第159回:安倍氏、「酔生夢死」の憲法改正を語る(南部義典)

 酔生夢死(すいせいむし)。「何かを成し遂げることもなく、 人生をぼんやりと過ごすさま」を意味する熟語です。読売新聞は9月20日から、「政局」「内政」「外交」の3回に分けて安倍前総理のインタビューを掲載していますが、紙面を通じて7年8ヵ月の一切を美化、弁解しようとする意図とは裏腹に、まさにぼんやりと、フラフラしてきた一政治家の心情、姿勢をうかがい知ることができます。突っ込みどころ満載なので、関心のある方はぜひご覧ください。

「イメージ」は功績なのか?

 22日の読売新聞紙面には「インタビュー(中)」、憲法改正への取り組みに関するやり取りが掲載されています。

――憲法改正への取り組みを振り返って。

 安倍政権は、憲法改正を(継続して)旗に掲げた初めての政権だった。与党として初めて、4項目の改憲案のたたき台を示し、具体的に条文をどう変えていくのかについて、イメージを示すことはできた。改正を実現できなかったのは断腸の思いだ。先の通常国会では、衆議院憲法審査会で実質的な議論が1回しか行われなかった。これでは「国会議員は何をやっているのか」と批判されても仕方がない。
 野党は「安倍政権の間は議論しない」と言っていたが、菅政権なのだから、今後はその言い訳は通用しない。子供じみた議論だ。議論が進んでいくことを強く期待したい。

 前段では、自らの功績として、与党として初めて憲法改正案の条文イメージを示したことを語っています。しかし、これは事実と違います。自民党は古くは佐藤栄作総理・総裁のときに「憲法改正大綱草案(試案)」をまとめており(1972年6月)、平成に入ってからも「新憲法草案」(2005年11月)を公表しています。いずれも自民党が与党であった時代です。しかも新憲法草案の起草は、森→小泉の移行期において、時間と労力をかけて継続的に行われていました。中曽根元総理も加わり、条文上の表現をめぐって喧々囂々の議論が交わされたのも記憶に新しいところです。

 広く知られているのは「日本国憲法改正草案」(2010年4月)ですが、これは自民党が野党であった期間に仕上がったものなので、文脈からして、安倍氏はその意義を認めないということかもしれません。しかし、ことさら憲法改正に関して、与党・野党の区別を行うことにどれほどの意味があるのでしょうか。憲法上、国会が憲法改正の発議をするには、衆参で総議員の3分の2以上の賛成が必要ですが、自民党を含め、過去、衆参で3分の2以上の議員数を単独で占めた政党(与党)は存在しません。少なくとも政治論としては、与党だけで成し遂げられるものではなく、「与党+野党」の共同歩調で進めなければならないのが憲法改正です。与党としての取り組みに特段の意味があり、野党としての取り組みにまったく意味がない、ということではないのです(一般的な立法、予算を成立させる行為とは異なります)。逆に、与党(自民党)だけで、憲法改正を進めようとする発想に立っていたのならば、それを実現するだけの議員数を得られなかった究極の責任を安倍氏は深く自認すべきです。

議論を停滞させた張本人

 後段では、(憲法改正に反対の立場の)野党が抵抗したために、憲法改正論議が思うように進まなかったと、批判の矛先を野党に向けています。しかし、7年8ヵ月もの間、議論を停滞させた張本人はいったい誰なのかと、むしろ自省を求めなければなりません。

 第一に、安倍氏が指す「野党」が、旧民主党の系譜にある政党のことと捉えるならば、その野党が憲法改正論議に消極的であったという批判を向けることは失当です。何より、衆参に憲法審査会が立ち上がったのは2011年10月で、野田内閣の時でした。翌年の総選挙で政権が再交代するまでの間、少なくとも衆議院憲法審査会では13回にわたって討議が行われています。定例日開催が困難と化している現状と比較すれば、かなりハイペースだったことが窺えます。一つの国会会期で実質的な議論が全くなしとか、1回だけというのは、第2次安倍内閣以降、特に顕著になっているのです。野党を批判するのは、「天に向かって唾を吐く」に等しいのです。

 第二に、安倍氏自身の提案(自衛隊明記など)が、自民党内の混乱(対立)をもたらし、合意形成を妨げたという点を見過ごすわけにいきません。今回の総裁選(石破vs菅vs岸田)でも、前回(2018年)の総裁選(安倍vs石破)でも、憲法改正の方向性が争点となりましたが、私が理解する限りで、以前の総裁選で憲法改正の方向性が争われたことはありません。野党期の最後に行われた2012年総裁選(石破vs安倍vs石原vs町村vs林)でも、そのような争いはみられなかったと思います。むしろ、安倍再登板となった後に、自民党内の意見対立が露わになっているのです。石破氏が固執する持論(国防軍を明記するための9条2項改正)からも分かるように、「分断」に近い対立が定着しています。来年の総裁選でも、候補者にどのような顔ぶれが揃おうが、威勢のいい意見が飛び交うことでしょう。総裁選のたびに、憲法改正に関して言い争っているというイメージが生まれつつあります。皮肉を言えば、憲法改正を党是とする自民党こそ、その「脱争点化」が必要なのです。憲法改正に関し、自民党はまったく一枚岩ではありません。

読売新聞も「酔生夢死」か?

 22日の紙面には、「改憲 イメージ示せた」との大きな見出しも付されています。発言の部分引用ではなく、「在任中、何の実績もなし」と明確に断じるのがより妥当ではないかと考えますが、この点は新聞社としての忖度を加え、ギリギリの賞賛を示したものと勘繰りたくなります。憲法改正に向けた提言、情報発信に長く取り組んできた読売新聞も、ここに来て安倍氏と一蓮托生の関係を再確認させられ、新たな提灯を持たされている(または、自発的に持っている?)のは「情けない」の一言しか出ません。7年8ヵ月を無為に徒過した「安倍改憲」を徹底的に検証、批判(とくに議論を停滞させた原因を追及)し、あるべき議論を促すことがメディアの役割のはずです。思えば、2017年5月3日付の朝刊に単独インタビューを掲載し、「2020年憲法改正施行」という大見栄を張らせたのは読売新聞だったわけですが、あれから3年5ヵ月が経ち、目標の「2020年」も残り3ヵ月となる中、「成果ゼロ」は誰にも日を見るより明らかで、300字足らずの、何とも寂しいまとめに終始しています。

 いずれにせよ、今回は読売新聞でしたが、他の新聞社、通信社、放送局も同じ質問を投げかけ、負けずに報じてもらいたいところです。読売インタビューでは明らかにされませんでしたが、自らが総理・総裁を辞した後も、安倍改憲(=4項目)なるものが党内外で脈々と継がれていくと考えているのか(⇔そう勘違いしているのではないか)という点が特に気になります。自身がここでゲームオーバーを明言すれば、議論は新たなスタートラインに立てる可能性がありますが、そうでなければ当面、政局的にも「安倍改憲の継承」が主要争点となり、自民党というコップの中の嵐が続いていきます。放っておけば、あっという間に「令和」という期間も過ぎ去ってしまうでしょう。皆さんは、こういう政治情勢をどのように評価されますか。

       

南部義典
なんぶよしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)等を歴任。現在、国民投票総研 代表。専門は国民投票法制、国会法制、立法過程。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)などがある。(2020年6月現在)