第83回:新型コロナウイルス感染拡大は引き金に過ぎない(森永卓郎)

本質はバブルの崩壊だ

 世界の株価が急落している。NYダウは、2月12日の2万9551ドルから、3月6日には2万5864ドルへと12.5%下落している。日経平均株価を含む先進各国の株価も同じような動きをしている。もちろん直接の原因は、新型コロナウイルスの感染拡大だ。ただ、私は、新型コロナウイルスの感染拡大は、株価下落のきっかけに過ぎず、いま起きていることの本質はバブルの崩壊だと考えている。
 昨年の世界経済の成長率は、2%台後半だったとみられる。リーマン・ショックの翌年から、世界は5年間の景気低迷を経験したが、そのときの平均成長率は3.3%だった。つまり昨年の世界経済はリーマン・ショックの後よりも悪かったのだ。にもかかわらず、今年2月にNYダウは、史上最高値を更新し、日経平均株価もバブル崩壊後の戻り高値を更新した。つまり、経済実態を反映しない株価がついていたのだ。これをバブルと呼ぶのだ。
 ノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー教授が開発したシラーPERという株価の割高指標がある。この指標が25倍を超える状態が一定期間続くと、その後バブルが崩壊するというのがこれまでの経験だ。過去をみると、ITバブルの時は79か月、リーマン・ショック前のバブルのときは52か月でバブルが崩壊した。そして今回は、今月時点で70か月が経過している。過去に起きたのとほぼ同じタイミングで、株価の下落が起きているのだ。
 バブルの証拠はまだある。不動産も、原油も、金も、あらゆる資産の価格がとてつもない高値になっていた。原油はすでに下がり始めたが、これから他の資産にも波及していくだろう。日本でも、昨年の銀座5丁目の鳩居堂前の路線価は、坪1億5000万円だった。バブルのピークのときでも1億2000万円だったから、そんな高値が続けられるはずがないのだ。

待ち受けているのは資本主義の終焉

 今後バブルの崩壊が進んでいけば、経済の失速は、いまのようなレベルでは済まないだろう。100年に1度の経済危機と呼ばれた2008年9月のリーマン・ショックの翌年、日経平均株価は7021円まで下がっている。いまの3分の1だ。今回も、それと同じようなことが起きるのではないだろうか。しかも、その後の不況は長引いていく。リーマン・ショックの場合は、バブル崩壊後の経済を中国が救世主となって引き上げた。天文学的な投資を重ねて、世界経済を活性化していったのだ。しかし、今回は中国にそんな体力がないし、投資をするためのネタもない。救世主がいない世界経済は、破たんへの道を歩んでいくしかないだろう。
 そこで何が待ち受けているのか。資本主義の終焉だと私は思う。ベルリンの壁が崩壊してからの30年間の世界は、社会主義・共産主義の衰退と資本主義の隆盛の時代だった。しかし、資本主義の暴走は、人権を否定するほどの格差拡大と地球環境の破壊をもたらした。
 もちろん、それは日本も同じだ。富裕層が爆発的に増え、しかも彼らの大部分は働いていない。右から左にカネを動かすことで、カネにカネを稼がせているのだ。今回のバブル崩壊は、彼らに一番大きな被害を及ぼす。いま世界はバブル崩壊を何とか防ごうと、あらゆる手段を講じようとしているが、一度崩壊が始まると、誰も止められないというのが、過去のバブル崩壊の歴史だ。
 ただ、資本主義が崩壊したあとに、再び社会主義や共産主義が台頭してくるとは、私は考えていない。社会主義にさまざまな構造上の問題があることは、80年代までの経験で明らかになっているからだ。

「近くの人を助ける」という原理

 実は、私はいま新しい著書を書いている。これからの日本と世界が向かうべき道は、「ガンディーの経済学」だという内容だ。
 インド建国の父であるマハトマ・ガンディーは、貧困や格差をなくすためにどうしたらよいのかを考え抜いた結果、たどりついたのが「近くの人を助ける」という隣人の原理だった。近隣の人が作った農産物を食べ、近隣の人が作った服を着て、近隣の人が建てた家に住む。そうすれば、その地域に雇用が生まれ、経済が回りだす。そうした地域内経済を広げていけば、世界から貧困をなくせるとガンディーは考えたのだ。
 いまの日本では地方への移住を希望する若者が急増している。大都市での非人間的な低賃金単純労働に疲弊し、人間らしい人生を取り戻したいと考えているからだ。しかし、実際に移住しようとしても、そこには大きな壁が立ちはだかる。地方には、十分な雇用の場がないからだ。
 だから、私は社会構造の転換をするためにも、いま一番必要な政策は、ベーシックインカムの採用だと思う。前回の本稿で指摘したように、通貨発行益を活用すれば、日本の財政は年間60兆円の財政出動を継続できる余力がある。60兆円あれば、国民1人あたり月額7万円程度のベーシックインカムを支給できる。4人家族で28万円だ。それだけあれば、地方、特に農山漁村での生活も可能になる。そうすれば、いま日本中で荒廃が進んでいる農地や山の再生も可能になってくる。
 これからの時代は、自分が食べるものは基本的に自分で作り、それで足りないものを近隣の人たちが作る製品やサービスで補っていくという暮らしを主流にしていくしかないのではないか。それが24年連続で東京一極集中をもたらしたグローバル資本主義に対抗する唯一の手段だと私は考えている。
 2年前から私は一人社会実験を始めた。群馬県昭和村の師匠の指導を受けて、野菜作りを始め、昨年は田植えも経験した。今年もそれは継続する予定だが。今年からは、さらに自宅近くの農地の一部を借りて、自力での農業も開始する予定だ。
 バブル崩壊は、残念ながら、富裕層だけでなく、庶民の暮らしも巻き込んでいく。そのときにただ狼狽するのではなく、それをきっかけに、自分の人生をどう生きたら一番幸せなのか。それを真剣に考えるきっかけにしてほしい。

       

森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。