第162回:“8度目の正直”が程遠い、国民投票法改正案(南部義典)

ついに、8度目の閉会中審査へ

 12月4日、第203回国会(臨時国会)は実質的な会期末となり、衆議院では国民投票法改正案(自民、公明、維新などが2018年6月27日に提出した法案)が8度目となる「閉会中審査」の手続きを取りました。今回の臨時国会で、衆議院は国民投票法改正案の議決を行っていないので、会期の終了とともに廃案になるのが国会法の原則(会期不継続)です。しかし、閉会中審査の手続きを取ることによって、次回2021年1月18日に召集される(といわれている)第204回国会(通常国会)で、法案審議を継続させ、成立させることを企てました。単純にいえば、8会期連続で結論を出せなかったにすぎませんが、エントリーを継続させて望みを繋いでいるのです。

 国民投票法改正案の内容は、有権者の投票環境向上、投票・開票の実務の合理性確保を目的に、2016年に立て続けに行われた公職選挙法の改正に合わせるものです(表の7項目)。以前にも解説したことがありますが、有権者の投票環境、投票・開票の実務の両面で選挙と国民投票との間に制度間較差があってはならないので(例えば、選挙では子どもを投票所に連れて行けるのに、国民投票ではそれができないとなると、有権者が混乱します)、現状少し古くなっている国民投票制度のスペックを選挙に合わせることが意図されています。日本では、選挙と国民投票のルールが別の法律で定められているので、一方を改正すれば、必要な範囲で他方も改正しなければなりません。今回の法改正は避けて通れない道なのです。

 第204回国会で国民投票法改正案が成立すれば、「8度目の正直」となります。しかし私は、立法の必要性は認めるものの、そう簡単には事が運ばない予感がしています。

「何らかの結論」とは何か?

 12月1日、自民党の二階幹事長、立憲民主党の福山幹事長の会談が行われ、国民投票法改正案については臨時国会では採決を行わず、「来年(2021年)の通常国会で何らかの結論を得る」との合意に達しました。幹事長会談でのこの合意を受けて、8度目の閉会中審査という流れになったわけですが、この報道に触れたとき、私の頭には「?」マークがいっぱい飛び交いました。

 「何らかの結論」とは、いったい何なのでしょうか。政治・行政の現場では「一定の結論」の方が圧倒的に用いられますが、「何らかの結論」とあるので不思議な印象を受けるのです(混乱を招く表現は避けるのが常識的ですが……)。「一定の結論」であれば、賛否は別にしても、国民投票法改正案の成立を視野に入れる(採決を必ず行う)というニュアンスが濃くなりますが、「何らかの」という表現なので、9度目の閉会中審査の手続きをとること(さらなる先送り)や、衆議院の解散によって廃案になることなども「結論」に変わりはなく、広く含まれてしまいます。単に「結論を得る」だけだったら、まだ分かりやすかったかもしれません。「何らかの」という曖昧な修飾が付いてしまったために、解釈が多様に(それぞれの立場で都合のいいように)分かれてしまうのです。結局、何が合意されたのか不明確です。

 1月中旬に衆議院の解散がなければ、憲法審査会が動き始めるのは2月中・下旬になりますが、与野党は「何らかの結論」をめぐって決して同じ方角を向いていないので、審査会の運営をめぐる対立が顕著になってくると思います。「何らか」で合意した二階幹事長の理解力のなさ、あるいは法案提出会派の代表である自民党の決意の乏しさを示しているといっても過言ではありません。

別段、2019年公職選挙法改正に合わせる必要性あり

 「何らかの結論」を都合よく解釈して、2021年通常国会で国民投票法改正案が成立したとします。しかし、これで以て有権者の投票環境、投票・開票の実務の両面で選挙と国民投票との間にある制度間較差が埋まるわけではありません。なお、課題が残ります。

 実は2019年にも、①天災等の場合における安全・迅速な開票に向けた規定の新設、②投票管理者等の選任要件の緩和、といった2項目の公職選挙法の改正が行われています。有権者にはメリットが薄いものの、国民投票制度も合わせないと実務が混乱してしまいます。この点、8度目の閉会中審査となっている国民投票法改正案は2018年に提出され、ずっと「棚ざらし」になってきた法案ですが、内容は当時のままで、2019年公職選挙法改正の内容は当然、反映していません。前記の①②を整えるためだけに別段、国民投票法の改正を追加で行う必要があるのです。または、現在の国民投票法改正案をいったん撤回し、①②を加えた9項目の改正案として再提出し、成立を期する必要があるのです。法案内容に明確な不備を残したまま、採決の機運を高めようとしても無理があるように思います。「何らかの結論」に、法案の再提出が意図されていれば話は別ですが。

たった40分の法案質疑?

 2018年6月に提出された国民投票法改正案は、今回の臨時国会で初めて質疑に入っています。衆議院憲法審査会の運営計画ベースでは、次の表のとおりです(実績は若干の誤差が生じます)。

 国民投票法改正案の質疑と自由討議とは運営上、完全に別カウントになりますが、この国会ではたった2回、計40分しか行われていません。逆に、たった40分の持ち時間を数回に分ける必要があるのか、という疑問も湧きます。

 ちなみに6年前(第186回国会)、国民投票法は第1次の改正を行っていますが(投票権年齢の18歳引下げの時期を確定することなど)、法案審議は衆議院憲法審査会だけで17時間38分行われています。安保法制の整備とほぼ同時進行でしたが、あの当時の混乱の中でさえ、審議時間は着実に積み上がっていたのです。確かに7項目だけで、数時間を超える質疑は苦しいと思われるものの、単純に比較するだけでも、現在の運営がいかに異常な状態になっているかがよく分かります。

 また、今回のテーマとは離れてしまいますが、憲法審査会の自由討議において、国民投票運動に係る広告規制のあり方とか具体的な「各論」に関する合意形成の兆しはあるものの、法案をめぐる各党・会派の対応を批判する意見(その応酬)に多くの時間が費やされているのは、やはり残念なことです。そんな話は、院内の会派控室で文句を垂れていればいい話で、わざわざ委員会室に出てきて意見を述べ、会議録に残す必要がどこにあるのだろうかと、私は常々、疑問に思っています。こうした運営が繰り返される中、議員の発する言葉がどんどん尖って、ドメスティックになっています。建設的な議論に向けて、海外の事情にもっと目を向けられないものでしょうか。

 例えば、ニュージーランドの実践があります。10月17日の国会議員(代議院)選挙に合わせて、2件の国民投票が行われていますが(娯楽用大麻の合法化の賛否、積極的安楽死の賛否)、投票日直前の2カ月間で13,600NZドルを超える支出をした国民投票運動団体は、登録の上、2021年2月17日までに支出報告書を提出しなければならない、などの規制があります(娯楽用大麻では15団体、積極的安楽死では14団体がそれぞれ登録済み)。国民投票制度の上では広告規制、運動費用(支出)規制を置いている国と置いていない国があり、言わずもがな日本は後者ですが、他党・会派の悪口を重ねている暇があるのなら、各国の直近の実践例(規制の実効性)にこそ注目し、合意形成にエネルギーを注ぐべきと思います。

 年が明ければ、メディアの多くは「注目法案」として、国民投票法改正案を取り上げることでしょうが、私の頭にはすでに憲法審査会の混乱が浮かぶので、冷めた目で見届けるつもりです。ちなみに、2021年は衆参に憲法審査会が設置され、運営を初めて10年という節目に当たります。時期を改めて、10年を振り返ってみたいと思います。

       

南部義典
なんぶよしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)等を歴任。現在、国民投票総研 代表。専門は国民投票法制、国会法制、立法過程。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)などがある。(2020年6月現在)