第518回:所持金13円。コロナ不況、ネットカフェ休業を受けてのSOS。の巻(雨宮処凛)

 「この雨の中、もし皆さんと会ってなかったらどうしてたんだろうって、ずっと考えてました」

 東京で激しい雨が降った4月13日、Aさん(30代、男性)はそう言った。

 この日、私はAさんの生活保護申請に同行していた。

 Aさんと出会ったのはその2日前の4月11日。緊急事態宣言が出され、ネットカフェなどへの休業要請が始まった日だ。その日、私は都庁前で開催された相談会に顔を出していた。生活に困窮した人々に食事を配り、生活相談などを受け付ける場だ。

 食料配布の行列には、100人以上が並んでいた。支援者によると、新型コロナウイルス感染拡大が始まった3月頃から並ぶ人が増え始めたという。都内の他の炊き出しが中止になったことで並ぶ人もいる一方、新顔も増えているということだった。つまり、新しくホームレス状態になった人々が並んでいるのだ。その一週間前は2〜3割だったという「新顔」は、この日、半数近くに増えたという。また、普段は生活相談(所持金も住む場所もなくどうしたらいいか、という相談など)を希望する人は数人だというのに、この日は十数人が生活相談を希望していた。その中には、若い人の姿も目立った。

 Aさんとは、その現場で会った。その日の朝、彼は支援団体に連絡をしたのだ。この時点で所持金は13円。住まいを失い、半年ほどネットカフェで暮らしていたものの、新型コロナウイルスの影響で日払いの派遣の仕事がなくなり、ネットカフェ代を捻出することも難しくなったということだった。相談会に来る電車賃もないので、都内の駅に支援者が迎えに行ってこの場に案内していた。

 相談の結果、「東京チャレンジネット」に行くことになった。チャレンジネットとは、もともと「ネットカフェ難民」を対象に作られた制度。東京都の調査によると、都内にいる「ネットカフェ難民」は4000人と言われている。ネットカフェへの休業要請によって、この人たちが行き場を失うわけである。よって、東京都は4月10日、住まいを失う人たちなどにビジネスホテル100室を確保したと発表。が、それでは全然足りない。コロナ不況の今、住む場所を失った人たちはさらに増えているに違いないからだ。

 そうした声を受け、東京都は無料提供のホテルの部屋を2000室に増やした。その窓口がチャレンジネットなのだ。

 その日の午後3時過ぎ、新宿・歌舞伎町の窓口に向かうと、すでに多くの人が相談に訪れていて、しばらく待合室で待つことになった。渡された番号札は70番台だったので、すでにそれだけの人が来ていたのだろう。順番を待っている間にも、次々と待合室に人が案内されてくる。みんな服装はまったく普通で、とても「家がない」なんて思えないような整った身なりの人たちだ。報道によると、この日チャレンジネットを訪れた人は100人ほどだったという。

 15分ほど待つとAさんが呼び出され、相談ブースへ。支援者として同席したかったが、チャレンジネットの人に断られたので断念。結果的に、この日と翌日、Aさんはビジネスホテルに泊まることができた。食事も弁当が出た。相談では、ふたつの道を示されたという。

1)収入がある人向け。今日と明日はビジネスホテルに泊まり、週明けの月曜日に都(?)が借り上げているアパートに移り、働きながらお金を貯めて自力でアパートに移る。

2)今日と明日、ビジネスホテルに泊まって、月曜日にそれまでいた区で生活保護申請をする。

 コロナ禍で仕事がない中、Aさんは2を選んだわけだが、月曜日にそれまでいた北区で生活保護申請ができたとして、問題はその日からの宿泊だ。一番いいのはアパートが決まるまでビジネスホテルに泊まれることだが(敷金や引っ越し代などは生活保護から転居費として出る)、Aさんは月曜朝にホテルを出ることになっている。ということは、北区で生活保護申請をする際に、「今日からアパートに入るまで、ビジネスホテルに泊まらせてください」と交渉しなければならない。

 前回の原稿で書いた通り、首都圏では生活保護申請をするとアパートに移るまで、場合によっては何ヶ月も相部屋・大部屋の施設(無料低額宿泊所など)に入れられてしまうことが多いからだ。まさに「3密」の条件が揃ったような場所である。せっかくギリギリで路上生活を免れたのに、制度につながることによってコロナに感染してしまっては元も子もない。

 ということで、いろんな人に電話してどう交渉すべきか情報収集に励んだ。が、周りの支援者たちも情報収集の真っ最中である。その上、私の知る支援者たちはコロナ不況とネットカフェ休業を受け相談者の対応でパンク状態だ。ということで、詳しい人に「困ったら電話するから」とバックアップ体制を作っていざ、出陣!!

 獲得目標は、とにかく生活保護を申請し、その日からできれば緊急事態宣言が出ている5月6日まで、ビジネスホテルに滞在することである。そして6日までにアパートを探してそこに移る。生活保護費から敷金など転居費は出るので、そうすればもっともスムーズに生活を立て直せる。住所があれば仕事だって見つかりやすい。コロナが収束すれば、仕事だって増えるだろう。

 彼が働いていた派遣の現場(冷凍食品の工場)は、コロナで仕事が減った影響で人が殺到し、入れなくなったということだった。4月はじめに働いたきり、次に入れるのは4月なかば過ぎとなってしまったのだ。前のように仕事が入れば、稼ぎが生活保護基準を上回ったところで生活保護を廃止すればいい。

 とにかく絶対に大部屋・相部屋の施設には入れられないようにしなければ。

 午前11時、決死の覚悟でAさんとともに北区の区役所を訪れた。結果から言うと、満額回答だった。役所の人によると、今朝、都からなんらかの通知があったようだ。北区の70室のビジネスホテルがリストアップされていて、ホテル代は都持ち。私たちが行った時点でネットカフェからの相談者はすでに4人来ていて、女性もいるということだった。

 面談で現在の所持金がないこと、住む場所もないことなどの聞き取りがあり、生活保護を申請。その間に、今日から滞在できるホテルも決まった。昼休憩を挟み、午後は担当となった職員から生活保護制度の説明を受け、5000円を生活保護費から前借りする。所持金が尽きている場合、その日からの食費もないので、生活保護の決定前でもこのようにお金が出るのだ。が、5000円は数日で尽きる。それ以上のお金を出すには決済に2、3日かかるため、また16日にお金が支給されることが決まった。

 あとは正式に生活保護が決定されるのを待つわけだが(最大2週間程度)、その間に、アパート探しを進めておくように言われた。都内で単身だと、家賃の上限は5万3700円。それ以内の家賃で物件を見つけ、不動産屋で見積書をもらう。敷金など込みで転居費の範囲内と認められれば、すぐにアパートに入居できる、という段取りだ。

 午前10時、池袋のホテルにAさんを迎えに行って、11時に役所の窓口を訪れ、午後2時にはすべてが終わっていた。Aさんには「緊急宿泊所利用票」が渡される。これがホテルに無料で泊まるための「チケット」だ。

 半年にわたるネットカフェ生活は、こうして終わった。Aさんは以前も1人で役所を訪れていたという。が、その時はネットカフェで暮らしながら仕事して自力でなんとかしてください、という対応だったそうだ。そう言われて、絶望したという。が、この日、彼の生活はメキメキと再建されていった。

 「ボランティアとかしてる人って、すごいなーって思ってるだけだったけど、皆さんに会って、自分も何か恩返ししたいと思いました」

 Aさんは何度もそう口にした。そして「本当にほっとしました」と笑った。

 本当に、本当に良かった。

 だけど情報がなく、支援につながれないまま、一人で途方に暮れている人が多くいる。また、神奈川や埼玉では「ネットカフェ難民」の人たち向けに提供された場所が大部屋で、感染が心配される。

 とにかく、困っている人が適切な支援につながれますように。そして今回のAさんの支援では、本当にたくさんの方に協力して頂いた。本当に本当に、ありがとうございました!!

※この原稿を書いたあと、東京都でも他のケースでは、ビジネスホテルを出て生活保護申請をした人たちが無料低額宿泊所などの大部屋に案内されていることを知った。感染防止のため、抗議していく。

雨宮処凛
あまみや・かりん:1975年北海道生まれ。作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。若者の「生きづらさ」などについての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。現在は新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。『反撃カルチャープレカリアートの豊かな世界』(角川文芸出版)、『雨宮処凛の「生存革命」日記』(集英社)、『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『自己責任社会の歩き方 生きるに値する世界のために』(七つ森書館)など、著書多数。2007年に『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。「反貧困ネットワーク」副代表、「週刊金曜日」編集委員、、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長、09年末より厚生労働省ナショナルミニマム研究会委員。