第126回:ジャイアンだらけの世界なんとかしてよ、ドラえもん!(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

 憂鬱な天候である。九州などでは大雨で甚大な被害が出ている。毎年繰り返される大災害に、なすすべもなく立ち尽くす住民たち。政治の不在が、つくづく悲しい。

ジャイアン NO.1 トランプ大統領

 「政治の不在」といえば、それは「政治家の不在」ということでもある。この現象は、いまや世界中に広まっている。無能な政治が国民を殺すのだ。
 その筆頭が、米トランプ大統領である。もはや彼を「政治家」だと思う人は少数派だろう。権力にとり憑かれた誇大妄想、カネだけが頼りの商売人、さらには白人至上主義の極右煽動家……。そんな評価ばかりだ。
 トランプ氏は、自分の支持者の命さえ大切だとは思わないらしい。来る11月の大統領選挙まで支持者は命を永らえて、己れに1票を投じてくれるならそれでいいと考えているのだろう、きっと。
 アメリカは世界一の新型コロナウイルスの感染国で、すでに感染者数は300万人に近づき、13万人以上もの死者を出している。あのベトナム戦争での米軍死者数が約6万人といわれているから、すでにその2倍以上がコロナで死んでいることになる。アメリカ史上最悪の厄災の渦中にあることは間違いない。
 にもかかわらず、トランプ氏は6月20日のオクラホマ州タルサを皮切りに、再選のための集会を強行し始めた。「感染しても自己責任」との誓約書を取った上での参加ということだが、ほとんどの参加者はマスクも着用していなかった。トランプ氏自らがマスク着用を拒否しているのだから、支持者もマスクを着けるわけにはいかなかったのか。自分の再選のためであれば、黒人の命どころか、熱烈支持者であるはずの白人たちの命さえどうでもいいらしい。
 他人のことなどかまっていられるか、オレの言うことを聞かないヤツはぶっ飛ばす。まさにジャイアンだ。
 とてもじゃないけど付き合いきれん、とばかりにトランプ大統領周辺からは、すでに続々と側近たちが逃げ出している。もっとも、真に“側近”といえるような人物は見当たらず、残っているのはポンペオ国務長官、バー司法長官、エスパー国防長官くらいのおべっか人脈ばかりという惨状だ。とにかく、少しでも自分の意見に逆らう人物は更迭(端的に言えばクビに)しちゃうのだから、ゴマすり男しか残れないわけだ。大統領補佐官などの65の要職のうち、実に57人が離職(クビ、もしくは自ら辞任)しているというから驚く。同じ役職の人が次々に交代させられる例も目につく。それでどうやって政権が維持できているのかと不思議になる。いや、もう政権の体をなしていない、というのが実情だろう。
 ジョン・ボルトン前大統領補佐官(安全保障担当)がトランプ政権の内幕の暴露本を出版した。「トランプ氏に確たる政治思想などない。自分の再選以外のことは考えたことがないのだから」とまで酷評しているという。
 極右の代表格としてトランプ政権を陰で操った、と言われたボルトン氏までが匙を投げた。つまり、トランプ氏は極右としても失格だったとの烙印を捺されたのだ。要するに、ただの商売人だったと、ボルトン氏は断定したのだ。

暗いジャイアン、習近平総書記

 世界の指導者のジャイアン化は、むろんトランプ大統領だけではない。
 香港を力でねじ伏せようとする中国の習近平氏は、トランプ氏に勝るとも劣らないジャイアンだろう。権力への信奉という意味では、トランプ氏以上かもしれない。
 中国の政治は極めて特殊だ。例えば、アメリカで政権交代があったとしても、政治形態(政体)自体は変わらない。選挙制度や国会や法体系などが、政権交代とともに一変するわけではない。むろん、日本も同じだ。安倍政権はもはや末期症状を呈しているが、ほかの誰が次の政権の座に着こうと、国の制度自体が極端に変わることは当面はない(はずだ)。
 だが中国の場合、一党独裁という現体制にもし政変が起きれば、国家の在り方自体が変わってしまう可能性がある。それが民主化なのかどうかは分からないけれど。
 もっともそれを恐れているのが習近平政権、すなわち中国共産党なのだろう。だから、香港の民主化運動を徹底的に弾圧せざるを得ないのだ。香港の風が中国本土にも吹き込むことを、習近平政権は絶対に許せない。
 いい加減な気分でテキトーに周りを脅していい気になるジャイアンと違って、このジャイアンはもっと陰湿だ。言ってみれば“暗いジャイアン”、それが習近平氏なのだ。
 香港の民主活動家の周庭氏や黄之鋒氏らは、切ないツイートを最後に民主団体デモシストから離脱、沈黙せざるを得なくなったし、あの100万人規模の雨傘運動を指導した羅冠聡氏はついに国外へ逃れたという。
 香港警察という暴力装置に加え、中国本土からの公安部隊を投入しての国家安全維持法施行。かつての日本の治安維持法を思い出す。
 こんなジャイアンは、絶対にいらない。

プーチン・ジャイアンも負けちゃいない

 世界列強というと、世界大戦前夜を想起させるけれど、その現代版列強の一方の雄はロシアだ。ここのプーチン大統領のジャイアン化も著しい。なにしろ、憲法を改定して大統領の任期を勝手に大幅延長してしまったのだから、やることがえげつない。一応は国民投票による憲法改定なのだが、これだってどうも怪しい。
 改定によって、プーチン氏は2036年までは大統領の地位に座り続けることが可能になった。なんとその時は、プーチン氏83歳、もう妄執だな。権力者というのは、一度手にした権力をどうしても手放したくないものらしい。
 勝手に任期延長して権力の座にしがみつく、という構図は、わが安倍晋三首相も同じようなものだ。自民党総裁任期は、それまでの規約では2期6年となっていたのだが、2017年に3期9年に改定された。つまり、現在の自民党総裁の任期は、安倍氏の首相続投のために改定されたものなのだ。まあ、“小物のジャイアン”である。いや、安倍氏は、実はジャイアンの言うことなら何でも聞くスネ夫なんだけどね。
 あの超恥ずかしい「ウラジーミル(プーチン)、ふたりの力で、駆けて駆けて駆け抜こうではありませんか」というごますりも、結局、北方領土問題ではプーチン氏にまったく相手にしてもらえぬだけでなく、数千億円の経済協力金をふんだくられておしまい。極右の安倍支持者たちが、この北方領土問題で安倍糾弾の声を上げないのが、ぼくにはどうにも理解できない。
 いったいどこが“外交の安倍”なんだか。ジャイアン・プーチンのまえに、安倍スネ夫があしらわれたというだけ。

自業自得のブラジル版ジャイアン

 ほかにもジャイアン化している権力者はいる。例えばブラジルのボルソナーロ大統領である。
 南米のプチ・トランプと呼ばれるボルソナーロ氏は、やることなすことトランプ氏によく似ている。同じように“マスク嫌い”で、徹底的な“経済偏重路線”だ。新型コロナを「あんなものはただの風邪だ」と、どこかで聞いたような言葉で一蹴し、集会を開き続け、マスクなしで演壇に立ってきた。
 そのおかげで、ブラジルはいまやアメリカに次ぐ世界第二のコロナ感染国になってしまった。感染者数約162万人、死者数約6万5千人超(7月5日現在)という凄まじさだ。それでもマスク拒否をして、司法当局から訴えられる始末。
 ところが、ついにボルソナーロ氏自身が熱発。検査したところ、やはり陽性であることが判明した。言っちゃ悪いが自業自得である。バチあたりなのだから。
 ほかにも、北朝鮮の金正恩総書記の「南北共同事務所爆破」にもギョッとさせられた。気に入らなければぶっ飛ばす。ここにもミニ・ジャイアンがいた……。
 いったい世界はどうなってしまうのだろう。

ニュータイプのジャイアン誕生?

 それにしても憂鬱である。
 東京都知事選は、“小池百合子劇場”の大盛況、圧勝で閉幕した。
 ぼくには言葉もない。“百合子劇場”は大盛況だったとはいえ、観客なんかまるでいなかった。いや、実はいた。マスメディアが観客の役割を果たしていたのだ。
 ことに、テレビはひどかった。本来ならマスメディアは“報道者”であるべきなのだが、連日の“記者会見”という名の“百合子劇場”の単なる観客に成り下がり、「女帝」の白々しい演技を、何の批判も加えずにただ垂れ流した。
 テレビはニュースでもワイドショーでも“百合子会見”を逐一流し続けた。一方、他の候補者は、街頭での訴えはいつもの選挙の数分の1に減り、SNSで頑張るしかなかった。最初から、小池現知事と他候補とでは、テレビにおいては圧倒的な非対称だったのだ。テレビ露出度は、百合子劇場が100とすれば、他候補は10にも満たないというほどの割合だった。土台、勝負になりゃしない。
 ネット社会が到来し、SNS等が大きな力を持ち始めたとはいえ、やはりテレビの持つ力は巨大である。
 連日、“記者会見”で何やらワケの分からないスローガンの書かれた緑色のプラカードを掲げて演技する「女帝」の存在感、つまり“やってる感”は、他候補を圧倒した。都民はあっという間に “コロナと闘う女性都知事”を刷り込まれたのだ。だって、テレビには彼女しか出てこないのだから仕方ない。
 先週のこのコラムにも書いたのだが、なんで逐一、百合子知事の動画を流さなきゃならなかったのか。情報の発表だけなら、都庁の各分野の部長クラスで十分じゃないか。それをいちいち“百合子動画”で伝えるのでは、他候補とのバランス上、おかしくないか。そんな議論は、各テレビ局では、多分、なかっただろうなあ……。
 ぼくは、今回の小池百合子氏の圧勝は、半分以上はマスメディア(とくにテレビ)が片棒担いで作り上げたものだったと見ている。その結果が、なんと366万票というすごい得票だ。これで「女帝」の大反撃が始まるのかもしれない。
 都庁勤務の人たちの中で、小池都知事の再選支持はたったの20%ぐらいだったという情報がある。だが、残りの都庁職員たちは、叛旗をひるがえすにも366万票には怖気づいてしまうだろう。反論するような都職員はどこかへ飛ばされる、更迭される…そんなことがおきなきゃいいが。
 ニュータイプのジャイアンが誕生するかもしれないと、ぼくは思う。。
 ほんとうに なんとかしてよ、ドラえもん!である……。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。