第533回:8月の自殺者、1849人の衝撃。の巻(雨宮処凛)

 恐れていたことが現実となってしまった――。

 その報道を見た瞬間、思った。

 それは8月の自殺者数が1800人を超えたこと。前年同月と比較して240人増。男性は60人増えて1199人、女性は186人増えて650人ということだ。

 これほど自殺者が増えたこと、特に女性の増え方が凄まじいことにコロナ不況の影響を如実に感じる。それを裏付ける数字が今年の7月、出ている。非正規で働く人は前年同月と比較して131万人減少。男性が50万人、女性は81万人。それだけの人が突然職を失ったのだ。

 ちなみにこの国における貯蓄ゼロ世帯は、2017年の段階で単身世帯では46.4%。非正規の平均年収が179万円、女性に限ると154万円であることを考えても、職を失った多くが貯金ゼロ円だった可能性は否めない。

 ホットラインの相談員をしていても、女性からの「仕事を切られた」「解雇された」「休業補償がなく生活が苦しい」という相談は多い。それもそのはずで、コロナによって真っ先に打撃を受けたのは観光や宿泊、飲食業など。これらのサービス業の支え手の多くは非正規女性たちだった。その多くがなんの補償もなく、突然放り出されてしまったのだ。そしてそんな女性の一部は実際に、ホームレス化にまで晒されている。

 女性のホームレス化。

 これが、12年前のリーマンショックとの大きな違いだ。

 08年、リーマンショックによる派遣切りの嵐が吹き荒れた際、職を失った多くが製造業派遣で働く男性だった。寮住まいの人が多く、住む場所と仕事を同時に失った人のために「年越し派遣村」が開催されたわけだが、そこを訪れた99%が男性だった。

 その翌年、公設の派遣村が開催された。民主党政権だったため、年末年始、オリンピックセンターがホームレス状態の人に提供されたのだ。この時、私は公設派遣村に入った女性たち数人と会っているのだが、彼女たちに共通していたのは、「失業」以前に様々な問題を抱えていたことだ。例えば夫のDVから逃げてきたが、住民票を移動できないので仕事ができない、親の虐待から逃れるために家出したが、路上生活となってしまった――等々。また、精神疾患やなんらかの障害がある人もおり、専門的な支援が必要な人が多かったと記憶している。

 それが今、「生活に困った」「住む場所を失うかも」と相談してくる女性たちは、「失業」によって即、困窮に晒されている。もちろん、中には家庭環境が複雑だったり精神疾患があったりという人もいるが、そのような問題を特に抱えていない人も多い。失業が即、ホームレス化につながる女性がこれほど存在するというのは、貧困問題に16年かかわっていて初めての経験だ。その背景にあるのは、この20年以上かけて「雇用の調整弁」として非正規化が進められてきたこと、特にそれが女性に集中し、働く女性の半数以上が非正規であること、そして同時にこの「失われた30年」で、家族の余力が失われてきたことではないだろうか。

 例えばリーマンショックの際、女性のホームレス化が大規模な形で起きなかったのは、家族というセーフティネットが機能していたことが大きいと思う。家族だけでなく友人や知人を頼った人もいるだろうが、たとえ住まいと仕事を同時に失ったとしても、多くが「実家に帰る」ことでホームレス化を免れることができた。もちろん、当時の男性失業者の多くもそうしていた。ちなみに派遣村当時、派遣切りに遭い、住む場所と職を同時に失った人の4人に3人ほどは実家に帰るなどしてホームレス化を免れたのではないかと多くの人が推察していた。が、残りの4人に1人が、なんらかの「帰れない事情」を持っていたのだ。

 親も貧困、親と不仲、親が病気、すでに親は亡く実家はない、親は死んで実家には兄弟がいるもののすでに家庭を持っており帰れない――等々。そのような事情がある人たちが集まったのが派遣村だったのである。そういえば、翌年の公設派遣村には、「捨て子だった」という若者もいた。捨て子で里親に育てられ、社会人となって上京して働いていたものの、職をなくし実家に帰ったところ、実家そのものがなくなっていたという。もちろん、里親とは連絡もとれないということだった。

 さて、そんな「この国の貧困」が可視化された年越し派遣村から、12年。

 08年には、体感で「4人に1人」だった「家族というセーフティネットに頼れない人」は、今や「3人に1人」「2人に1人」くらいに増えている気がする。

 ちなみに非正規の人が多い上、未婚の人も多いロスジェネの私は現在45歳だが、年越し派遣村の時は33歳。12年前は父親が現役で働いていたが、今は定年退職しているという同世代も多くいる。また、この12年間に親が病気になったり亡くなったという人もいるだろう。実際、今回のコロナがきっかけで困窮、ホームレス化に晒された人に話を聞くと、親が亡くなったことや親が施設に入ったことがきっかけで徐々に困窮し、最後の一撃がコロナでの収入減というケースは多い。親の年金が、いかに一部現役世代にとっての命綱となっているかがよくわかる話である。

 また、年越し派遣村と今の大きな違いとして書いておきたいのは、「若年化が一気に進んだ」ということだ。

 年越し派遣村には、20代はほとんどいなかった。30代もわずかで、圧倒的に多かったのは中高年。しかし今、「ホームレスになった」と「新型コロナ災害緊急アクション」にSOSメールをくれる中でかなりの割合を占めるのが若い世代だ。親も貧困で頼れないというケースもあれば、シングルマザー家庭も少なくない。こうした事実を見ても、やはり「家族」は急速に、セーフティネットとしての機能を失っている。

 ちなみに、ひと昔前であれば、路上生活になるほど困窮した若者がいれば「うちで働いてみないか」と声をかけてくれる中小企業の人などがいた気がする。が、現在、健康な若者がどれほど困窮していても、そんな言葉をかけてくれる大人はいない。いつでもクビを切れる「雇用の調整弁」の旨味を知ってしまった社会は、「困窮する若者に声をかけて働かせてみる」ことをリスクとしか見なさなくなったのだろうか。

 時々、若い世代の困窮について「怠けているだけじゃないか」と口にする人がいる。が、「家族福祉」も「企業福祉」も機能しなくなった中、公的福祉に頼っても「若いから働け」と追い返されるという現実があるということを知ってほしい。今の日本は、残念ながら「困っている人がいたら誰かが手を差し伸べてくれる社会」ではない。誰も助けてくれないか、そこにつけいる貧困ビジネスのカモにされかねない社会だ。ほんのわずかにある、よほど良心的な支援団体に繋がらないと自死に追い詰められてしまう社会である。

 4月から支援活動にかかわる中で、「この人、私たちに出会えてなかったら自殺してたかもしれないな」というケースは多々あった。もし自分と立場を置き換えても、それしか選択肢がないほどにひどい目に遭っている人がたくさんいた。そんな現実はコロナで顕在化しただけで、コロナ以前からこの国は満身創痍だったのだ。

 ちなみに4月の生活保護申請件数は前年と比較して25%増。一方、家賃が支給される「住居確保給付金」は4〜7月までで前年比で90倍の申請数となっている。家賃も払えないほど困窮する人がそれほど増えているにもかかわらず、このまま行けば住居確保給付金の支給は年末年始で切れてしまう。この時期、また自殺者が増えたならそれは完全に「政治の無策」だ。

 言いたいこと、要求したい制度はたくさんある。が、まずは「必要な人には、何度でも給付を」と言いたい。できるだけ、簡単な手続きで。それで救える命は確実に、多くある。

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雨宮処凛
あまみや・かりん:作家・活動家。2000年に自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版)でデビュー。06年より格差・貧困問題に取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)でJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。近著に『死なないノウハウ 独り身の「金欠」から「散骨」まで』(光文社新書)、『学校では教えてくれない生活保護』(河出書房新社)、『祝祭の陰で 2020-2021 コロナ禍と五輪の列島を歩く』(岩波書店)。反貧困ネットワーク世話人。「週刊金曜日」編集委員。