「出掛けるな 出掛けてください 出掛けるな」。政府の「GoToトラベル」キャンペーンが前倒しで始まった7月22日、私が出演するニッポン放送「垣花正あなたとハッピー!」に寄せられたリスナーからの川柳だ。
「GoToトラベル」キャンペーンは、初日から大混乱となった。キャンペーンが始まっているのにもかかわらず、感染対策をしていると認定された宿泊施設がどこなのか、まったく明らかになっていなかったからだ。認定申請が始まったのがキャンペーン前日だから、そうなって当然と言えば当然なのだ。
それだけではない。当日、小池百合子東京都知事が、「不要不急の外出はできるだけ控えて欲しい」と言う一方で、菅義偉官房長官は「3密を避けて行動するなら旅行自体は問題がない」と言って、政府と東京都の間で大きな見解の差が露呈した。さらに、日本医師会の中川俊男会長は、「4連休は県境を越える移動や不要不急の外出を避けてほしい」と呼びかけた。一体、誰の言うことを信じたらよいのか、国民は答えを見いだせないでいる。
私は、全国の観光業を守りたいという政府の気持ちはよく理解できる。観光業の書き入れ時は、ゴールデンウィークと夏休みと年末年始の3回だ。今年は、ゴールデンウィークに完全な空振りとなったから、これで夏休みまで空振りしたら、観光関連で倒産する会社が続出してしまう。だから何とかしたいと考えるのは、もっともだ。しかし、コロナ感染が第一波を超えるほどの大きさまで拡大している現状で、何も対策をせずに観光を拡大したら、何が起きるのかは、誰が考えても分かる。
私は、まず「日本モデル」の失敗を認めることから始めるべきだと思う。緊急事態宣言の全面解除を決めた2020年5月25日の記者会見で安倍総理は、「わが国では、緊急事態を宣言しても罰則を伴う強制的な外出規制などを実施することはできません。それでもそうした日本ならではのやり方で、わずか1カ月半で今回の流行をほぼ収束させることができました。まさに、日本モデルの力を示したと思います」と述べた。
日本モデルの特徴は、大規模なPCR検査を実施せず、都市封鎖も行わないことだ。それは、一時的に成功したように見えた。しかし、その成功体験、あるいは慢心が、世界で唯一、第一波を上回る規模の感染第二波を招いてしまったのだ。
私は日本の命運を変えたのは、6月19日だったと考えている。この日、東京都はホストクラブなどの接待を伴う飲食業などの営業自粛を解禁し、事実上すべての業種の営業が再開された。そして、この日に政府も県をまたぐ移動を解禁した。その結果、何が起きたのか。
直近1週間合計の新規感染者数を ①東京、②南関東三県(千葉・埼玉・神奈川)、③非南関東(東京・千葉・埼玉・神奈川以外のすべての道府県)の三つに分けてみると、第一波の時は、ピークとなった日が三地域とも同じで、感染者数も非南関東、東京、南関東三県の順だった。ところが、5月22日以降、つまり緊急事態宣言解除以降も、南関東三県と非南関東の新規感染者数が低水準でほぼ横ばいで推移しているのに対して、東京は、5月29日から増加に転じて、6月12日には、感染者数が3区分のなかでトップに立っている。そして、南関東三県は、東京の感染拡大から4週遅れて増加に転じて、非南関東も5週後から増加に転じているのだ。つまり、東京の感染拡大が、1カ月のタイムラグをもって、千葉・神奈川・埼玉に伝播し、さらに翌週には全国に飛び火しているという構造なのだ。
このことが、何を意味するのか。私は、こういうことだと理解している。緊急事態宣言下で国民は、マスクをつけること、手洗いを励行すること、一定のソーシャルディスタンスを取ることなど、新しい生活様式を身に付けた。そうした新しい生活様式の下では、東京以外の道府県では、新型コロナ感染は、基本的に収束に向かう。たまに新規感染者が発生しても、それは日本が得意とするクラスター対策で封じ込めることができる。ところが、東京23区だけは別だ。東京23区では、新しい生活様式を取ったとしても、東京23区自体が高度の過密構造を持っているために、感染が増えていってしまうのだ。そして、東京と他地域の往来を自由にしておくと、東京から感染が漏れ出して、全国を巻き込んで拡大してしまうのだ。
では、どうしたらよいのか。私は、「GoToトラベル」キャンペーンで一つだけ高く評価していることがある。それは、東京を対象から外したことだ。これまで政府は東京が第二波の震源地であることを認めてこなかったが、これで明確に「東京が危ない」、「東京が震源地だ」ということを政府が公式に認めたことになるのだ。
そのことを前提とすると、いま政府がやらなければならないのは、日本モデルを捨て、新型コロナ対策を世界標準のやり方に変えることだと思う。世界標準は、感染地の封鎖と徹底的なPCR検査、そして陽性者の隔離だ。具体的には、東京23区を封鎖して、区民全員に大規模なPCR検査を行い、陽性者を隔離するのだ。ただし、ここでいう区民は常住者ではなく、東京23区に通勤・通学する人だ。東京23区の昼間人口は約1200万人だが、それを2週間程度で一気に検査して隔離する。それをやれば、陰性と判定された人は、胸を張って旅行に出かけることができるのだ。
ただ、この考えを感染症の専門家にぶつけると、「その通りだ」という人がいる一方で、現実的にはできないという人が多い。最大の理由は、検査体制が整っていないということだ。ただ、新型コロナの感染拡大から半年も経つのに、なぜ検査体制が整わないのか。
例えば、検査キットが足りないという人がいる。しかし、PCR検査キットは、東洋紡などの日本メーカーも出荷を始めている。技術は確立しているのだから、増産に次ぐ増産を重ねればよいのだ。検査をする医師が足りないという人もいる。しかし、いまやPCR検査は、唾液でもできるようになっている。唾液を集めるだけなら、アルバイトでもできるはずだ。結果の分析に関しても大量検査ができる機械を日本メーカーが開発しており、すでに海外では使われている。
つまり政府が覚悟さえ決めれば、全員検査は、すぐにできることなのだ。現実がそうならないのは、感染症対策の失敗を認めたくないという政府の事情と、既得権を守りたいという医療界・厚生労働省の事情があるのかもしれない。
私がとても不思議に思っていることがある。いまPCR検査は、検査を希望すれば医師の指示がなくても、一部のクリニックでは、自由診療で受けることができる。その費用は3万円から4万円だ。医師の指示で受ける場合は、公費負担で無料だが、保険点数は1万8000円程度らしい。ところが、ごく一部だが、なかには1万円の自己負担でやってくれるクリニックもあるという。つまり原価は相当安いのではないかということだ。
だから東京23区民全員という大量発注をすれば、少なくとも1万円程度の単価で行うことは、何の問題もなく可能になるだろう。「GoToトラベル」キャンペーンから東京を外したことで、その分予算は浮いているはずだ。だから、東京23区民に対しては、とりあえず「GoToトラベル」キャンペーンではなく、「GoToPCR検査」キャンペーンをいますぐやるべきだろう。
もちろん、東京23区民全員に検査をしたら数十万人規模の陽性者が出てくるだろう。しかし、それは問題がない。大部分が無症状なのだから、それは国立競技場でも、有明アリーナでも、大規模施設にまとめて隔離すればよい。彼らは、陽性者なのだから、密になっても感染するリスクはないからだ。