第84回:緊急経済対策の背後にちらつく財務省の影(森永卓郎)

国民の8割が給付を受けられない

 政府は4月7日に新型コロナウイルスの感染拡大に対する緊急の経済対策を発表した。総額108兆円と過去に例のない大型対策だと総理は胸を張ったが、これは「事業規模」であり、融資枠などを単純に合計しただけで、実際の財政負担額(真水)は39兆円と小さい。

 最大の焦点だった現金給付は、世帯当たり30万円ということになったが、実はここにも数字のカラクリがある。給付を受けられるのは5000万世帯のうち1000万世帯だという。つまり、国民の8割は1円も給付が受けられないということだ。
 例えば、アメリカでは家計支援として、大人一人当たり13万円(子どもは5万5000円)をすべての国民に一律で給付する。イギリスは、賃金の8割を休業補償する。フランスは、企業が従業員に額面の70%を支払い、国がその全額を補償する。コロナ対策で収入が減る国民に対して、あまねく補償するというのが、世界の流れだ。それなのに日本は8割の世帯が給付を受けられないのだ。

 また、休業を要請された企業に対する補償も併用するのが世界の主流だが、安倍総理は、休業を要請する企業に対する補償を行う考えがないことを表明した。
 国民や企業に厳しい自粛を要請しながら、企業への休業補償はしない。国民の8割には1円も支払わない。世界でも特異な政策を日本政府は決めたのだ。
 経済対策の目玉だった30万円の給付だが、本稿執筆時点では、詳細な運用基準が明らかになっていない。だが、報道ベースによると、次の二つの条件のいずれかを満たす世帯が受給できる。

①2月以降に収入が減少し、年収換算で住民税非課税水準まで落ち込む世帯
②2月以降に収入が半分以下に減り、住民税非課税水準の2倍以下に落ち込む世帯

 住民税が非課税になる年収は、自治体ごとに微妙に異なるが、東京23区内に住むサラリーマンの場合、単身世帯で年収100万円以下、専業主婦と子ども2人の4人世帯(以下便宜的に標準世帯と記すが、もちろん標準ではない)は年収255万円となる。
 そもそも今年の年収は、年末が来ないと分からない。それをどう解決するのか現時点ではよく分からない。ただ、サラリーマンがこの条件を満たすのが相当むずかしいことは間違いない。
 普通のサラリーマンは、労働条件不利益変更禁止の法理があるから、会社が苦境に陥っても、給与はすぐには減らない。減るのはボーナスだ。ボーナスが激減しても、普通は年収が2割程度減るだけだろう。ということは、①の条件を満たす可能性があるのは、元々の年収300万円以下ということになる。男性で年収300万円以下のサラリーマンは、国税庁の民間給与実態調査によると、全体の2割だ。妻がパートの場合は、出勤抑制などで、年収が減るケースは多いだろうが、今回は世帯が適用単位なので、パートの妻の減収はカウントされない可能性が高い。
 年収半減という②の条件は、正社員のサラリーマンの場合は、適用されるケースがほとんどないと思われる。
 年金生活者は、住民税非課税世帯が多いが、年金給付は今年4月から0.2%改善されているので、「収入が減少」という条件を満たせず、ほとんど対象にならないとみられる。
 ただ、こんなケースはもらえるのかもしれない。例えば、年金以外に少しだけアルバイトをしていたが、コロナの影響でアルバイトをやめた高齢世帯は、①の条件に当てはまる可能性がある。
 また、夫が単身赴任で世帯を分けており、単独世帯となっている妻がアルバイトを減らした場合、①も②も条件を満たす可能性がある。
 繰り返しになるが、詳細な運用条件が明らかになっていないので、これは正しくないかもしれない。しかし、報道ベースだけから考えると、条件を満たすように思われる。もしそうだとすると、とてつもない不公平ではないだろうか。同じように世帯年収が減っているのに、普通の世帯は1円も給付がもらえないのに、夫が単身赴任しているだけで、妻が30万円もの給付が受けられるからだ。
 そのほかにも、あまりに複雑な制限を設けたため、今後、市役所に問い合わせが殺到するとみられる。そうなったら、そこで感染が拡大する可能性さえあるのだ。

史上最大の愚策

 私は、今回の経済対策は、史上最大の愚策だと考えているが、なぜこんなことが起きているのだろうか。

 3月31日に自民党政務調査会が政府に提出した提言には、「消費税5%減税分(国分)に相当する約10兆円を上回る給付措置を、現金給付・助成金支給を中心に、クーポン・ポイント発行等も組み合わせ、全体として実現すること」、「所得が大きく減少し、日常生活に支障をきたしている世帯・個人に対し、緊急小口資金特例とは別に、日々の生活の支えとなるような現金給付を感染終息に至るまでの間継続的に実施し、万全なセーフティネットを構築すること。支給にあたっては、支給基準を明確化し、市区町村に過度な負担とならないよう努めること」と書かれている。
 要望された給付措置の予算は10兆円、これを単純に人口で割ると、1人当たり8万円ということになる。そのままでは、諸外国の給付措置と比べて、どうしても見劣りしてしまう。そこで支給の単位を世帯として、水増しすることにした。一世帯あたりの平均人員は2.5人だから、同じ予算で、表面上2.5倍の給付ができる。つまり、8万円×2.5=20万円となる。ただ、それだとインパクトがない。そこで、収入減少などの条件を付けることで対象世帯を絞り込み、一世帯当たりの金額を30万円まで増やしたということではないだろうか。
 そして、最終的に条件をさらに厳しくすることで、この30万円の給付の予算は、3兆円にまで圧縮されたのだ。

 ただ、アメリカ並み(大人一人当たり13万円、子供は5万5000円)の給付をしても、予算は15兆円で済む。一律給付にすれば、迅速な対応もできるし、市区町村の負担も非常に小さい。108兆円の経済対策を行うというのであれば、15兆円を現金給付に振り向けても、多くの国民が納得するだろう。
 しかし、自民党政調の提言をみると、10兆円の予算は、消費税5%分と書いてある。実は、自民党の若手議員のなかからは、新型コロナウイルス感染拡大にともなう経済対策として、消費税を5%に引き下げる案が提案されていた。10兆円を給付するというのは、現金給付でその分を国民に還元するから、消費税減税をあきらめなさいということだ。実際、自民党政調の提言のなかに、消費税減税は一切含まれていないのだ。

「経済合理性より財政緊縮」の財務省

 私は、この史上最悪の愚策に、財務省の影を感じざるを得ない。財務省は、戦後最大の経済危機に遭遇しても、財政緊縮という基本姿勢をまったく変えていない。財政緊縮というのは、税金は消費税を中心に1円でも多く取る、財政支出は1円でも抑制するというやり方だ。
 実は、景気が悪化した場合、適切な財政出動を行って景気を戻した方が、中長期でみたときには、財政はよくなる。景気が悪化すると、税収が落ちてしまうからだ。ただ、財務省は、目先の財政収支の悪化を嫌がる。それは一体何故なのか。
 最近、日銀OBと話をしていて、なるほどと思ったのは、日銀も財務省と同じ官僚組織だが、トップが指示すればガラリと変わる組織だということだ。現に、日銀は、第二次安倍政権以前は、インフレターゲットを「トンデモ経済理論」として相手にもしていなかったのだが、安倍政権がいまの黒田総裁を任命すると、突然、インフレターゲットを金融政策の基本政策に据えたのだ。

 ところが、財務省はそうではない。政権がどんなに変わっても、「緊縮」というスタンスを変えない。それどころか、野田政権のときが典型だったが、政権に働きかけて、政党の政策を緊縮に変えさせてしまうのだ。
 言い方が悪いかもしれないが、私は、日本の財務省は一種の宗教団体なのではないかと考えている。経済合理性よりも、財政緊縮という教義が最優先されるからだ。
 新型コロナウイルス終息後に、日本経済を立て直すためには、残念ながら、財務省解体というところから始めないといけないのかもしれない。

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森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。