『相撲道ーサムライを継ぐ者たちー』(2019年日本/坂田栄治監督)

 オリンピックへの興味が失せ始めたのは1996年のアトランタ大会からだ。1896年の第1回アテネ大会から100周年に当たる記念大会は当然、ギリシャの首都で開催されると思っていた。アトランタ・オリンピック最大のスポンサーであるコカ・コーラ社がロビー活動を展開していたが、IOC(国際オリンピック委員会)委員はギリシャ開催を推すだろう。そう思っていたら、IOC総会は多数決でアトランタに決めた。
 しょせん金か――。
 IOCの姿勢は、今年に延期された東京オリンピックを前に露骨になっている。無観客開催だとか、選手に優先的にワクチンを打つだとか。2024年のパリ、2028年のロスアンゼルスを1回ずらせばいいだけなのに、なぜかそれを「現実的ではない」という。国内に目を転じれば、JOC(日本オリンピック委員会)会長を差し置いて、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長の職につく政治家が「どういう形でもやる」と息巻いている。
 この人たちはオリンピックが好きなだけで、スポーツを愛しているとは思えない。お歴々の言動にうんざりしていたところ、オリンピックとは無縁の世界を描く作品に見入ってしまった。
 境川部屋と高田川部屋に半年間密着したドキュメンタリーである。稽古で身体を限界まで追い込む巨躯の男たちの飛び散る汗や荒い息遣いがスクリーンからはみ出してくるようだ。
 境川部屋、幕内力士の妙義龍は、身長190センチがざらで体重も150キロを優に超える男たちのぶつかり稽古を称して「毎日、交通事故に遭っているようなもの」という。
 高田川部屋は、元関脇安芸乃島が親方を務める厳しい稽古で有名だ。その部屋の最高位である竜電は、かつて稽古場から「生きて帰れないんじゃないかと思った」という。
 股関節を何度も骨折し、今度やったら内臓を支えきれないとまで言われた竜電だが、四股や腕立て伏せなど基本動作を徹底して繰り返し、序の口から幕内にまで這い上がってきたのだ。
 そんな彼らは「ぼくの相撲でみんなを勇気づけたい」なんて言わない。右大胸筋上腕骨付着部筋断裂という大けがを負った境川部屋の豪栄道(現在部屋付きの年寄武隈)は「なんともないです」とぼそりと言った後、15日間を戦って勝ち越した。
 サブタイトルは海外宣伝向けなのだろう。「サムライ」という言葉は、フルコンタクトで戦う全身が武器のような彼らには矮小にすぎる。
 日々、これだけ過酷な稽古を続けている者同士、本場所で肌を合わせれば、相手がどれだけ鍛錬をしてきたかがわかるだろう。努力を怠らず、全身全霊をかけて向かってくる力士に敬意を表して、土俵を割ってしまうこともあるのは容易に想像がつく。
 江戸時代、相撲取りは「一年を二十日で暮らすよい男」などといわれた。場所は春と秋だけで計20日間だったのを揶揄した言葉だが、それ以外にも巡業や大名家の御用など忙しかったという。
 現在の大相撲、せめて年間4場所にできないか。あの過酷な戦いを2カ月に1回行うのは酷である。世界最強の男たちを興行のために壊してはいけない。

(芳地隆之)

日本相撲協会は性急に横綱や大関をつくり過ぎる。だからその器に耐え切れず、結果として短命で終わってしまう――豪栄道関もそのひとりだと思っていた。が、この映画を見て、あなたが大関の器にふさわしい力士であることがわかりました。大変失礼しました

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