内田樹さん×鈴木耕さん:(その1)日本が主権を取り戻さない限り、沖縄の基地問題は解決しない

憲政史上最長の7年8カ月続いた安倍前政権は、全国の米軍専用施設の約7割が集中する沖縄に対して、非常に冷淡な政権だったといえます。選挙や県民投票で何度民意が示されても、それを無視するようにして辺野古や高江の基地建設が進められてきました。菅新政権の成立から1カ月、「安倍後」の沖縄はここからどうなっていくのか、基地の問題を解決していくには何が必要なのか。連載コラム「言葉の海へ」でおなじみ鈴木耕さんが、思想家の内田樹さんと語り合いました。

裏切られた「祖国復帰」

鈴木 私は沖縄が好きで、毎年、1、2回は通っているのですが、沖縄に行くと必ずと言っていいほど訪れるのが、本島最北端の辺戸岬です。ここは日本本土に一番近いところで、「祖国復帰闘争碑」という碑が建っている。その碑文がとても熱いんですね。沖縄の苦しさ、悲しみが凝縮されているように感じます。
 ご存じのように沖縄は1952年のサンフランシスコ条約で本土から切り離され、その後、瀬長亀次郎さんらを先頭に祖国復帰運動が盛り上がり、72年に佐藤・ニクソン会談を経て祖国復帰が実現するわけです。
 しかしそれは、沖縄の人々が長い間求めていた形とはあまりにかけ離れていた。彼らが望んだ「祖国復帰」とは、アメリカの支配から脱却し「日本国憲法下に復帰したい」ということであったはずです。でも実際にはそうならなかった。復帰しても基地はそのまま、そこには日本国憲法は適用されない。その悔しさ、痛恨の思いがこの闘争碑に込められているように感じます。

内田 1952年から72年の間の沖縄は、「法の支配」が行われない、一種の無法状態だったと言えます。キューバのグアンタナモ米軍基地(※)は今も米軍の事実上の軍政下にあって、国際法もアメリカの国内法も適用されない。だから、テロリスト容疑者の監禁や拷問に「活用」されてきました。沖縄は返還までは「東アジアのグアンタナモ」のようなものだったと思います。ですからアメリカ支配下から脱して、「祖国」に復帰するというより、もっとリアルに「法治」体制のもとで暮らしたいというのが、沖縄の人々の願いだったのではないでしょうか。
 当時の沖縄の人々にとっての「祖国」というのは、一種のイリュージョン(幻影)であって、それほどのリアリティがなかったのではないかと思います。実際、戦前でも沖縄から本土に旅行した人はそれほど多くなかったでしょうし、アメリカ支配下の沖縄では出入りにはパスポートが必要だった。沖縄の一般市民が戦後日本社会の実相を見る機会はほとんどなかったと思います。沖縄の「祖国復帰」の思いを駆動していたのは、現実の日本社会に対するあこがれや祖国への帰属感などではなく、「法の支配が通用するまともな国で暮らしたい」というはるかにリアルで切実な願いだったのではないでしょうか。

※キューバ国内にある米軍基地。1903年にアメリカが永久租借し、それが現在まで続いている。現在、その返還を巡り両国間の対立がある。

鈴木 その通りだと思います。日本国憲法下の祖国、つまり法治国家を望んでいたわけです。沖縄では悪名高いキャラウエイ琉球列島高等弁務官(1961〜64年在任)が「沖縄に自治があるなどというのは神話だ」と発言して強圧的政治を続け、それへの反発が復帰運動につながったとも思われます。

内田 沖縄戦では日本軍に、戦後は米軍に支配され、人権を蹂躙され続けてきた沖縄の人々にとっては、見たことはないけれど日本国憲法下の社会で暮らしたいと思うのは、当然のことだったと思います。

鈴木 最初にお話ししました辺戸岬の碑は、実は復帰から4年後の76年に立てられているんですね。期待していたのに裏切られたという4年間の失望感が碑文に込められている。だからめちゃくちゃ熱い。

内田 でもその闘争碑、今は県外からの観光客も、沖縄の若い人も見に行く人がいなくなったそうですね。碑文は歴史的文章ではあっても、もう実感として胸に響いてこない。今の政権の沖縄に対する冷遇を知っている人たちは、どうして施政権返還当時の沖縄人が「日本に復帰したい」と切望したのかがわからないんじゃないでしょうか。
 ぼくも沖縄には何度か行っていますが、那覇空港に降り立った瞬間から「日本はアメリカの軍事的属国だ」ということを実感します。空港を降りてから市内までずっと基地のフェンスの横を走り、基地の中に街があり、那覇から北へ向かう西側の海岸線はほとんど基地が占めている。日本がアメリカの属国であることが、沖縄ではダイレクトに可視化されている。
 沖縄に米軍基地を集中させているのは、戦略的な重要性があるからだけではなく、むしろそれ以上に、本土の日本人に「日本はアメリカの軍事的属国である」という真実を見せないようにするためだと思います。「日本は主権国家である」というファンタジーを信じ込ませるためには、米軍が日本の国家主権のさらに上位にあるという事実を隠蔽する必要がある。だから、逆に言えば、沖縄においてのみ日本人は日本の現実と直面することができる。

鈴木 沖縄は南国リゾートというイメージがありますが、離島は別にして、本島の海岸線はほとんどコンクリートで固められている。で、残された数少ない海岸が新基地建設工事の続く辺野古であり、最近問題になっている那覇軍港の浅瀬もそうなのですが、それらもどんどんつぶされています。

内田 ぼくも辺野古に行って、ボートに乗せてもらったんですが、ガードマンのゴムボートに追いかけられました。あんなきれいな海に土砂を放り込んで埋め立てるなんて。

鈴木 辺野古の側はかなり埋め立てられてしまいましたが、反対の大浦湾側は軟弱地盤で、もう工事は無理なのではないか、基地なんかできないのではと思っています。

内田 辺野古基地は最終的には完成しないと僕は思います。それでも、工事は続行され、莫大な予算が環境破壊のためだけに投じられる。それは辺野古基地に投じている国家予算が軍事目的ではないからです。沖縄に米軍基地を建設しているのが日本政府であり、基地建設は日本政府の主体的な政策実現であり、「日本の国家主権の発動」であるという壮大な「嘘」を維持するためです。 
「日本は主権国家ではない。だから、アメリカから国家主権と不法占拠されている国土を回復するのが日本人の最優先の国民的課題である」ということを絶対に国民に考えさせないように、歴代政権は必死でこの「嘘」を維持してきた。辺野古の基地機能のことなんか、実はどうでもいいのです。基地建設は、「辺野古に基地ができることを望んでいるのはアメリカではなく日本である。日本は自らの意志でアメリカに駐留してもらっているのだ」という国民的スケールの「ファンタジー」の維持経費なんです。

鈴木 内田さんは、辺野古と福島は相似形だとおっしゃっていますね。

内田 どちらもいったん始めた政策の失敗を政府は決して認めないという「無謬性への固執」において共通しています。政府が統御できない事態に遭遇したという事実を決して認めようとしない。「全てはアンダーコントロールである」という福島についての嘘と、「沖縄に米軍がいるのは日本政府の要請と意志に基づいている」という沖縄についての嘘は同じ構造です。

対談はオンラインで行いました。内田樹さん

はたして日本は主権国家なのか!?

内田 沖縄の基地問題の最大の問題は、日本がアメリカの属国であるがゆえに強制されてやっていることを、あたかも国家の主体的意思でやっているかのように見せかけているというこの自己欺瞞です。「思いやり予算」という奇妙な言葉がありますけれど、あれは「無理なことをお願いして、骨を折ってもらっているのだから、多少の色をつけてあげないと」という「人を雇う側」が使う言葉です。
 日本人は戦後75年たっても、まだ自国がアメリカの属国であるという事実を認めようとしない。それは「主権国家ではない」という事実を認めると、「主権回復、国土回復、民族自決」という長く苦しい戦いをアメリカ相手にこれから戦わなければならなくなるからです。それだけの国家的事業を担うことができるような力量を具えた政治家も外交官も日本にはいません。国民にもその覚悟がない。だから、サンフランシスコ講和条約で主権は回復された、今や日本はアメリカのイーブンパートナーであり、日本にはもう対米外交上で「要求すること」や「達成すべき目標」は何もないという話に日本人全体がしがみついている。
 日本政府が日米地位協定を改定しようとしないのは、やる気がないというより「改定しなければならないような不利な条項は、そもそも地位協定には含まれていない」という嘘を前提に日米関係が構築されているからです。今の日本の統治機構はその全体が「日本とアメリカは対等である」という嘘の上に構築されている。そんな嘘が生きている限り、沖縄問題は未来永劫に解決しません。

鈴木 アジアの他の国をみると、韓国もフィリピンも米軍基地について、かなりはっきりモノを言っていますよね。そうやって自国としての立場を示しているのに、なぜ日本はできないのでしょう。

内田 日本が主権国家ではないからです。韓国もフィリピンも主権国家です。だからアメリカとの国力の差は圧倒的ですけれど、アメリカに一歩も引かず対峙して交渉を行なっている。
 韓国は国内の米軍基地の縮小を要求して、それを達成しました。戦時作戦統制権も在韓米軍司令官に与えて、韓国と北朝鮮が戦闘状態に入った時に、米軍が「国内問題なので関与しない」と言って逃げる道を塞いでいる。
 フィリピンは憲法を改定して、国内に外国軍が駐留すること禁止し、米海軍の海外最大の基地だったスービック基地と空軍のクラーク基地を撤退させました。でも、一度は「出て行け」と言っておきながら、中国の攻勢で南シナ海が危機的になると、今度は米軍に「戻ってこい」と言い出した。まことに身勝手な話ですけれども、「こういうこと」ができるのが主権国家なんです。自国益を最優先にして、他国と交渉する。譲るところは譲り、取るべきものは取る。それが主権国間の外交なんです。でも、日米関係ではそれができない。それは日本がアメリカの属国だからです。
 日本がアメリカの属国になったのは戦争に負けたからです。負けたものは仕方がない。それを所与の歴史的条件として受け入れて、それを踏まえて、次は「属国身分からの脱出」を国家目標にして、国民全体で努力するしかない。実際に、戦後しばらくの間は、日本人は国家主権の回復を国民的課題であると認識していました。60年安保闘争もベトナム反戦運動も新左翼の運動も、当時、アジア、アフリカ諸国で燃え盛っていた「民族解放闘争」と質的には同じものです。国家主権を返せ、国土を返せ、民族の独立を果たそうという声を上げていたのです。
 そういう「まっとうな」国家目標があった時代は、どれほどその戦いが困難であっても、国民は正気でいられた。でも、ある時期から、その困難な目標を放棄して、「われわれはとっくの昔から主権国家であり、回復すべき国土も、改善を求めるべき不平等条約もない」と言い出した。「夏休みの宿題はやったか?」と訊かれた子どもが「そもそも夏休みの宿題など出ていないから、やる必要もない」と言っているようなものです。

鈴木 なぜそこまでして噓をつき続けるんでしょう。

内田 かつてフィリピンはアメリカの、韓国は日本の植民地でした。それに比して大日本帝国は兎にも角にも世界の五大国の一角を占めていたわけです。敗戦によって、フィリピンや韓国よりも「格下」のアメリカの属国に転落したという事実をうまく受け入れられなかったのです。政治学者の白井聡さんが『永続敗戦論』で書かれている「敗戦の否認」です。日本は戦争に負けて、アメリカの属国になった、その状態がずっと続いている。どれほど痛苦でも、その事実を受け入れて、そこから「何をなすべきか」をみんなで考えるしかない。でも、日本人はその現実から目を背けてきた。

鈴木 なるほど、民族解放闘争しかないんですかねえ。でもほとんどの日本人は、日本は主権国家だと欺瞞的に思い込んでいますよね。

内田 それはそうでしょう。なにしろバブル期には、経済力でアメリカを追い越す勢いでしたから。高度成長期でもバブル期でも、日米の間に国益の対立があるという基礎的な事実を政財界の人々は認識しました。実際に、高度成長期には、「これはアメリカ相手の2度目の戦争だ。今度の経済戦争には日本が勝つ」と公言するビジネスマンたちがいて、ビジネスを牽引していたわけですから。それがある時期から、日米の利害は完全に一致しているというあり得ない物語を語りはじめた。

鈴木 たしかに日米貿易戦争の時代には、政治家も財界も日本の国益を第一に考えていたと思います。それが安倍政権になって、アメリカの言いなりになることが日本の国益につながると、いつの間にか発想が逆転してしまった。

内田 20世紀の終わりからですね、政官財の指導層が、主権の回復も民族独立も忘れて、対米従属一辺倒でいこうと決めたのは。今の日本のエスタブリッシュメントは生まれてからずっと対米従属システムの中で生きてきて、そこで立身出世した人ばかりですから。彼らを出世させて、彼らの自己利益を増大させてきたスキームを今さら変えようなんて思うわけもない。

歴史修正主義への沖縄の怒り

鈴木 沖縄と本土の人々の意識の落差を痛感した出来事があります。
 2007年、文科省は、高校の日本史教科書の「沖縄戦における集団自決(強制集団死)」の記述から日本軍の「強制」や「関与」の表現の削除、修正を求める検定意見を出しました。それに対して沖縄の人はめちゃくちゃ怒ったんですね。で、教科書検定撤回を求める県民大会には、なんと12万人近くが集まった。1995年に起きた少女暴行事件抗議集会の参加者9万人を大きく上回る人たちが集まったのですが、本土メディアはさほど大きくは取り上げませんでした。
 沖縄戦の真実を隠そうとする日本政府への沖縄の怒りがどれほどのものなのか。私も取材に行っていたのですが、正直、何でこんなに怒っているのか深くは理解できなかったし、本土メディアも感じ取ることが出来なかった。深い溝を感じました。

鈴木耕さん

内田 2007年というと、第一次安倍政権の終盤で、歴史修正主義が広がり始めたころですね。歴史修正主義は自民党が2012年に出した改憲草案にも共通する世界認識です。つまり「日本は、国際社会でつねに重要な地位を占めてきており、世界中から尊敬され、憧憬の対象である」というファンタジーを滋養にして育ってきた。過去も今もつねに国際社会で枢要な地位を占めていたわけですから、日本には反省すべき過去も、全力で達成すべき未来も、どちらもない。「日本スゴイ」と自分のことをほめていれば、それでいいというのが歴史修正主義の実態です。
 日本国憲法の前文は「国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」という願望型で書かれているのに、自民党改憲草案では、「今や国際社会において重要な地位を占めており」と完了形で書かれている。「クールジャパン」とか「日本スゴイ」とかいうのはそれと同型的なファンタジーです。日本は過去においても未来においても、あらゆる時代において無欠であるから、歴史のうちに反省すべき点はかけらもないと堂々と言い出す人間が出てきた。それが歴史修正主義者です。歴史修正主義というのは「歴史的事実よりもファンタジーを優先させる」という態度のことです。

鈴木 産経新聞が「歴史戦」という言葉を使っています。つまり歴史修正主義をひとつの正当な歴史観にしてしまおうという企みですね。
 最近は落ち着いてきているようですが、沖縄でヘイトスピーチが聞かれるようになっていることも気になります。

内田 沖縄でヘイトスピーチ? 沖縄に対するヘイトということですか?

鈴木 「沖縄は日本を売り渡そうとしている。中国が基地反対運動にお金を出している。このままでは沖縄は中国に占領されてしまう」といった主張のようです。

内田 そうですか。すごいですね。「歴史戦」というのは、目の前の現実を自分の手持ちのファンタジーに合わせて切り刻んだり、膨らませたりすることです。「自分が見たいものだけを見る」人たちがそれだけ増えている。目の前の現実がそれだけ「見たくないもの」になってきているということだと思います。現実逃避のためにファンタジーに逃げ込む。

鈴木 本土政府の沖縄に対するいじめもひどい。たとえば8月に沖縄で新型コロナウイルスの感染が広がり始めたとき、当時官房長官だった菅義偉さんは、沖縄で軽症者・無症状者向け療養ホテルの確保が進んでいなかったことに対して「政府からは何度も確保を促している、県の取り組みが不十分だからだ」と切り捨てました。ホテルの確保が困難になっていたのは、国が「Go To キャンペーン」を強行したことも一因であったにもかかわらず、です。
 自民党にも昔は野中広務とか小渕恵三、橋本龍太郎など、沖縄に対してある種の負い目を持って、それなりに何とかしようという政治家がいましたよね。ところが安倍さんにも菅さんにもそういう気配は全くない。

内田 彼らは歴史を知らないんだと思います。沖縄戦のことも知らないし、ポツダム宣言も読んでいないし、日本国憲法もろくに読んでいないし、その制定過程のことも知らない。それで改憲しようというのですから。
 菅さんも、能力より忠誠心で政治家や官僚を格付けして、「安倍一強体制」を完成させた人ですからもっぱら国内の統制にしか関心がない。日本はこれから国際社会の中でどういう位置を占めるべきかというようなスケールの大きな国家戦略は持っていない。もちろん「対米従属」スキームからの脱却というようなことは全く考えていない。沖縄に対する日本政府の冷たい態度はこれまでと変わらないと思います。

その2につづきます

(構成/マガジン9編集部)

うちだ・たつる 1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院博士課程中退。神戸女学院大学を2011年3月に退官、同大学名誉教授。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。著書に、『街場の現代思想』(文春文庫)、『サル化する世界』(文藝春秋)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書・第6回小林秀雄賞受賞)、『日本辺境論』(新潮新書・2010年新書大賞受賞)、『街場の戦争論』(ミシマ社)など多数。現在、神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。

すずき・こう 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長を務める。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9で「言葉の海へ」を連載中。