第90回:新型コロナは東京問題(森永卓郎)

止まらない第三波

 新型コロナウイルスの第三波の感染拡大が止まらない。新規陽性者数は連日過去最多を更新し、重症者数も医療崩壊寸前まで増えていて、医療機関からは悲鳴が上がっている。なぜこんなことが起きてしまったのか。
 私は、最大の原因は、10月1日から東京をGo Toトラベルキャンペーンに加えたことだと考えている。日本医師会の中川俊男会長は11月18日の会見で、「Go Toトラベルから感染者が急増したというエビデンスがなかなかはっきりしないが、きっかけになったことは間違いないと思っている」と述べた。これに対して、多くの評論家が、証拠もないことを言っていると非難し、政府もGo Toトラベルを通じて感染した人の数は、きわめて少ないと、影響を否定した。
 しかし、そうした批判は、「エビデンス」という言葉を理解していない批判だ。エビデンスというのは、統計的に厳密な有意性が証明され、なおかつ査読を通じて、複数の専門家の合意を得られた場合の証拠だ。因果関係を統計的に証明するのはむずかしいし、さらに合意を得るのには手間も時間もかかる。
 ただ、厳密な検証を経なくても、私は、因果関係は明らかだと考えている。図表1をみて欲しい。これは東京以外の46道府県の新規感染者数のグラフだ。曜日によって検査数が異なるため、デコボコして見にくくなっているので、オレンジの線は過去一週間の平均をとっている。これをみると、感染者数の動向がより鮮明に分かる。
 実際の感染日から感染の報告に至るまでは、2週間のタイムラグがあると言われている。さらに、オレンジのラインは過去1週間の平均を取っているので、さらに3.5日のタイムラグが発生する。つまりオレンジの線に影響が出てくるのは17.5日後ということになる。

図表1 東京都以外の新型コロナ新規感染者数の推移

 東京都がGo Toトラベルの対象に加えられた日の17.5日後から、東京以外の新規感染者数が急増していることが、明確に観察されることが分かるだろう。東京との往来増加が全国の感染拡大をもたらしたことは、間違いないのだ。
 私は、Go Toトラベルに東京を加えた時点から、感染が拡大に向かうだろうと考えていた。それには根拠がある。新規陽性者数を予測するには、SIRモデルと呼ばれるものが使われる。古典的で、シンプルなモデルだ。SIRモデルは以下の微分方程式を解くことで、推計結果が得られる。

dx/dt = R0(1-x-y)x-x
dy/dt = x
 

R0:基本再生産数(1人の感染者が何人の人に感染させるかという人数) 
t :時間
x:全人口に対する現在感染している人の割合
y:全人口に対する感染から回復した人の割合

 数学が苦手の人には分かりにくいかもしれないが、要は、コロナにかかったことのない人の数に、1人の感染者が何人の人に感染させるかという人数(基本再生産数:R0)を乗ずると新規の陽性者数が出てくるというモデルだ。
 感染第二波は収束しなかった。だが9月から10月中旬にかけて1カ月半以上、高止まりの横ばいを続けたのだ。SIRモデルでは、R0>1のときには感染が拡大し、R0<1の時には収束に向かう。横ばいになるのはR0がぴったり1の時だけだ。
 私は9月から10月中旬にかけてそれが続いたことを奇跡だと思っていた。Go Toトラベルは7月22日から始まっていたが、感染促進策にもなるキャンペーンをやっても、R0が1に収まったということは、東京を外しておけば、ギリギリで観光業の活性化とコロナ抑制策がバランスできるということが証明されたからだ。だから、私は政府の「東京を外す」という施策の見事さに、内心舌を巻いていたのだ。
 しかし、東京を除くところでギリギリ踏みとどまっていたコロナ感染が、東京を加えたら、どう考えてもR0>1となるのは明らかだった。
 私は、東京(東京23区)は、「別格」だと考えている。東京の感染が深刻になる理由は人口密度が高いからだ。例えば、平方キロ当たりの昼間人口の密度は、全国平均が348人に対して、東京都は7549人、東京都千代田区は7万3162人だ。全国平均の210倍もの人口を密集させたら、感染が深刻化するのは当然だろう。

いますぐ東京封鎖と23区全員のPCR検査を

 政府の新型コロナ対策分科会は、強力な対策を講ずべき感染拡大地域として、札幌市、大阪市、名古屋市、東京23区を挙げた。小池百合子東京都知事も、東京からの出と入りをセットで抑制しなければならないとしている。札幌市と大阪市は、Go Toトラベルの一時停止を決めたが、東京23区はいまだに停止の目途さえ立っていない。これでは、感染拡大は止められない。私はこのまま行くと、12月中旬以降、東京23区に緊急事態宣言を出さないといけない状況に追い込まれるのではないかと危惧している。
 ただ、私は、そこが感染拡大にストップをかけるラストチャンスになると考えている。以前から主張している通り、東京23区を封鎖して、全員にPCR検査を行って、陽性者を隔離するのだ。これは、確実に効果がある。北九州市では、他地域よりも幅広いPCR検査を行っていることで、感染拡大を防いでいる。東京新宿の歌舞伎町でも、徹底的なPCR検査を行ったおかげで、その後の感染者は抑制されているからだ。
 ただ、現実問題として、政府は23区民全員のPCR検査といった思い切った対策は採らないだろう。日本の国会議員や官僚のほとんどが東京23区の住人だからだ。日本のコロナ対策が失敗した原因の一つが、この「東京バイアス」にあるのだと私は考えている。
 だから、いま優先して取り組むべき政策は首都機能の移転だろう。これは妄想ではない。1992年に成立した法律で、首都機能移転はすでに決められており、首都機能移転審議会の答申で、国会と中央官庁と最高裁は、岐阜か福島に移転させることが、すでに決められているからだ。私は、福島がよいと思う。原発事故と震災の復興に大いに役立つからだ。
 福島に政府が移って、外から客観的に東京をみつめることができれば、東京という「怪物」が、いかに大きなリスクをはらんでいるかが、政治家や官僚にも分かるのではないだろうか。

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森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。