内田樹さん×鈴木耕さん:(その2)「日本スゴイ」のファンタジーから、私たちは脱出できるか

憲政史上最長の7年8カ月続いた安倍前政権は、全国の米軍専用施設の約7割が集中する沖縄に対して、非常に冷淡な政権だったといえます。選挙や県民投票で何度民意が示されても、それを無視するようにして辺野古や高江の基地建設が進められてきました。菅新政権の成立から1カ月、「安倍後」の沖縄はここからどうなっていくのか、基地の問題を解決していくには何が必要なのか。連載コラム「言葉の海へ」でおなじみ鈴木耕さんが、思想家の内田樹さんと語り合いました。→その1はこちら

鳩山元総理はなぜ挫折したのか

鈴木 沖縄の問題を解決するには、やはり自民党では無理なんでしょうね。
 10年前、民主党の鳩山首相は「最低でも県外」と言ってがんばったけれど、外務官僚にはめられて挫折、自爆してしまいました。

内田 鳩山さんは沖縄の米軍基地を縮小して、沖縄に「法の支配」をもたらすことを、心から願っていたのだと思います。でも、うまくいきませんでした。今の日本は、対米従属のテクノクラートたちが隅から隅まで牛耳っていて、「対米自立」ということを考える政治家には政官財メディアが一丸となって襲いかかってきて潰される。
 鳩山さんから直接伺った話ですが、あれは外務官僚にだまされたのだと。「普天間基地の移転先は沖縄本島から65マイル以内でなければいけないという海兵隊のレギュレーションがあるから、県外は距離的に無理」と、外務官僚に言われて県外を断念した、しかしそれは虚偽だったとのちに判明しました(※)。外務官僚と防衛官僚は対米従属マシーンの中核ですから。
 鳩山さんの迷走と困惑は、まさに日本のリアルだったと思います。「最低でも県外」と言っていたのになぜそれがダメになったのか。翻意した理由は何か。それなりの言うに言えない理由があったはずなのに、それについての経緯を報道することも、真相を探ることもしないで、メディアはただ「食言した」「当てにならない」という一点で、鳩山さんを袋叩きにした。

※2010年当時の鳩山由紀夫元首相は、普天間基地の移転先として鹿児島県の徳之島を想定していたが、外務省官僚から「航空部隊は沖縄本島から65海里以内におく必要があるという米軍の基準があるので、徳之島は不可能」とする極秘文書を示されたことで県外移設を断念、辞任に追い込まれた。しかし文書の極秘指定期間解除後の2015年の調べでは、件の米軍マニュアルの存在は確認されず、官僚による虚偽文書ではないかという疑惑が持たれている

鈴木 今、沖縄で問題になっているのは、日本の検疫もパスポートコントロールもなしに、米軍関係者が自由に出入りしていることです。コロナの感染がそこから広がらないか心配です。

内田 アメリカは沖縄も横田も自国領土だと思っています。トランプ米大統領が2017年に初来日したとき、いきなり横田基地に降り立ちましたね。あれは日本政府に対する「マウンティング」だったと思います。「どちらがボスか」を誇示してみせた。彼はアメリカの「海外領土」を視察にきたつもりだったんだと思います。あれを見て、日本国内の米軍基地は半永久的に返還されないだろうと思いました。
 キューバのグアンタナモ基地をアメリカが租借したのは米西戦争の時です。それから120年、当時のキューバ政府相手の永久租借権を楯にして返還に応じていない。年間4000ドルの租借料で、他国の中に自国領土を保持している。キューバ政府はずっと返還を要求していますけれど、アメリカは返そうともしない。オバマ大統領は拷問が行われていた施設の閉鎖をめざしましたけれど、共和党の反対で実現しなかった。アメリカにしてみたら、戦争で勝って手に入れた「領土」なんです。その点ではグアンタナモと沖縄は似ている。ですから、アメリカがグアンタナモ基地を返還する日が来るまで、日本領土内の米軍基地を返還する日は来ない。僕はそう思っています。
 軍事戦略上は、沖縄の米軍基地はもうあまり意味がないことはみんなわかっているんです。海兵隊はグアム移転が決まっていますけれど、自分たちの兵科のための専用施設は返す気がない。だって、管理コストがかからないんですから。日本がアメリカの袖を引っ張って「どうぞ、いてください。金はいくらでも出します」と懇願してくれているという話になっているんですから。テロのリスクのないリゾート地で、ゴルフもできるし、サーフィンもできる。返すはずがない。
 何度でも言いますが、沖縄の米軍基地を奪還するためには「国土返還闘争」をするしかないんです。北方領土だけでなく南方領土も返せ、と。アメリカが日本から出てゆかない限り、北方領土は返せないというのは戦後ソ連がずっと要求してきたことです。南方の沖縄に米軍基地があるのに、北方領土だけ返せというのは筋が通らない。北方領土に米軍が基地建設をしないという保証はあるのか、と。米ソが同時に撤収して、日本が中立国になる条件なら、北方領土も返す。それが論理的には当然です。日本にしてみたら北と南にある「外国が不法占拠している国土」が戻ってくるし、戦争に巻き込まれるリスクもなくなるわけですから、こんなありがたい話はない。でも、それが実現しない。沖縄も米軍に「不法占拠」されているという事実を日本政府が絶対に受け入れないからです。

鈴木 菅内閣では、河野太郎氏が沖縄担当相になりましたね。で、さっそく9月19日に沖縄へ飛んで玉城デニー知事と会いました。それはいいのですが、知事との会談の中で辺野古のへの字も出さなかった。

内田 僕は彼には何の期待もしていません。河野太郎が沖縄担当大臣になったからといって、これまでの沖縄政策に変更はないと思います。

鈴木 河野太郎は普通の議員だったときには、マガ9学校で脱原発についての話をしてくれて、自民党にもこんな人がいるのかと思ったものですが、偉くなると変わってしまうものなんでしょうかねえ。

内田 河野太郎には一貫した政治的信念なんかないですよ。

鈴木 沖縄県民は選挙などを通して、何度も基地反対の意思表明をしており、県はそれにもとづいて、辺野古の基地建設を阻止するため国を相手取った訴訟をいくつも起こしています。けれどいっこうに勝てない。沖縄の司法は完全に政権に牛耳られていて、県民の声が通じないのです。

内田 沖縄の司法もダメなんですか。行政訴訟などで国に不利な判決を出した判事は、一生地裁止まりで出世しないということは友人の判事からも聞きましたけれど。

中国は沖縄を狙っている!?

鈴木 ヘイトスピーカーのなかには、中国は日本を乗っ取ろうとしている、その先兵として沖縄を狙っていると言う人がいます。たしかに近年の中国には脅威を感じますが、中国は沖縄をどう見ているのでしょう。

内田 沖縄で反米感情が高まり、反基地闘争が盛んになることは、中国にとっては軍略的には好ましい展開であることは確かです。でも、だからといって、中国政府が沖縄の反基地運動に裏からコミットするなどということはあり得ない。そんなリスクの高いことをして、万が一ばれたら日本の反基地運動はぜんぶ「中国の謀略」だということで終わってしまう。別にお金を出さなくても、沖縄の市民たちが手弁当で反基地運動をしてくれるわけですから、手を出すことはない。
 ある政治的運動の「受益者」が誰かということと、「仕掛け人」が誰かということは論理的には無関係なんです。ユダヤ人はフランス革命の受益者だったから、フランス革命を実行したのはユダヤ人であるというのは19世紀の反ユダヤ主義者たちが好んだ推論ですけれど、それは「風が吹いたら桶屋が儲かった」というので、桶屋が気象を支配していると推論するのと同じです。
 僕はそれよりは中国が新型コロナのワクチンや特効薬を世界に先んじて開発し、それを外交カードに使ってくることの方が日本の国内政治においては問題が多いと思っています。その場合には、ワクチンや特効薬を日本に提供しましょうという中国政府の提案を「誰か」に持ち込む。で、それが実現して、コロナの感染が終息し、日本はみごとに経済復興した場合、その人は「救国の英雄」となり、以後の政局でイニシアティブを握ることができる。ですから、ワクチンや特効薬の開発に中国が先んじて成功した場合に、それを中国政府がどういうふうに効果的な外交カードとして日本に対して使うのかを僕は注目しています。
 もっとも効果的な使い方は自民党の「親中派」をパイプにして医療支援を申し出ることです。アメリカは「アメリカ・ファースト」ですから、日本を優先的に支援する気なんかありません。アメリカより先に中国が医療支援を申し出た場合、自民党内の親中派が復活して、親米派が立場を失う。そうすることで日本の対米追従一辺倒にくさびを打ち込んで、自民党を分断する。僕が中国政府の人間なら、そういうシナリオを書きますね。

鈴木 なるほど、医療カードを使って政権の中に親中派を増やそうという戦略ですね。それがリアルな国際政治というものでしょう。
 一方、先日のアメリカ大統領選のディベートを見ていると、トランプとバイデン、どちらが勝ってもアメリカの将来は暗いなあという気がします。

内田 トランプは、自分のコアな支持者のことしか考えない、全国民のことなんか知らないと公言しています。民主主義政体の統治者は、瘦せ我慢しても「選ばれた以上は反対者も含めて全国民の利益を配慮する」と言わなければいけない。トランプはそれを言わない。ですから、どちらが勝ってもアメリカの分断は深まり、共同体としては危機的になってくると思います。

鈴木 まさにプチ南北戦争状態ですね。

内田 そのとおりです。アメリカは南北戦争による国民的分断を、いまだに総括していません。内戦のトラウマって、深いんです。日本の戊辰戦争のトラウマもまったく癒されていませんから。
 南北戦争の戦死者は60万、アメリカの歴史上もっとも多くの死者を出した戦争でした。特に南軍の損耗率は40%を超えた。通常の戦争では損耗率30%に達するともう組織的な戦闘ができなくなるので、その時点で白旗を上げるんですけれど、南軍は降伏するくらいなら死ぬまで戦うという、日本の『戦陣訓』みたいな無謀な戦い方をした。

鈴木 それだけ国民の間の憎しみが深いんですね。

内田 そうだと思います。今日のわれわれが知っているアメリカは、実際には東海岸と西海岸から来る先端的な情報だけなんです。中西部の「ディープなアメリカ」で人々がどういうふうに暮らして、何を考えているのかについては、情報がほとんど入ってこない。入って来ても、それは「北部から見た南部」のイメージです。実際にハリウッド映画で描かれる南部はあきらかに偏向していると僕は思います。たとえば、トビー・フーパーの『悪魔のいけにえ』というホラー映画があるでしょう。あれは原題は「The Texas Chain Saw Massacre(テキサスのチェーンソー虐殺)」なんですけど、テキサスの田舎に旅行者を殺して、皮を剥いで、それでランプシェードを作るような連中がいるという話です。ホラー映画としては傑作ですけれど、テキサスの人が見たら気分害すると思う。でも、そういうことは配慮しないで、ディープサウスには「野蛮なやつら」がうようよいるという物語を、それから後も再生産し続けている。
 オキュパイ・ウォールストリート運動も、MeToo運動も、BLM(Black Lives Matter)も、どれも主張していることはまことに正しいんですけれど、国民的な和解というモメントが含まれていない。だから、南北戦争的な国民分断がさまざまな論点において繰り返されて起きている。これはアメリカにとって深刻な問題だと思います。

二分化されるメディア

鈴木 さて、日本が主権を回復しない限り沖縄の問題は解決しないということはよく分かりましたが、それでもなんとか希望を見出したい。メディアに期待はできないものでしょうか。

内田 今の日本には、残念ながら、意見が違う人同士が対話し、合意形成に至るプラットフォームとしてのメディアは存在しません。SNSでは選択的情報しか手に入らない。たとえばぼくのツイッターをフォローしている人の中には安倍支持・菅支持者なんてひとりもいません。逆に、安倍支持者・菅支持者のタイムラインにはぼくのような人間のツイートは「嘲笑の対象」という以外のかたちでは登場しないでしょう。どちらも党派的な世界観に基づいて現実を見ているので、事実認識が異なっている。だから、対話が成り立たない。
 せめて全国紙の新聞とNHKくらいは、不偏不党で、国民の声を反映し、事実の検証、吟味、対話、合意形成をはかるプラットフォームであって欲しいと思っているのですが、今のメディアはそのような活発な対話を促すような機能を果たしていない。せいぜい両論を併記してお茶を濁しているだけで、国民的な対話と和解のためのコミュニケーション・プラットフォームはどこにも存在しない。それが問題なんです。

鈴木 私はマスメディアの「両論併記」というのがいちばん問題だと思っているのですが。

内田 そうですね。アウシュビッツのガス室の存否を巡る裁判闘争を描いた『Denial』(※)という映画がありました。原題は「否定」なのですが、それが邦題では『否定と肯定』になってしまっていた。歴史修正主義者にとっては「アウシュビッツでユダヤ人虐殺はあったという意見もあるし、なかったという意見もある」という両論併記に持ち込んだら大勝利なんです。だから、こんな邦題をつけたということは、そのまま歴史修正主義に加担したということになる。

※ナチスドイツによるホロコーストをめぐり、欧米で論争を巻き起こした裁判をもとに描かれた法廷劇映画(2016年米・英)。日本では2017年に公開

鈴木 そうした「両論併記」ではない、健全な議論のプラットフォームが必要なのでしょうが、今のメディアにそれを期待するのは難しそうです。しかしなんとか現実に目覚めて、問題を解決する道を見出さないと……。

内田 駝鳥のように、頭を砂のなかに突っ込んで現実を見ていない。「日本スゴイ」というファンタジーの中に国民が逃げ込んでいる。それが問題だと目覚めなければ、解決のしようがありません。
 日本人が目覚めるのは、たぶん2、3年後にGDPが韓国に抜かれた時でしょう。東アジアで日本だけが国際競争に負け続けていることに気づいてはじめて「これは大変なことになった」と思う。そうなっても相変わらず「日本スゴイ」と言って嫌韓や嫌中本を出し続け、読み続けているようでしたら、日本は終わりです。ヘイトスピーチで隣国の悪口をいくら喚き散らしても、それで日本の国力が1ミリも向上するわけじゃない。そのことに日本人が気づく日が来るまでは、「国家主権の奪還・国土の回復」を愚直に言い続けるしかない。

鈴木 ほんとうに、「言い続ける」ことですね。
 私たちのこの「マガジン9」は、2005年に創刊して、もう15年半にわたって毎週水曜日の更新をし続けています。そうやって、小さくとも言い続ける。これからもできる限り、継続していきたいと思っています。
 内田先生、またぜひご協力ください。本日は長い時間、貴重なご意見を聴かせていただき、本当にありがとうございました。

内田 はい、こちらこそ好き勝手なことを言わせてもらって、ありがとうございました。お互い、これからも言い続けましょう。

(構成/マガジン9編集部)

うちだ・たつる 1950年東京生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院博士課程中退。神戸女学院大学を2011年3月に退官、同大学名誉教授。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。著書に、『街場の現代思想』(文春文庫)、『サル化する世界』(文藝春秋)、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書・第6回小林秀雄賞受賞)、『日本辺境論』(新潮新書・2010年新書大賞受賞)、『街場の戦争論』(ミシマ社)など多数。現在、神戸市で武道と哲学のための学塾「凱風館」を主宰している。

すずき・こう 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長を務める。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9で「言葉の海へ」を連載中。