後の2018年末には468兆円に達している。1年あたり59兆円の国債保有増があったことになる、言い方を変えると、毎年59兆円もの通貨発行益が生み出され続けたことになる。その結果、物価は徐々に上昇するようになり、2018年の消費者物価指数(生鮮食料品を除く総合)は、前年比0.9%の上昇と、目標の2%の半分まで回復した。ところが昨年、日銀は国債の買い入れを大幅に減らした。2019年の日銀の国債保有増は、14兆円にとどまった。その結果、消費者物価上昇率も0.6%に下がってしまったのだ。さらに直近の2019年12月の消費者物価上昇率は、0.7%となっている。ただし、ここには消費税増税分が含まれている。消費税増税で、消費者物価には0.5%の上昇圧力がかかっているから、本当の消費者物価上昇率は、0.2%ということになる。デフレ脱却どころか、デフレに戻ってしまう寸前にまで、日本経済は悪化しているのだ。
 つまり、いま赤字国債を発行して消費税減税をすることは、金融緩和でデフレ脱却を目指すことと、景気失速を防ぐことの二重の効果があるということだ。
 ところが、日本のリベラルは、世界の大勢とは異なり、財政緊縮を支持する人が多い。それが何故なのか、私にはよく分からない。

内輪もめより、いますぐ景気対策を

 もう1年ほど前になるが、私は立憲民主党の長妻昭政調会長に、通貨発行益を活用して、庶民や地方や中小企業を救うべきだという提案を渾身の力を込めてやったことがある。ところが長妻氏の答えは「森永さんの話は、筋が通っているとは思うんだけど、そんな魔法のような話は、どうしても腑に落ちないんだよね」というものだった。
 だから、もしかすると、予算委員会ですべきなのは、通貨発行益の勉強なのかもしれない。ただ、通貨発行益の話は、そんなに難しい話ではない。金融緩和というのは、民間が持っている国債を日本銀行券にすりかえるということだ。国債に対して政府は利払いも元本返済もしなければならないが、日銀券には利払いも、元本返済もない。だから、日銀が国債を買って、日銀券を発行する金融緩和は、同額の通貨発行益を生むのだ。
 安倍政権の最大の成果は、毎年60兆円近い通貨発行益を生み出しても経済に何の問題も生じないことを実証したことだ。毎年60兆円あれば、消費税率をゼロにできるだけでなく、格差縮小や社会保障拡充のための大きな財政支援ができる。
 リベラル勢力は、つまらない内輪もめをしている場合ではない。いますぐ大規模金融緩和と通貨発行益を活用した景気対策を強く打ち出さないと、日本経済も、庶民の暮らしも壊れてしまうだろう。

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森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。