今年9月、『国対委員長』という本を出版した衆議院議員の辻元清美さん。安倍政権下で立憲民主党の国対委員長を務めた経験が詳細に綴られています。登場する政治家たちもすべて実名、国会の裏側をありのままに描いたこの本を、なぜいま書こうと思ったのか。そして、安倍首相の退陣と菅新政権の成立、野党再編という大きな変化を経て、野党第一党として考えることは? 辻元さんと親交の深い、コラム『言葉の海へ』でおなじみ鈴木耕さん、同じく『チャコの区議会物語』を連載中の塚田ひさこさんが聞き手になって、突っ込んだお話をうかがいました。
女性だから出来た国対委員長
――『国対委員長』(集英社新書)、とてもおもしろく読みました。「国対委員長(国会対策委員長)」や「国対」という言葉はニュースなどでしばしば耳にすることはありましたが、こんな大事な仕事をしているのかと初めて知りました。辻元さんは2017年10月から2019年9月まで、立憲民主党の国対委員長を務められていましたが、史上初の野党第一党の女性国対委員長だったのですね。
辻元 そうです、与党自民党でも女性はいませんでしたから。
――この本のカバーには〈国会運営は、与野党の「国会対策委員会」(国対)という法的根拠のないシステムに依存している。事実上、与党と最大野党の、二人の国対委員長が特別な権限を持っているが、未だその実態については古い五五年体制の談合政治のようなイメージでしか捉えられていない〉とありますが、このような重要なポストに、保守派にも知り合いの多い辻元さんに白羽の矢を立てた枝野さんの人事はぴったり当たったんじゃないかと思いました。本の立憲民主党内での評判はいかがですか。
辻元 本が出来てからかつて自民党経世会のプリンスで、今は野党共闘に頑張っていらっしゃる中村喜四郎さんに本をお持ちしたんです。そうしたら「あなたの国対委員長としての活躍が今日の野党再編の土台を築いた、重要な役割を果たしたと私は見ていましたよ」とおっしゃってくださいました。
私が国対委員長になったのは2017年総選挙直後。安倍政権は圧勝、「希望の党」騒ぎで野党はバラバラという最悪の時期でした。そんなときに国対委員長として野党をまとめ上げ、国会運営に当たったことが今日の野党再編につながったと評価していただけたのは、ありがたいことです。
その上で中村さんは、「女性だからやれたんだね」ともおっしゃった。国会では男性同士だと、どうしてもお互いが張り合ってしまう。それに比べて女性は、がたがた言わずにやればいいじゃない、みたいなところがある。女性はまだ数が少ない分、自分の立場とかに関係なく動くことが出来たのではないか、男だったら出来ないなあ、と言われました。
国会対策委員会って、言ってみれば「非合法組織」なんですよ。国会内にきちんとした規定があるわけでなく、長年の慣習で国会を回していく知恵ができてきたわけです。
前提として国会は圧倒的に男性議員が多い男の世界です。55年体制が続いていて政権交代がなかったころの国会は、自民党は政権を失う可能性はないし、社会党は三分の一議席を取れればいいというゆるい雰囲気だった。そういう緊張感がなかった時代の国対は、野党にある程度花を持たせて、あとは法案通せばいい、みたいなものだったのでしょう。だから男同士で麻雀したり、飲みに行ったり、それで国会運営してきたのです。
それが細川政権以降、政権は変わりうる時代になった。国会がガチンコ勝負の場になったのです。それなのに相変わらず「タバコもくもく」の男の世界のまま。
ですから私が国対委員長になったときにはまず、できるだけガラス張りにしたいと思いました。昔から言われているような利害関係を持つことはしたくない。クリーンな国対にしたい、と。
――国対の話は墓場まで持って行けと言われているそうですが、この本には、与党政治家との交渉やかけひき、党内での議論などもかなり詳細に書かれていて、登場する議員たちもみんな実名です。よくここまで書きましたね。発表する前に党には事前承諾というか、お話をされたのですか?
辻元 していませんよ。相談したらつぶされると思ったから(笑)。もちろん書けないこともたくさんありますが、オープンに出来るぎりぎりのラインをちょっと踏み外しながら書きました。
実を言うと国対委員長という仕事の中身を本として形にするのかしないのか、迷いもありました。なぜなら、なんだ、あいつと交渉するとこんなこと書かれるのかと思われるのも困りますから。政治の世界では黙っていることが美徳という暗黙の了解があって、それもたしかに一理あるので、やめようかなと思ったこともあります。
ところがあるところで国対の裏話的なことを話したら「えーっ、国会ってそんなふうにして決めているの」とか「野党ってけっこうがんばっているのね」と言われたんです。そんなことみんな知らないから、書いたほうがいいよという話になって……。
当時の安倍政権下で、立法府の危機を感じていたので、そこでどう悪戦苦闘したのか、広く国民の皆さんに知ってもらいたい。今の政治に関心をもてない人になにかメッセージを投げかけることが出来るのでは、という気持ちもありました。それからこの本には、国会ってどういうことを、どんなかたちで決めているのかを、形式的なことだけでなく、人間同士のぶつかり合いも含めて書き込みたかった。そこには悔しかったり、嬉しかったりといった人の思いとか心があるわけで、そういう側面も大事にしたかったのです。
政治の記録を残しておきたい
――そうでしたか。じゃあ、だれにも相談せずに「秘密プロジェクト」としてすすめたのですね。
辻元 そう、こんな本を出すなんて、誰も知らなかったはずです。ですから広告が出る前日に、いちばんに自民党の森山裕国対委員長に見本をお持ちしました。森山さんは、この本の陰の主役ですからね(笑)。
出版後には、大島理森衆院議長から「新聞で広告を見たから買いに行こうと思っていた。国対委員長の仕事の中身をまとめた本はこれまでなかったからね」とお電話いただきました。あと、長妻昭さんからは「買って読みました、おもしろかった」、国対委員長の経験のある山井和則さんからは「ぼくも文句ばっかり言われたり、夜も眠れないほどのつらさとか知っているから泣きながら読みました」。
――実名というところがいいですね。これが仮名だとおもしろさは半減します。
辻元 二階幹事長が「俺は人をだましたことはないと言った」とか、実名で書きましたからね。
――大島議長が、森友学園を巡る財務省の決裁文書改ざんや自衛隊日報隠蔽など相次ぐ政権の不祥事が問題となった通常国会(2018年1月22日~7月22日)を振り返って、閉会後に「安倍政権に反省と改善を促す」異例の所感(衆議院議長談話)を出されていますが、この本にはその全文が掲載されていますね。改めて本当にありえないことが起こっていたと思うと同時に、議長の矜持というものも考えさせられました。辻元さんも言及されていますが、立法府の長としてよほど強い危機感を抱いたのでしょう。
辻元 この本には、政治の記録をちゃんと残しておこうという意味もありました。大島所感以外にも野党から与党に文書で申し入れしてこういう答えが来たとか、生の事実をきちんと残しておこうと思ったんです。
安倍前政権下では、内閣法制局の人事に介入することで憲法違反の安保法制を成立させるなど、一部の官邸官僚が政治を牛耳って、何でもありの状況になってしまった。同時に森友、加計、桜を見る会など、今までの政権では考えられないような疑惑も出てきました。今起きている日本学術会議への人事介入問題も、安倍政権で起きていたことの延長だと思います。
それと並行するように、アメリカではトランプ大統領がめちゃくちゃなことをやってきましたね。それでふと思ったのですが、80年くらい前には、ヒトラー、ムッソリーニ、東条英機のような独裁者が同時に出てきて、日独伊の三国同盟を結んで戦争が始まった。現代でも、安倍さんやトランプ、あとフィリピンのドゥテルテやブラジルのボルソナーロなどの独裁者的リーダーが同時に出てきている。また同じようなことが起きるのではないか。ひょっとして世界がおかしくなってしまうのではないかという危機感がありました。ですからちゃんと記録しておかないと、と思ったんですね。
――誰がいつどこで何をしたか、実名なのに加えて日付もきちんと記されています。資料性も相当高いと思いました。
辻元 私、実はメモ魔なの。いつ誰と何をしたか、相当細かく書いています。国対事務局の記録も相当詳しいです。何か問題が起きたときに、あのときこう言ったでしょうと言えるようにしているんです。
野党はなぜ審議拒否するのか?
――野党が各省庁の幹部や職員から合同で聞き取りを行う「野党合同ヒアリング」は辻元さんが始めたというのも、この本で知りました。それまではなかったことなのですね。
辻元 今日も学術会議人事介入問題での「野党合同ヒアリング」をやってきたんです。ヒアリングは国会への窓として、誰でも見ることができるよう生中継しています。記者会見には参加できないフリージャーナリストのみなさんも会場に入れます。
何より大きな野党も小さな野党もいっしょにヒアリングをし、共同作業を通して一つにまとまって、国会質問などで与党に対抗することができます。私、以前小さな政党にいたからわかるけど、バラバラにやると説明に来る官僚のランクも出してくる資料の質も違う。そこもフェアにしたかったという思いがありました。
――野党同士が情報共有すれば国会の論戦も盛り上がるし、合同ヒアリングは画期的なことですね。私としては、本の第3章にある「野党が審議拒否するほんとうの理由」が一番おもしろかったです。本書の白眉ですね。与党支持者をはじめ野党を批判する人たちは、「野党は審議拒否ばかりしていて、仕事をしていない」などといいますが、それに対する説得力のある反論がここに書かれている。テレビや新聞を見ているだけではわからない、国会の裏のかけひきややりとりが、スリリングに描かれてもいました。
辻元 審議拒否にはちゃんとした理由があります。本書にも書きましたが、「サボっている」どころか、通常以上にさまざまな活動をしています。非常時の方が忙しくなるのはどんな仕事でも当たり前ですが……。政権側はメディアを使って「野党18連休」などのキャンペーンをしかけてきたんですね。審議を止めているあいだに、問題点を国民に伝え世論を喚起することも大事なことです。審議が数日間伸びることで、局面ががらっと変わることがあります。最近では、加計学園の獣医学部新設をめぐる問題において、キーマンとなる首相補佐官が「本件は首相案件である」と発言したかどうか、ずっと「記憶がない」という答弁を繰り返していたのに、「〇〇(官僚の名前)が思い出してきました」と、官僚の記憶が急によみがえったりしましたから。
――また第4章「憲法改悪をめぐる『暗闘』」も読み応えありました。毎週木曜日が定例会だったという憲法審査会において、いつどんな状況で何の議論をするのか。辻元さんがここに細心の注意を払われていることが、よくわかりました。
(その2)につづきます
※2020年11月18日更新予定
(聞き手/鈴木耕&塚田ひさこ 構成&写真/マガジン9)
*
つじもと・きよみ 1960年奈良県生まれ、大阪育ち。衆議院議員(大阪10区)。立憲民主党副代表、衆議院予算委員会筆頭理事。早稲田大学在学中にNGOを設立、世界60ヵ国と民間外交を進める。1996年、衆議院選挙にて初当選。連立政権で国土交通副大臣、災害ボランティア担当内閣総理大臣補佐官就任。2017年10月、立憲民主党の結党時より同党の国対委員長を2年間務めた。著書に『デマとデモクラシー』(イースト新書)、『いま、「政治の質」を変える』(岩波書店)など。