8月28日夕刻に安倍総理が、辞任の意向を発表した。本稿執筆時点で、後任が誰になるのか明らかになっていないが、自民党のある程度の大物から選ばれることを前提とすると、ポスト安倍が誰になっても、私は2つのことが確実に起きると考えている。一つは、日本が重税国家になること、もう一つは日本経済の転落が加速するということだ。
安倍総理は、自民党政権のなかで唯一といってよい「反財務省」の政治家だった。消費税の引き上げを二度も延期したのが、その何よりの証拠だ。逆に二度も消費税率を引き上げたではないかと言われるかもしれないが、少なくとも二度目の消費税率引き上げは、森友学園や加計学園の問題で、財務省に弱みを握られてしまったから行ったものだ。財務省が真実を話せば内閣が吹き飛ぶような「お友達優先」をやってしまい、それを財務省にかばってもらったのだから、財務省の言いなりになるしかなかったのだ。
安倍総理が第二次内閣でやった一番の改革は、首相官邸を財務省支配から経産省支配に変えたことだ。その象徴が、今井尚哉政務秘書官だ。今井尚哉氏は、2012年に就任して以降、8年近くにわたって総理秘書官を務め続けただけでなく、2019年からは総理大臣補佐官も兼務している。総理大臣補佐官は、本来、総理大臣側近の国会議員が務める仕事だ。その職務に役人の今井氏が就任するのは、異例中の異例だ。おそらく安倍総理は、今井氏に大きな権限を与えることで、財務省を抑え込もうとしたのだろう。
しかし、安倍総理の辞任で、今井秘書官が外されるのは確実だ。当然、財務省は、官邸のなかで、かつての絶対的権力者の地位を取り戻すべく動くだろう。私はそれが実現する可能性が非常に高いとみている。コロナ対策で今井秘書官が、あまりに失敗を重ねすぎたからだ。例えば、全国の学校を一斉休校に追い込んだこと、アベノマスク、ミュージシャンの星野源氏とのコラボ動画、そして廃案になった、困窮世帯に限定した30万円の定額給付。国民に評判の悪いこれらの政策は、すべて今井氏が主導したものだと言われているのだ。
実は、ポスト安倍と言われている石破茂、岸田文雄、菅義偉、河野太郎の4氏は、少なくとも反財務省ではない。特に岸田政務会長は、今回のコロナ対策で、自民党の若手議員からあがっていた「消費税減税」の提言を葬った張本人だ。他の3氏も消費税減税には否定的だ。財務省が継続的に積み重ねてきたご説明攻撃が功を奏した形である。だから、誰が総理大臣になっても、官邸で財務省が支配権を取り戻すことは、ほぼ確実なのだ。
では、財務省支配が復活すると何が起きるのか。100パーセント確実なのが、コロナ対策として最も効率的かつ効果的かつ公平な政策、消費税減税の可能性が消えてなくなることだ。財務省が一番嫌がるのは消費税減税だからだ。
財務省支配の弊害はそれだけでは済まない。次に国民を襲うのが増税の嵐だ。
まずは、コロナ対策の補正予算でかかった費用を増税で取り戻すことを財務省は目指すだろう。それは、国民への一律増税になるはずだ。
東日本大震災の復興予算で発行された国債は、その後、3つの増税で手当てされることになった。第1は、国家公務員給与を7.8%削減すること、第2は法人税を10%上乗せする復興特別法人税を課すこと、第3は所得税を25年間にわたって2.1%上乗せする復興特別所得税を課すことだ。
ただ、公務員給与の削減と復興特別法人税は、たった2年間で廃止され、復興特別所得税だけが、いまだに課税され続けている。自民党政権が、法人増税と公務員改革に後ろ向きなことは、このことからも明らかだ。
そうなると、今後、財務省は所得税のコロナ増税だけを導入してくる可能性が高い。令和2年度の所得税は20兆円だから、第一次と第二次を合わせた57兆円の補正予算額を25年間の所得税増税で賄おうとすると、所得税を11.4%上乗せする必要が出てくる。ただ、復興特別所得税があと17年も残っているから、合わせて13.5%もの上乗せが所得税に対してなされることになる。
いま日本では所得が4000万円を超えると最高税率の45%の所得税が課せられる。もし、コロナ特別税と復興特別税の両方がかかるとすると、最高税率は実質的に51%となる。地方税の10%を加えたら61%だ。
そんなのは、大金持ちの話だから自分には関係のない話だと思わないで欲しい。すべての国民の所得税額が一律に13.5%増えることになるのだ。
コロナ後の経済は、少なくとも数年間は元に戻らないとみられている。そのなかで、こんな大増税をしたら、経済は恐慌状態に陥ってしまうだろう。
実際、すでに財務省は動き出している。7月2日に、財務省の財政制度等審議会が、会長談話を発表した。榊原定征財政制度等審議会会長は、「(今年度末の)公債残高は964兆円と、1000兆円に近づいている現実もあるわけで、これから目をそらしてはいけない」と、国の借金の膨張に警鐘を鳴らした。榊原会長は、「国民の生命や経済社会を守ることは最優先」だとしながらも、歳出の拡大は「一時的なものとすることが大原則」と財政規律の維持を訴えたのだ。
当然のことだが、榊原会長は、財務省の立場を代弁している。財務省という役所は、国民の命と暮らしが危機にさらされるなかでも、歳出削減・大衆増税という緊縮路線を微動だにさせない役所なのだ。また、榊原会長は、「低金利の環境が続くことを当然視すべきではない」と国債の発行増による金利上昇に懸念を示した。しかし、これも現実のデータを無視した発言だ。現に、国債金利はほぼゼロのままだ。
ただ、財務省は、経済学を無視する役所だ。東大法学部が支配しているから当然なのかもしれないが、彼らの行動原理は、一円でも多く増税し、一円でも歳出をカットするという財政緊縮路線だ。
財務省は、1990年代以降、一貫して財政緊縮路線を採り続けた。その結果、何が起きたのか。1995年には世界の18%を占めていた日本のGDPが、いまや6%を切る始末だ。先進主要国最も高かった日本の賃金は、いまや主要国中最下位になっている。一人当たりGDPでみると、日本はすでに香港よりも2割も低くなっているのだ。
比較的近い未来で起きることは、平均所得が韓国に抜かれることだろう。中長期的には、中国にも抜かれるだろう。財務省の掲げる緊縮財政の恐ろしさを、政治家が誰一人理解していないから、こんなことが起きるのだ。
残念ながら、日本は世界最初の「衰退途上国」になっていく。それがポスト安倍の未来だ。