新型コロナウイルス感染症拡大によって、私たちの生活における公共サービスの重要性と、その体制の脆弱さが浮かび上がりました。「コスト削減」や「効率化」の名の下で進められてきた公務員の人件費削減と非正規化やアウトソーシング。「その結果、公共サービスを受ける私たちの生活にも影響がでている」とNPO法人官製ワーキングプア研究会・理事長の白石孝さんは指摘します。白石さんと、自治体で非正規職相談員として働く藍野美佳さんにも当事者としてお話を伺いました。
※取材は2020年12月初旬に行ったものです
半減した保健所、非正規職が支える公共サービス
――コロナ禍のなか、保健所や病院、行政の各種給付金の窓口などがパンク状態になりました。日本の「公」の体制は大丈夫なのだろうか、と不安を覚えた人は多かったと思います。
白石 保健所は、1993年度は全国848カ所にありましたが、2020年度にはほぼ半減して469カ所にまで減りました。病院についても、厚労省が公立・公的医療機関の再編・統合を検討するとして400以上の施設名をあげていましたよね。さすがに、これはコロナ禍を受けて計画延期を表明しましたけれど。
公的機関が減らされているだけでなく、問題なのは、住民の生活にかかわる公共サービスを多くの不安定な非正規職の人たちが支えていることです。総務省の調査では、地方自治体の正規職員数のピークは1994年で約328万人。それが2019年には約274万人になって54万人も減っています。
――正規職公務員が減った分、非正規職が増えているということでしょうか。
白石 そうです。地方自治体での臨時・非常勤職員などの非正規公務員は、2005年には約45万人だったのが、2016年には約64万人と41%も増加しました。「およそ5人に1人が非正規」ということになりますが、この調査は対象が「任用期間6カ月以上」で限定されていたり、国の非正規公務員は含まれていなかったりするので、実際に非正規で働いている公務員はもっと多いはずです。
たとえば、厚労省の機関であるハローワークで働く相談員も、6割が非正規雇用です。東京都臨時職員として2カ月単位での任用期間を繰り返し、10年以上も働いている人がいますが、有休もありません。こういう人は調査の対象には入らない。正規職と同じような仕事をしていても給料が低く、いつ雇い止めにあうかわからないのです。
――NPO法人官製ワーキングプア研究会では、国や自治体が「ワーキングプア」を生み出しているとして、この問題をずっと取り上げてきています。
白石 ワーキングプアとは、フルタイムで働いても生活保護水準以下の収入の層を指し、ボーダーラインは年収200万円です。公共サービスを支える非正規職のなかには、最低賃金に近い時給で働いている人たちも多くいます。
「官製ワーキングプア」の問題に取り組む白石孝さん。かつては荒川区の職員として働いていた
自治体の窓口業務を派遣会社が請け負う
――生活に必要不可欠な公共サービスの仕事を、低賃金で不安定な立場の労働者が支えていることに違和感を覚えます。最近では、コロナの影響で生活保護を申請した人への福祉事務所の対応が問題に上がっていますが、相談窓口で最初に相談を受ける職員も非正規職だったり、外部委託の社員だったりするそうですね。
白石 生活保護の窓口では、まず非正規職の面接相談員が相談者と面接をしてから、正規職のケースワーカーが審査・決定処分などを行うという自治体があります。私も生活保護申請に同行することがあるので、福祉事務所の対応がひどいと思うことはあります。その背景には、一人のケースワーカーが100世帯を大きく超える被保護世帯を担当し、窓口を担う職員が上司から申請を受けないように圧力をかけられている状況もある。そういう構造から変えていかないと問題は解決しません。
窓口業務を派遣社員に委託する自治体も増えています。区役所の窓口に行くと、カウンターにいて住民に対応する職員は大体が非正規職で、委託社員や派遣社員であることも多い。その奥に正規職の公務員がいて、さらにもっと奥に課長がいるという構図です。
――そうなんですか。官公庁や自治体の窓口で対応する人が派遣社員かもしれないなんて、意外に思う人は多いんじゃないでしょうか。
白石 そうでしょうね。コロナ対策で10万円の特別定額給付金が出たときに、役所が申請や問い合わせの人たちで混雑したじゃないですか。あのときも、ちゃんとした研修も受けられないまま派遣社員が住民に対応していた自治体があったそうです。だから、ひたすら住民に頭を下げるしかなかった、という話を聞きました。
でも、そういう実態は知られていなくて、「公務員バッシング」という言葉があるように、公的機関で働いている人たちは安定していて、高い給料をもらっているんだろう……というイメージがついてしまっていますよね。
――派遣社員は公務員扱いではないので、やはり先ほどの調査の数にも含まれていないということですよね。実態はどうなっているのだろう……と思います。
白石 私たちは「官製ワーキングプア」というときに、国や自治体に直接雇用されている公務員だけでなく、公共サービス部門で働く、株式会社、社会福祉法人、NPO法人、財団法人、社団法人などの労働者も含めて考えています。
なぜなら正規職公務員が非正規職に置き換えられてきただけでなく、公共サービスが業務委託や指定管理という形で外部に委託されている状況も進んでいるからです。そのなかには図書館や生涯学習施設、保育所などがある。そこで働く人たちの多くも非正規職で、賃金が低い。それは入札とはいえ、自治体から払われる委託料が低いからです。でも、「人にお金をかけない」なんて最悪ですよ。
2000年に介護保険制度が始まりましたが、これは最初から民間ベースですよね。国や自治体の直接雇用ではないけれど、やはり公共サービスの実施者です。ですから、社会的公的サービスを支える労働者=「エッセンシャルワーカー」と捉えて、広く問題を考えていかないといけないと思っています。
――なぜ、このように公務員の非正規化が進んでいったのでしょうか?
白石 非正規が増えていったのは、80年代のなかばからですが、理由としては、行政サービスの需要がふくらんだ対応として、正規職員を増やすのではなく、非正規職員を充てるか外部委託する方向に進んでいったことがあります。
それから81年から83年までの「第二次臨時行政調査会」(※)、中曽根康弘さんと、当時の経団連会長・土光敏夫さんにちなんで、「土光・中曽根臨調行革」と呼ばれるものですが、これが大きく日本の雇用形態を変えていきました。要するに、人件費のかかる地方財政は削っていきましょう、というコスト論が横行したんです。
それが本格化したのが90年代後半の橋本龍太郎首相のとき。さらに、2000年に入ってからの小泉純一郎内閣による小泉構造改革(聖域なき構造改革)が決定的でした。3段階かけて日本の雇用はくずれていきました。
※臨時行政調査会:行政改革のための諮問機関。「増税なき財政再建」を謳い、三公社(当時の日本電信電話公社、日本専売公社、日本国有鉄道)の分割・民営化を行った
「一斉に雇い止め」「月給が13万3千円に」
――地方自治体の非正規公務員については、今年4月に「会計年度任用職員制度」が導入されました。民間のボーナスにあたる期末手当を受け取れるようになるなど、改善が期待されていましたが、実情は?
白石 昨年2月、年度の切り替えを前に、官製ワーキングプア研究会でホットライン相談会を開いたのですが、そのなかには会計年度任用職員制度にかかわる相談も多く寄せられました。
制度が始まる前に「雇い止め通告を受けた」、「月額報酬を減らされた」という相談があったほか、フルタイム勤務だった人が「勤務時間を1日15分だけ短縮させられた」というのもありました。15分減らすことでフルタイム扱いでなくなり、退職手当を出さなくてよくなるからです。地方公務員や国家公務員の職場には労働組合がないところもあり、非正規職の問題を扱う労働組合はさらに少ないことも問題です。何かあっても相談する先がないんですよ。
●勤続10年だが、来年度から委託になり「次の更新はない」と言われた。(女性・図書館)
●勤続6年目。週3日を2日に、1日7.5Hを6.5Hに変更される。そうなると賞与が出なくなると聞いた。一方、仕事は4月から職員と同じ内容になる。(女性・司書)
●臨時職員。新制度の説明が全くなされない。一斉に雇い止めにされ、ハローワークで再応募。(男性・自治体)
●非常勤嘱託で4年。次年度から会計年度(任用)職員。月給18万円が13万3千円に。賞与が出るようだが、これだけ下がると生活できない。(男性・ダム管理員)
※官製ワーキングプア研究会 資料より
トリプルワークをしないと生活できない
――藍野さんは、広島県の自治体で婦人相談員として働いているそうですが、職場の状況はどうなのでしょうか?
藍野 私は広島県にある市で婦人相談員として働いて8年になります。以前は特別職非常勤職員という立場でしたが、昨年4月からは会計年度任用職員になりました。週5日、9時から16時までの週30時間働いて、給与の手取りは10万円ちょっと。自治体の相談員の仕事だけでは生活できないので、夜は焼き肉屋で働き、週末は別の相談窓口での仕事を掛け持ちする、いわゆるトリプルワークをしています。昨夏には働きすぎで過労になり、自動車で職場に向かう途中にハンドル操作を誤ってしまい、10日間入院するということもありました。
広島県の自治体で婦人相談員として働く藍野美佳さん。相談員の仕事では「生活が成り立たない」と話す
――それは大変でしたね……。
藍野 周りには3年もたたずに辞めてしまう相談員がたくさんいます。本来なら、3年かけてひと通りの現場を経験して、相談員としては「これから」というところ。相談者の状況は一人ひとり違いますし、婦人相談員には知識も経験も必要です。住民の命や暮らしにかかわるものなので無責任にはできない仕事です。市は研修予算を出してくれませんが、私は自費で研修や勉強会に参加しています。
それなのに、何年働いても賃金は低く、全く評価されない。だから、みんな力尽きて続けられなくなるんです。そうやって相談員が続かないことで、いちばん被害を被っているのは相談に来る市民だと思います。コロナ禍でもDVや性暴力、虐待の相談が増えているのに、特化した知識や経験をもつ相談員が育たない状況です。
――意欲のある人たちが働き続けられないのはつらいことです。
白石 婦人相談員だけでなく、児童相談所相談員、消費生活相談員なども非正規職が非常に多いんです。たとえば全国に配置された家庭児童相談室の相談員1623人のうち、非正規職は1513人(93%)。しかも女性が83%を占めています(15年全国家庭児童相談員連絡協議会)。
藍野さんが言うように、こういう状況のしわ寄せは、いざというときに市民に来る。イギリス在住のブレイディみかこさんが、医療、教育、介護、保育など直接的に他者をケアする仕事をする人を「ケア階級」と呼び、「コロナ禍で明らかになったのは、ケア階級の人々がいなければ地域社会は回らないということだった」と話していますが、その通りだと思います。
――とくに人に接しなくてはいけない人たちが、このコロナ禍で大きな負担を強いられていますね。
白石 そうした実態を把握するために、昨年5月に、医療や介護、保育士、学童保育支援員、児童や女性相談の相談員など、地域や社会の生活に必要不可欠な公共サービスで働く人たちに、最初の緊急事態宣言がでたときにどんな影響があったのか、アンケート調査を行いました。正規・非正規を問わず二百数十人から回答が寄せられましたが、回答者の6割が女性の非正規職。感染対策でも正規と非正規で差別化されたという声が多くありました。
●正職員はコロナの特別休暇でほぼ休みで感染防止対策を取り、派遣は通常通りの出勤を指示され消毒とマスクで感染防止対策をしています。派遣も同じように感染防止できるようにしてほしい。(保育所保育・派遣社員)
●正規職員は時間差出勤、会計(年度)任用職員はなにも変わらない。コロナ対策で仕事がどんどん増えている。(事務職・パート会計年度任用職員)
●正規職員は在宅勤務が認められたが、私たちは有休をとらなければ家にいられない。利用者に密接密着せざるを得ない仕事をしているが、利用者を減らすなどの対策はしてもらえない。(介護・福祉、フルタイムの会計年度任用職員・臨時職員)
●手取り給料が少ないため、アルバイトが主な生活費の捻出場所であったが、自粛でアルバイトの勤務がなくなり生活に困窮している。(相談支援員・パートの会計年度任用職員)
●4月の給与から約2万円減収した。昨年同様の業務を行っているにもかかわらず、減収となり生活の見通しが立たず困窮している。手取り額は12万円。相談に来る方のほうが収入が高く、相談の度に自分の給与の低さに情けなくなる。(相談員・不明)
※「新型コロナウイルスによる公共サービスを担う労働者への影響調査」(2020年5月1日~31日 WEBアンケート調査)官製ワーキングプア研究会 資料より
公共サービスの「コスト削減」を考え直すとき
藍野 官製ワーキングプアの問題を訴える集会で聞いた、大阪の学童保育で働いていた指導員の話が印象に残っています。その人が非正規職員として働いていた公営の学童保育事業が2019年度に民間企業に委託されて、委託先企業との雇用契約を結んだにもかかわらず、コロナ禍による臨時休校中に急に雇い止めにあったそうなんです。
白石 その学童事業では、民間委託になったときにほとんどの職員が引き継がれたんだけど、労働組合の役員だけが解雇されたんです。
藍野 その後、その人が近所でばったり子どもに会ったときに「先生、いつ帰ってきてくれるの?」と泣きながら言われて、何とも言えなかったと話していました。ただでさえコロナで子どもたちが不安なときに、どうしてそんなことが起こるか、なぜ子どもにそんな思いをさせなくてはいけないのか。私は相談員という立場ですが、市民に接しているところでは同じ。非正規職への差別や軽視は、市民の軽視につながっているように感じます。
――たしかに、小さな子どもを育てていると、「学童や保育園の民営化ってどうなの?」 「もっと保育園や保育士に予算が必要では?」と疑問に思うことがあります。ただ、そうした問題をほかの公共サービスにまで広げては考えないかもしれません。
もちろん男性で大変な思いをされている人もいますが、低賃金・不安定雇用の労働者の多くが女性であることを思うと、背景には女性差別の問題もあるように感じます。
白石 統計データから言っても、日本の非正規労働者の7割近くが女性。社会的な差別構造が影響しているのは間違いないと思います。
――「コスト削減」や「効率化」は、一見「いいこと」のように聞こえますが、結果的に多数の官製ワーキングプアが作り出され、公共サービスを脆弱にしてきたことを、きちんと考えないといけませんね。
白石 日本の公務員比率は、OECD報告書(17年度版)でも、30か国中最下位の5.9%(全労働者比率)。その次に低いのが韓国だったのですが、ソウル市では1万人の非正規職を正規職に転換しています。韓国のほかの自治体でもそうした動きが加速しているので日本との差がついていくでしょう。米国でさえ15.3%、トップのノルウェー、デンマーク、スウェーデンは28~30%なんですよ。
最近、私はよく「壊された公共」という言い方を使っているのですが、80年代の第二次臨時行政調査会から始まり、民営化、規制緩和、緊縮政策が積み重なって、いまの状況に至っています。この「壊された公共」が、公共サービスの受け手である私たちの生活にも影響を及ぼしている。今回のコロナ禍では、それがよく表れたのではないでしょうか。これを機に、公共のあり方を見直さなくてはいけないと思います。
――公共サービスを担う人たちの待遇が悪く、安心して働くことができなければ、私たち市民が不利益を被ることにもつながります。
白石 いま仲間たちと取り組んでいる生活困窮者支援の「新型コロナ災害緊急アクション」では、約40団体と連携して分野横断的なネットワークをつくったことで、省庁や東京都とも制度改善の交渉ができるようになりました。官製ワーキングプアの問題も、さまざまな現場で働く当事者だけでなく、サービスを利用する市民、地域づくりにかかわる人たちなどと一緒に幅広いネットワークをつくって、構造から変えていきたいと思っています。
(取材/マガジン9編集部、構成・写真/中村未絵)
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しらいし・たかし●1950年生まれ。NPO法人官製ワーキングプア研究会理事長、NPO法人日本ラオス子どもの未来理事長、荒川区職員労働組合顧問(前書記長)。自治のあり方、国民総背番号制、多文化共生など幅広く活動してきた。あわせて、1990年代から韓国の非正規労働に関する調査と交流を進め、ソウル市政の調査・研究、日本への紹介も行う。共著『なくそう!官製ワーキングプア』(日本評論社)、編著『ソウルの市民民主主義~日本の政治を変えるために』(コモンズ) など著書多数。