東京都知事選における「異常な事態」(西村リユ)

東京都知事選における「異常な事態」(西村リユ)

 次の日曜日は東京都知事選。先日、告示直後の新聞に載っていた5人の「主要な候補者」の並びを見て、ドキリとしました。山本太郎、小池百合子、宇都宮健児、小野泰輔、立花孝志。私が知る限り、その中の半数以上──3人が、「隠すことなく差別的な言動をしてきた人」だったからです。

 わかりやすいところから行けば、「NHKから国民を守る党」党首で、今回は「ホリエモン新党」から出馬している立花孝志氏。「NHKをぶっ壊す」などの過激な発言はよく知られていますが、昨年9月には、YouTubeにUPされた動画の中で、世界人口が増加しているのは「発展途上の国の人たちが無計画に子ども産むから」と断言し、その「発展途上国」の人たちに対して「人間と思えない」「アホみたいに子どもを産む民族はとりあえず虐殺しよう」などと発言していました。同じ動画の中にはさらに「差別やいじめは神様が作った摂理」「人種差別をやめようと思ったことはない」といった発言もあり、社民党からは立花氏の議員辞職を求める談話も出されています。。
 そして、前熊本県副知事の小野泰輔氏。その新自由主義的な考え方は「維新の会」の推薦を受けていること、ネットメディア「Choose Life Project」主催の討論会での質問で、都立病院の地方独立行政法人化や水道民営化に賛成と答えていたことなどからも明らかですが、加えてツイッターでご本人の過去のツイートをたどると、韓国などに対する差別的なツイートやリツイート(批判的な文言を加えてあるわけでもない)がいくつも見つかります(たとえばこちらこちら)。当時すでに熊本県副知事という公職にあった人のツイートとは思えません。
 さらに、先のネット討論会で、司会者から「過去のツイートから、小野さんはレイシストではないかという声があがっているが」と発言を求められると、「どの事実を指摘されているのかわからない」とした上で、「私には在日の友達もたくさんいますし、実際に会ってもらえればそんな人間ではないとわかってもらえると思う」と答えていました。マイノリティの「友達がいる」というのは、差別をする人の典型的な言い回しであって、「友達がいる」こととその人が差別をしているかどうかは何の関係もないことは言うまでもありません。
 そして現職知事、「圧勝」との評判も流れている小池百合子氏はどうか。見過ごしたくないのは小池氏が、毎年9月に墨田区で開かれている関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式典への追悼文送付を、2017年から3年連続で見送ってきたことです。
 関東大震災直後の混乱の中では、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマが飛び交い、多くの朝鮮人が虐殺されました。式典は数千人ともいわれるその犠牲者を追悼するためのもの。歴代都知事はそこに追悼文を寄せており、小池氏も就任直後の16年は送付したものの、翌年に「取りやめ」を発表したのです。
 別に開かれる大法要で「犠牲となられたすべての方に哀悼の意を表している」から、「個別の形での追悼文の送付は控える」というのが小池氏の言い分ですが、自然災害による犠牲者と、差別感情を背景にした虐殺の犠牲者とを同列に扱うことは、虐殺の事実を矮小化し、再発防止から目を背けることにもなりかねません。朝鮮人虐殺の事実自体を否定しようとする動きもある今、本来なら地元自治体の長こそが、この事実を風化させず、未来への教訓として受け継いでいくという意志を先頭に立って示すべきではないのでしょうか。
 また、小池氏が都知事選に立候補した2016年7月に、当時は衆議院議員だった現沖縄県知事・玉城デニー氏が発信したツイートも衝撃でした。
〈特定秘密保護法を審議していた委員会。法案の中身について法案の危険性を危惧する国民からのfaxを示して追及していた玉城の背後から女性の声で「日本語読めるんですか?分かるんですか?」と呟く声がした。質問を終えて振り返ると今をお騒がせの女性都知事候補その人だった。〉
 同じ2016年10月に、米軍ヘリパッド建設工事が続く沖縄・高江で、抗議を続けていた地元住民に対して大阪府警の機動隊員が「触るな、土人」などと言い放ったのを思い出す、明確な差別発言だと思います。

 「主要5候補」以外にも、今回の都知事選候補者には、各地で在日コリアンに対する「ヘイトデモ」を組織してきた「在日特権を許さない市民の会」の立ち上げ者、桜井誠氏なども名前を連ねています。すっかり感覚が麻痺しているけれど、一応は「先進国」と呼ばれ、「民主主義国家」であるはずの国の首都で、しかも「あらゆる差別を許さない」と謳うオリンピックを開催しようとしている都市の首長選に、これだけ差別的な言動をしてきた人たちがそろって出馬している(それも「主要候補」も含め)というのは、異常とも言っていい事態ではないのでしょうか。
 重要なのは、各氏の発言が身内だけの場で行われた「床屋談義」ではなくて、ある程度公といえる場でのものだということ。彼ら、彼女らがそうした発言をし、しかも堂々と選挙にまで出られてしまうのは、それが特に大きな問題にならない(どころか、時にはかえって支持を集めることがある)と確信しているからでしょう。その意味では、候補者だけではなく、有権者(東京に限らず)全体の問題だといえるかもしれません。
 アメリカで人種差別の撤廃を訴える「Black Lives Matter」運動が広がる中、「日本には人種差別はない(少ない)」といった言説を何度か見かけました。そんなはずがないことは、都知事選のこの状況を見ているだけでも明らかだし、そのことをもっと私たちは自覚するべきではないかと思うのです。

(西村リユ)