第152回:羽田新ルートと試される自治、国の新たな苦情救済制度の検討を(南部義典)

さいたま市から見える、羽田新ルートの到着機

 まず、3枚の写真をご覧いただきます。

 〔写真1〕は、荒川左岸・治水橋付近の堤防(さいたま市西区)から、南東方面を撮影したものです。左下の建物は、大宮南高校の校舎です。上にカラスのような物体が写っていますが、これは羽田空港へと向かう旅客機です。写真の左側から右側に向けて、ゆるやかに左旋回しているところです。高度は約1,500メートルです。

〔写真1〕

 〔写真2〕は、〔写真1〕の撮影場所から南東に約5キロメートル、秋ヶ瀬公園付近の堤防(桜区)から、南東方面を撮影したものです。奥には浦和の高層ビル群が見えます。手前にそびえ立つのはNHK新開(しびらき)ラジオ放送所のアンテナ塔で、高さは130メートルあります。ここでも旅客機の高度は約1,500メートルで、NHKアンテナ塔の10倍以上の高度を飛行していますが、地上にいる人間にはこのような画角と遠近感で視界に入ってきます。

〔写真2〕

 〔写真3〕は、〔写真2〕と同じ場所から、南方向を撮影したものです。下に見えるのは、鴨川の昭和水門です。さらに奥には、池袋の高層ビル群が霞んで見えます。このポイントを過ぎた辺りで左旋回が終わり、高度を下げながら、羽田空港のA滑走路へと直進していきます。
 距離的に遠いので写真には収めていませんが、A滑走路への着陸進入のさらに内側を、左旋回をしてC滑走路への着陸進入を行う機体も確認することができます。

〔写真3〕

 写真のように、私が住むさいたま市では最近、羽田空港に着陸する旅客機が確認できました。3月29日から運用開始となる新ルートの試験飛行(実機飛行確認)が2月2日から12日まで行われ、その南風ルートの一部がさいたま市にかかっていたためです。(国土交通省「羽田空港の新飛行経路の実機飛行による確認が終了しました」
 携帯無線機で受信周波数を118.1MHz(AM)に合わせると、A滑走路着陸予定の空港管制に対する最初のコンタクト(着陸後の駐機番号等を確認する)からはっきりと聞こえてきました。今までになかったことです。

 写真の場所から見える旅客機は比較的高い高度で、周辺の交通騒音、工場騒音が相当大きいことから、意識して空を見上げていないと、通過に気付かないこともあります。しかし、さいたま市以南の着陸進入ルート上にある地域(埼玉県/戸田市、和光市、東京都/練馬区、豊島区、中野区、新宿区、杉並区、渋谷区、目黒区、港区、品川区)では、試験飛行が始まって以降、騒音に対する怒りや不満、到着機の頻度に対する驚き、地上から見える機体の大きさや落下物のおそれに対する不安の声が、一気に高まりをみせています。誰もが初めて危険を意識しながら目にした現実であり、動揺の広がりは当然と言えば当然です。とくに、羽田空港に近い品川区では、最大値80デシベルの騒音が測定されており、深刻な状況です。(国土交通省「実機飛行確認騒音測定結果(2月11日分速報値)」

 80デシベルというと、間近で聞く救急車のサイレンやパチンコ店内の騒音に等しいレベルです。SNS上では「早晩、引っ越しを検討したい」との、品川区民の書き込みも見られました。
 さらに、新ルートは到着だけでなく出発の分も含まれていますが、B滑走路(横風用)西南方向に位置する神奈川県川崎市、A滑走路等を離陸した旅客機についてのルートが新設された東京都北区でも同様、地元住民の怒りの声が上がっています。川崎市では何と、最大94デシベルに達しました(羽田新ルート 離陸の川崎 最大94デシベル 住民「こんなに大きいとは…」2020.2.13東京新聞)。

 新ルートの直下、周辺の住民は、3月以降の運用開始の件をまったく知らされていなかったわけではなく、実際に2月に試験飛行が行われ、当初の想定、想像を超えた問題の大きさを否応にも感じざるを得なくなっています。かなり前から本件を問題視し、計画(運用)反対の意思表示を重ねてきた方も少なからずいらっしゃいますが、試験飛行の実施を以て、住民一人ひとりに降りかかる「公共問題」として意識され、リアリティを以てその重大さが受け止められるようになったのです。恥ずかしながら私もそのうちの一人で、事前情報のかき集めではなく、自分の目と耳で確かめて初めて実感が湧きました。メディアが仔細を報じるようになったのも、ごく最近のことです。
 新ルートは、国が航空法施行規則(国土交通省令)第189条の規定に基づいて定めたものです。その決定責任をどうやって追及すべきか、その是非論、方法論とともに議論を始めるタイミングです。

「国民に我慢を強いたりしない」のが憲法の立場

 試験飛行が始まった後から、SNS上では伊丹、福岡などの拠点空港、その他航空基地、米軍基地の周辺で生じている騒音問題を比較対象に持ち出して、「羽田新ルートは大した問題ではない」「そのうち慣れる。都民は騒ぎ過ぎだ」などというコメントが散見されました。
 しかし、このような立論自体が間違っています。例えれば、歯科医院の待合室で、「俺の虫歯は我慢ならない」「いや、俺の歯周病の方が凄くて、昨日は寝られないくらいだった」などと言い始めて、相手を罵るようなものです。各々、痛みを治そうと歯医者にかかっているのに、その目的を横に置いて、他人の痛みと比較したり、自慢に転じたり、殊更それを強調したところで、何の解決にもなりません(単なる冷やかし、見下しです)。まして「痛い者どうし連帯して、頑張って耐えよう」という苦痛・犠牲の連帯関係は生じ得ません。誰もが、痛みを治すことを考え、当然の行動に移せばいいだけなのです。
 憲法は13条後段で幸福追求権を、16条で請願権を、32条で裁判を受ける権利を保障しています。ごく簡潔に要約しますが、行政の非違不正、不当な処分などについて、決して国民に我慢を強いたりしないのが憲法の立場であり、「法の支配」の真髄です。この憲法の下で、様々な救済制度が法令上設けられているので、苦情案件が生じた場合には国民の判断と選択で適切かつ合理的な解決方法を探って、着実に実践していけばいいのです。「伊丹や福岡の空港がこうだから」「千葉県民が今までこうだったから」という議論を押し出すだけでは、社会の不 公正を固定化するばかりです。苦痛に耐えることに価値を見出そうとする限り、前近代的な因習崇拝、集団(敗北)主義から抜け出せません。

(個人の尊重と公共の福祉)
13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
(請願権)
16条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
(裁判を受ける権利)
32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

住民投票実施の動きに注目

 苦情に対する救済を得るための実践として、私が現在注目しているのが、品川区で羽田新ルートの賛否を問う区民投票を実施しようという動きです。
 品川区ではこれまで、種々の国政・地方選挙において、羽田新ルート問題が一応「争点化」されてきました。しかし、公職候補者のマニフェストに幅がみられ、有権者自身も羽田新ルート問題の一点に絞って投票選択をしたわけでもないので、区民の意思が正確かつシャープに反映されてきたとはいえない、ある種悶々とした政治・行政の状況が続いてきました(政策の方向性が決着しているようで、実は「暖簾に腕押し」状態だったのです)。そのような状況を打破するため、区民投票を実施し、「賛成」「反対」の二択で直接、政治的な多数意思を明確に確定することには大きな意義が認められます。
 また、区民投票の実施は、地方自治の未来を切り開くというテーマを背負った、一つの試金石でもあります。何より「国から特定の地域、自治体に対して不利益、負担を一方的に押し付けられない」ことが、地方自治が健全に成り立つ最低条件です。原発、米軍基地などの例が典型ですが、一方的に不利益、負担を押し付けられてしまうと、地方自治が不健全になるか、いずれ地方自治そのものが成り立たなくなってしまいます。仮に重大な事故が発生したとすれば、被害を受けるのはその地域、自治体の住民だけで、それ以外の地域には関係がないという話になりがちです(現在の福島第一原発の状況を見ていただければ、容易に想像していただけるでしょう)。
 羽田新ルート問題も同様、品川区は国の一方的な犠牲者であってはならず、「緊張関係」を高めていく必要があります。似たような構図として、1年前の沖縄県民投票が思い出されます。

 もっとも、区民投票を実施したいといっても、残念ながら品川区にはその手続きを定めたルール(条例)がありません。何歳から投票できるのか、投票日はいつか、投票の方法はどのようなものか、といったルールが定められていなければ、掛け声だけに終わってしまうのです。
 そこで、地方自治法の規定に基づき、区内有権者の一定以上の署名を以て、区民投票の実施条例を制定するよう、区長に請求するための運動を始めようと、多くの区民が街頭でPRを始めています(署名運動は正式に3月20日から始まります)。1か月間の署名運動期間において区内有権者の50分の1以上の署名が集まれば、区長に対して直接、条例制定の請求を行うことができ、請求の後、区議会で条例案の審査が行われ、可決されれば、区民投票が実施されるという運びです。条例制定は、区議会議員を通した陳情、請願によっても不可能ではありませんが、議員に一切の成り行きを任せてしまうのではなく、区民自らが主体的に実践し、実効的な救済を得るための「道筋」を付けることが、民主政治にとってこの上ないボトムアップにつながります。
 沖縄県民投票と同様、区民投票で得られた結果に法的拘束力を認めることはできませんが、それ自体が「スタートポイント」となり、羽田新ルートをめぐるその後の政治・行政の方向性を固める効果が得られます。仮に、投票結果を尊重しない公職者は批判の対象となり、議員・長は次回選挙での厳しい審判に晒されることになります。

国会オンブズマンの設置を

 最後に提言です。本連載でも何度か指摘したことがありますが、日本の国会にも、スウェーデン、デンマーク国会と同様、独立した数名の「オンブズマン」を置いて、国民の苦情救済に当たらせるべきと考えます。
 現状、衆議院決算行政監視委員会参議院行政監視委員会がそれぞれ国の行政に関する苦情の窓口を置いていますが、単に受け付けているだけで、具体的な調査が行われないのが最大の欠点です(制度そのものが十分認知されていないという根本的な問題もあります)。そうではなく、国会が任命したオンブズマンがその権限を以て、国民から寄せられた苦情の一つひとつを調査し、必要な範囲で行政機関等に対して意見表明や勧告等を行うことにより、苦情を救済する(権利侵害を防止する)システムがあれば、行政訴訟の提起等の手間やコストを要せず、より迅速な解決を図ることを可能にします。また、特定の行政機関に附属するのではなく「国民代表機関」である国会にこそ、そのようなオンブズマンが存在することが理想的といえます。国会オンブズマンは憲法改正を要せず、国会法等の法令レベルで設置することができます。
 この点、立憲ほか野党会派が2019年6月17日に衆議院に提出した「行政監視院法案」(継続審議の扱い)は形式的に見れば、私の提言する国会オンブズマンに近似性が認められます。もっとも、その制度の主目的はまさに「行政監視」であり、現職議員のための独立した監視機能を果たすことで「モリ・カケ」「桜を見る会」問題などの追及に一定の効果を発揮するにすぎず、必ずしも国民の苦情救済に結実しません(そもそも、行政監視院には苦情受付窓口の機能が付与されません)。ぜひ、目線を変えて、制度設計を再検討していただきたいものです。
 いずれにせよ、羽田新ルート問題は、この国の統治システムのあり方を変える契機になり得ます。問題の解決に向けた動きが、多元的に広がることを願うばかりです。

南部義典
なんぶよしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)等を歴任。現在、国民投票総研 代表。専門は国民投票法制、国会法制、立法過程。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)などがある。(2020年6月現在)