第9回:コロナ危機下で人々の暮らしをどう守るのか(岸本聡子)

ロックダウンが続くベルギーから

 コロナウイルスの感染拡大防止のため、ロックダウン(封鎖措置)になってから2回目の日曜日の今日(3月29日)。ベルギーではまだコロナウイルス感染患者数のピークが見えず、ロックダウンは4月19日まで延長された。すでに2週間、食料品を売る店と薬局を除く商店、レストランなどは営業できずにいる。明確な必要性を証明できない外出は禁止、複数の人が自宅で集まるのも公園でのピクニックも禁止、ジョギングや散歩はOKだが家族やカップル、友達など特定の人とだけである。被害が一番深刻なイタリア、スペインはもちろんのこと、フランスもさらに一歩きついロックダウンが続いている。ヨーロッパのほとんどの国は公権力を行使したロックダウン下にある。ルールを破れば罰金が課せられるし、警察が検問や巡回をしてチェックしている。外出自粛の要請とロックダウンは完全に違う。

 飛行機雲ひとつない青空を見るのも久しぶりだ。車の交通量は50%ダウンで、空気が澄んでいるような気がする。青空が稀な冬のベルギーで美しい青空が一週間近く続き、多くの人間活動が中止した静けさを自然は楽しんでいるかのように見える。小中高学校も大学もすでに閉鎖して2週間、これからさらに2週間のイースター休暇に入る。私は普段から在宅勤務で多くの会議もZOOM(ビデオ会議ツール)でやっているので、生活はそれほど変わらない。

 昨日のTNI(私の勤めているNGO)のスタッフ会議には、それぞれの自宅から30人がZOOMで参加した。幼児、保育園や小学校低学年の子どもがいるスタッフの声は悲痛だった。公園の遊具は使用できないし、国からは高齢の両親にも預けないようにという勧告が出ている。都市部に暮らす多くの世帯は狭いアパート住まいだ。TNIでは、こうした事情を抱えるスタッフは仕事時間を半分に減らしてもOKとなっている。私たちのような自由裁量の多いNGO職員は明らかに恵まれている。調査やコミュニケーションは自宅でも十分にできるし、イベントは軒並み中止になっているので、むしろ他のことに集中できる。そして在宅でも業務が変わらなければ給料は通常通り受け取ることができる。

 しかし、多くの労働者はこのような環境にない。まず医療関係者は危険にさらされながら激務を続け疲労している。水、電力、ごみ回収、ケアサービス、交通機関など続けなくてはいけない仕事もたくさんある。物資を運ぶ運転手やスーパーマーケットの労働者は普段よりも多く仕事をしている。また工場や建設業、配送センターなどは閉鎖になっていないため、国か雇用主が所得補償をしない限りは、働きたくなくても翌月の家賃を払うために危険を承知でバスや電車で仕事に行かなければならないという人も大勢いる。一方、レストラン(一部テイクアウトのみ営業)、カフェ、個人商店などは営業できないので収入源がたたれている。フリーランスや芸術家は仕事も収入も激減だ。新型コロナ感染症はすべての人々にとっての危機であるが、どのような経済的影響を受けるかは、収入、雇用形態、ライフステージによってまったく違う。格差社会においてこの差はあまりにも顕著で、生活だけでなく生命までも脅かす。

各国が打ち出した国民救済策

 日本の労働者や社会的弱者のことがとても心配である。先週は世界の各国が様々な影響を受けた労働者、雇用主、家族を直接救済する措置を次々に打ち出した。その中で日本からは、社会的弱者や労働者を具体的に守る施策や予算がやっと少し聞こえ始めたとはいえ、3月31日現在でさえ不明確で不十分だからだ。雨宮処凛さんが、全国で派遣切りの嵐が吹き荒れて多くの人が職を失った2008年の状況を、今になぞらえている。リーマン・ショックと連鎖的に起きた世界経済危機の時のことだ。このコロナ危機は実体経済を直撃しているだけに、生活者への影響はもっと凄まじいかもしれない。

 リーマン・ショック後の世界経済危機から「回復」するために欧州連合はじめ各国が採った政策は、税金による民間銀行救済、さらなる新自由主義の強化、厳しい緊縮財政であった。とくに最後の緊縮財政は、公的支出を削減して借金返済を優先することを意味し、社会福祉、教育、公的医療、自治体への交付金が劇的に削減され、公共サービスが民営化されていった。労働が不安定化し、公的医療や公共サービスが弱体化した社会を、今回さらにコロナウイルスが襲ったのだ。

 2008年以降、日本だけでなくヨーロッパでも庶民の生活はさらに脆弱になっている。おびただしい失業が特に若年層を襲ったし、配車サービスのUBERをはじめとするギグエコノミー(※)の存在感がここ数年で急激に大きくなった。インターネットプラットフォームを介して働くギグワーカーは若年層に多く、従来の雇用契約で全く守られていない。仕事が減れば比例して収入も減ることになる。

※ギグエコノミー:インターネットを通じて単発の仕事を受注する働き方のこと

 社会で一番脆弱な人々を適切に救済しなくてはならない。日本のように「肉か魚か両方か」というようなレベルの議論を政府に許しておくわけにはいかない。だから慌ててこの原稿を書いている。本当に世界各国から毎日のように国民救済政策が出ているのだ。急ぎ足で見てみよう。

  • 【ベルギー】すでに100万人の労働者が一時的に失業。失業手当申請には時間がかかるので月1,450ユーロ(約17万4,000円)を前払いする。その後は失業手当適応の上、電力料金支払い免除。
  • 【クロアチア】政府が小麦、卵、砂糖、料理油、肉、薬、衛生用品の価格を規制。
  • 【デンマーク】政府がフリーランスと学生の収入を支援。家賃免除と政府保証のローンの融通。会社(雇用主)が雇用者を解雇せずに100%の給料を払う場合、政府は月23,000 デンマーククローネ (約3,000ユーロ/約36万円) を上限に75%の雇用費を保証。
  • 【フランス】コロナ危機の影響を受けた給与所得者は給与の8割を国家が社会保障で負担。給与所得者ではない労働者は一律月1500ユーロ(約18万円)の補償。経営困難企業の税金、家賃、水道、電気、ガス料金は支払いを免除。(※中島さおりさんの記事に詳しい)
  • 【イタリア】2月23日まで遡り、危機による経済的な理由で労働者が解雇されることを防ぐため60日間労働者の雇用を保護。政府は 100億ユーロの予算を労働者保護のために計上。自営業者、観光などにおける季節労働者、観劇関連の労働者、農業従事者なども最長3か月、月600ユーロ(約7万2,000円)の給付が受けられる。障害を持つ労働者や家族の介護をしなくてはならない労働者のケア有給を3日から15日に拡大。12歳以下の子どもがいる人は50%の給料が支払われる育児休暇を15日追加可。
  • 【ポルトガル】学校閉鎖により子どもの面倒を見なくてはならない労働者は収入の66%を政府が保障。
  • 【スペイン】決まった給料の支払いがない労働者について、住宅ローン、電力、水道料金支払いの免除。一時的に仕事を失った人に失業手当を即時支払い。自営業者はパンデミックで収入が削減した場合、税金免除。高齢者ケアハウス、ホームレス支援の特別基金を設立。
  • カナダ】パンデミックのために職を失った労働者に4ヶ月に渡り月2,000カナダドル(約15万4,000円)を支払う。
  • 【オーストリア】パンデミックによって労働時間が削減されたとき、低所得層は従来の収入の90%、中間所得層は85%、高所得層は80%を政府が保証。
  • 【オランダ】パンデミックで影響を受けた会社(雇用主)が雇用を維持する場合(被害の程度により)最大90%の雇用費用を3ヶ月に渡り政府が保障。これは非正規の労働者にも適応する。
  • 【ルーマニア】労働者が一時的に解雇され働けない場合、収入の3分の2を政府から受け取る。
  • 【イギリス】コロナ危機で労働者が働けない場合、解雇者が労働者を解雇するのを避けるため政府は月2,500ポンド(約33万5000円) を上限に賃金の80%を雇用主に支払う。
  • 南アフリカ】政府は失業保険基金を設立。仕事ができない労働者は国が定める低所得スキームで収入の60%、高所得スキーム(上限は 17,712ランド)の38%である6,730ランド(約4万円)を基金より受け取る。

 書ききれないが、この他にもキプロス、ブルガリア、ノルウェー、フィンランド、ドイツ、ギリシャ、ポーランド、ラトビア、アイルランド、中国、タイ、スイス、香港なども労働者と実体経済を救済する政策を出している。それらの政策は以下の3つに整理される。 
1.給料を保証しながら労働時間を短縮する 
2.国家が税金などの支払い免除をして世帯を救済する 
3.国家が労働者の解雇を避けるために経済支援か、労働者の有給休暇を保障するかで雇用主を支える
(※欧州労働組合連合(ETUC)がCOVID-19ウオッチをいち早く立ち上げヨーロッパ各国の政策をモニターしている)

危機下で乱用される権力への警戒

 なぜ個人の自由を(最)重要視する自由・民主主義体制のヨーロッパや他の国々で、公権力を行使したロックダウンが比較的スムーズに受け入れられたのだろうか。当然のことながら、危機下で乱用される国家権力や暴力の脅威を重視しない左派はいない。日本で先日成立した「新型インフルエンザ等対策特別措置法改正法」に緊急事態宣言の発令の規定が入り、野党の一部や左派勢力は抵抗した。当然である。国民に嘘をつくことと、権力の乱用を主要な仕事として邁進している日本の安倍政権に新たな権力のカードを与えるわけにはいかない。はっきりと言いたい。国民の生命を守るのは特別法がなくてもできるし、やらなくてはいけない国家の使命だ。

 今回のロックダウンの発動にあたって、ベルギーもデンマークも特別法や非常事態宣言は発効していない。むしろ将来の権力の乱用を避けるためにもない方がいいと思う。事実、ハンガリーのオルバーン政権はコロナ危機下で非常事態宣言を出し(3月30日)、国会を無期限で停止させ独裁的な権力を強化している。恐怖を煽る言論を罰する5年の禁固刑も含まれ、民主主義を解体させてきた現政権が今まで以上に批判的な言論を封じ込めると怖れられている。必要なのは国民の生命を守ることで、民主的な手続きや法を凍結することではない。随時変わりゆく状況と科学的根拠を国民に丁寧に伝え、強制力も含めて必要な措置の理解を、その都度国民から得ていく姿勢が不可欠だ。そのような姿をニュージーランド、カナダ、ドイツなどの政治的リーダーは見せている。

 このような未曾有の危機のなか、国家が国民の信頼を得るためには、徹底した情報公開と説明責任が不可欠である。そして国家が経済活動を規制するわけだから、当然国家が国民の生活を保障しなければならないし、私たちはそれを求める権利がある。日本も数日のうちに状況が変わると思いたいが、少なくとも今は個人の裁量に任せた「自粛」に留めることで、国家の責任を放棄している態度が丸見えだ。

 こうした不安の一方で、今朝のポルトガルから入ったニュースに一縷の「希望のポリティックス」を見た。ポルトガル政府は、国内にいる外国人はそのステイタスにかかわらず、少なくとも7月1日までは他の市民と同じように公共サービスを受けることができると発表したのだ。合法的な居住資格を持たない移民がこのようなパンデミックの危機でさらされる危険と不安は想像を絶する。声なき人々の声をこのような危機化ですくい取るのは、最も難しく、最も必要なことかもしれない。

この危機を「学ぶ機会」にしなくてはいけない

 2008年、問題を起こした張本人である銀行だけを「大きすぎてつぶせない」と膨大な税金を使って救済し、多くの労働者を失業に追い込んだリーマン・ショック。銀行の責任も問わず、公的管理も及ばないばかりか、その後の国際金融取引の規制にもつながらなかった。当時、左派知識人や社会運動の反応は鈍く、連帯して明確な要求を政府に圧力をかけられなかった反省は深い。さらに新自由主義が正当化・強化され、文字通り「失われた10年」の間に世界中で貧富の格差は危険なまでに拡大したのだ。その時と今は随分様相が違っているように思える。社会運動も各国もかつての世界経済危機から学んでいる。

 だからこそ、この未曾有の危機を変革のための力にしなければいけない。その使命感は進歩的な団体や社会運動で強く共有されている。下記の「COVID-19からの公正な回復を求める原則」は影響力のあるNGOから女性、気候、農民、先住民の運動に至る幅広い社会運動によって生み出された。

1. 人々の健康が例外なく最優先である
2. 直接人々に経済救済を行う
3. 企業の重役でなく労働者とコミュニティーを救済する
4. 将来の危機に耐久性を備える
5. 国境を越えた連帯を広げる。権威主義や独裁主義ではなく

 医療従事者を守り、一番影響を受ける脆弱な労働者を救済する短期的政治欲求とともに、ポストコロナ危機を見据えた中長期の政策についても、左派シンクタンクやNGOでの活発な議論が始まっている。

 公共医療をとことん疲弊させてきた新自由主義、民営化政策と緊縮財政をやめさせること、すべての人が無料で必須の公共サービスを享受する権利(ユニバーサル・ベーシックサービス)、研究に多額な税金を使いながら特許で薬品価格を吊り上げる製薬会社を全面的に規制するか国有化すること、航空会社を税金で救済するなら恒常的に公営化し気候危機に対応すること、新自由主義下で最も圧縮され、尊重されてこなかった介護分野、ケアワーカーや産業を再評価し、社会はその対価を払うこと、そしてケアや介護を脱炭素化社会の中心に据えることなどだ。気候危機はコロナ危機と同様に緊急かつ深刻であり、いまこそグリーン・ニュー・ディールを発動することも含まれる。

 このようなラディカルな左派の提案が、今まで届かなかった人々や政治家にも届くようになった。今、公的医療・保険や研究への公的支援の重要性に異議を唱える人はいないだろう。気候や労働者を守るための政府の積極的な市場介入の必要性も、一部の人々の議論ではなくなった。

 コロナ危機から環境的・社会的に持続不可能な現代社会が学ぶ教訓はあまりにも大きい。次回の原稿でこのテーマをもう少し掘り下げたい。

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●TNIでは「コロナ危機(COVID-19)――国際主義の対応」というテーマでWebセミナーを、2020年4月1日ヨーロッパ時間16時(日本時間23時)から開催します。どなたでも登録すれば参加可能(英語)。詳しくはこちらをご覧ください。

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岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。著書に『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと 』(集英社新書)