第91回:政府は高齢者の命を軽視しているのではないか(森永卓郎)

言えない・書けない主張

 私は、あちこちの雑誌に連載を書いたり、テレビの情報番組のコメンテーターとして発言したりしている。そのなかで、大手メディアで発言しようとすると、必ず圧力がかかってくる内容がある。それは、私の「政府は高齢者の命を軽視しているのではないか」という見立てだ。
 一番中心となる根拠は、来年2月にも接種が始まるという新型コロナワクチンを投与する順序だ。いまのところ政府は、医療従事者の次に高齢者と基礎疾患のある者に優先して接種するとしている。医療従事者を優先することは、誰もが納得するだろう。
 今回の新型コロナワクチンは、海外でも緊急承認されたものだから、副作用のリスクが十分に検証されていない。ただ、副作用のリスクを考慮しても、日々感染者と対峙し、感染のリスクが極めて高い医療従事者にワクチンを優先して打つべきというのは、妥当な判断だ。接種して抗体ができれば、医療従事者の命を守れるだけでなく、医療崩壊を少しでも防ぐことにつながるからだ。そして、医療従事者優先というのは、大部分の国で採られている「グローバルスタンダード」だ。
 しかし、日本が第二順位とした「高齢者・基礎疾患のある者」というのは、グローバルスタンダードではない。例えば、アメリカの疾病対策センター(CDC)の予防接種諮問委員会が発表した指針では、第一段階で感染リスクの高い医療従事者と介護施設の入所者が対象となっているが、第二段階は清掃作業員などのエッセンシャルワーカーで、65歳以上の高齢者と基礎疾患のある人は第三段階だ。
 春節までに5000万人に対してワクチン接種を予定している中国も、優先されるのは、医療機関従事者、警察・消防関係者、税関当局者、運輸・交通関係者などだ。
 理論的に考えても、もし高齢者の感染リスクを下げようと思うのであれば、高齢者が接触する機会が多い人、例えば介護従事者などのエッシェンシャルワーカーに優先接種するほうが合理的だ。
 日本の場合は、高齢者は、重症化のリスクが高いので、高齢者の命を守るために優先して接種する必要があるということになっているのだが、不思議なことがある。
 7月の段階で、政府は高齢者のほかに妊婦も優先接種の対象としていた。優先して命を守るべき対象という意味では同じ位置づけだ。現に、自治体のなかには、高齢者とともに妊婦に対してもPCR検査を受けるための補助を出しているところがたくさんある。
 ところが、新型コロナウイルス感染症対策分科会は、9月25日の中間報告で、妊婦への接種を「国内外の科学的知見を踏まえて検討」として、優先接種の対象から外したのだ。
 なぜだろう。生ワクチンなら分からないでもないが、今回のワクチンはRNAワクチンだ。母子にすぐに危険が及ぶ可能性は低い。やはり問題は副作用だろう。新型コロナのワクチンは緊急承認されたものだから、副作用に関する十分な検証が行われていない。時間が経って、何らかの健康被害が出てくる可能性は否定できないのだ。メディアで出会う医師や感染症の専門家も、絶対に副作用はないとは言えないと口を揃えている。
 そのことがあるから、妊婦には優先して接種しないが、老い先の短い高齢者にはリスクを取る。政府はそんなことを考えているのではないだろうか。

後期高齢者の医療費負担を2倍に

 政府が高齢者を軽視していることの傍証はいくつもある。例えば、政府の全世代型社会保障検討会議は12月14日に最終報告書をまとめ、年収200万円以上(単身世帯の場合)の後期高齢者の医療費窓口負担の割合を、2022年度後半から、現行の1割から2割に引き上げることを決めた。報告書は「後期高齢者支援金の負担を軽減し、若い世代の保険料負担の上昇を少しでも減らすことが最重要課題」だと書いている。要するに、高齢者の生活よりも現役世代の生活を優先しようということだ。
 そして、政府が高齢者を軽視していると仮定すると、今回の新型コロナ対策が後手後手に回っていることも説明できるのだ。
 新規陽性者数や重症者数が過去最多を連日更新し、医療崩壊が進むなかで、政府はGoToトラベルキャンペーンを継続してきた。12月14日になって政府はようやく12月28日から1月11日までGoToトラベルを全国一斉に一時停止することを決めたが、これは暴走する自動車のアクセルから足を外しただけに過ぎない。緊急事態宣言や県境を越える移動の自粛といった強いブレーキは踏んでいないのだ、これでは感染拡大を止めることができないだろう。
 私は、新型コロナの感染第三波は、「人災」だと考えている。国立感染症研究所が12月11日に発表した新型コロナウイルスのゲノム分子疫学調査によると、3月に流行した感染第一波は、中国から持ち込まれた武漢型だった。それは完全に封じ込めに成功した。しかし、3月に日本に流入し、夏に流行した感染第二波は、第一波とは遺伝子が異なる欧州型だった。そして、国立感染症研究所の分析で、7月以降の検体すべてが、欧州型であることが分かったのだ。
 感染第二波は、完全収束しなかった。政府が7月22日に東京を除くGoToトラベルを開始しても、新規陽性者数は一定水準で1カ月半も横ばいを続けた。つまり、東京を除いたGoToトラベルの実施というのが、ギリギリの感染症対策と観光業サポートのバランスだったのだ。そこに10月1日からGoToトラベルに東京を加えたのだから、感染第三波が生まれるのは、確実だったのだ。東京に残っていた第二波のウイルスが、GoToトラベルで全国に広がったというのが、感染第三波の正体なのだ。

高齢者の「生産性」

 新型コロナ感染症の特徴は、年齢別の死亡率が大きく異なることだ。感染した場合、50代以下は0.06%と、ほとんど死なないが、60代以上は5.7%が死亡する。つまり、感染拡大は労働力を奪わず、高齢者の命を選択的に奪うのだ。
 高齢層に生産性は、ほとんどない。むしろ、経済の足を引っ張っている。75歳以上の後期高齢者の1人当たりの医療費は年間91万円、介護費が48万円、年金給付が137万円で、合計276万円もコストがかかる。それがなくなれば、生産性を大きく引き上げることができるのだ。生産性上昇を大きな目標と掲げる菅政権が、高齢者の命を軽視している可能性は極めて高いのではないか。
 ここのところ、大阪市や札幌市の新規陽性者数が減少傾向に転じている。飲食店の営業時間の短縮要請をし、GoToトラベルの一時停止をしたからだ。「人と人との接触を減らせば、感染は抑制される」という当たり前のことが再確認されたのだ。強い行動規制を行えば、感染を減らすことは、いつでも可能なのだ。
 もし、政府に高齢者の命を守る気が本当にあるのなら、いまだに感染拡大を続けている東京23区を封鎖して、住民全員のPCR検査を行って、陽性者を隔離することだ。感染源を絶つことが、最も効率的かつ効果的な感染拡大防止策だからだ。

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森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。