山口香さんに日本のスポーツ界を牽引してほしい(芳地隆之)

 JOC(日本オリンピック委員会)委員を務める筑波大学体育系教授の山口香さんの発言に注目するようになったのは、2012年9月25日付朝日新聞の記事『耕論・ニッポン柔道の落日』を読んでからだ。

 当サイトの『マガ9スポーツコラム』で「金メダル至上主義をめぐる誤解―全日本女子柔道監督の暴力事件について―」として紹介したとおり、山口さんは日本の柔道のレベル低下の原因は過去の成功体験と精神主義にあるとし、指導者の資質と能力を問うている。

 当時、全日本女子柔道監督の園田氏は、自らの暴言の連続に対して教え子たちが批判の声を上げても辞任しようとしなかった。こうしたことがその後も繰り返されるのはなぜか。

 山口さんは日本の女子柔道の先駆け的な存在である。現役時代は寡黙でストイックなイメージが強かった。山口さんが活躍したのはオリンピックで女子柔道が正式種目にされる1992年のバルセロナ五輪以前、1980年代。男子ばかりの世界でプレッシャーやハラスメントを日々受けながらの競技人生だったのではないか。柔道に打ち込む女性を「面白おかしく」報じる(このセリフ、最近、誰かが言っていましたね)メディアもあったことだろう。

 山口さんは昨年3月、新型コロナウイルスの感染拡大を鑑みれば、「東京オリンピックの延期はやむを得ない」と語った(2020年3月20日付『朝日新聞』)。それに対してJOC会長の山下泰裕氏(同じく柔道界出身)は「みんなで力を尽くしていこうというときに、そういう発言をされるのは極めて残念」とコメント。私は、この「みんなって誰ですか? と聞きたかったが、その後、山口さんはNHKの番組(サンデースポーツ)で「A案、B案、C案というように複数の選択肢を挙げておくべきです。一案だけで、また変更になったら、選手がまた戸惑ってしまいます」と語っており、それは山下氏に対する十分な反論にもなっていた。

 しかしながら、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は延期の決定から1週間も経たないうちに2021年の7月23日開催の見通しを発表するなど、何がなんでも開催の姿勢を示す。

 山口さんは2021年1月26日付『朝日新聞』の記事「2020+再考 残念だけど難しい――が、冷静で現実的な感覚なのでは」において、多くの国民がコロナ禍での五輪は中止、もしくは延期すべきと考えていることについて、普段さりげなく歌を口ずさむことを例に挙げてこう述べている。

 「スポーツ界は、トップレベルばかりに価値を置いてこなかっただろうか。高い目標をもって精進することこそが素晴らしいとされ、『口ずさむ』だけのスポーツは評価されず、勝利至上主義や体罰を生む土壌にもなった。スポーツが楽しいものとして根付いていたなら、五輪を『アスリートのため』だけではなく、自分ごとして考えてくれたかもしれない」

 山口さんはここでスポーツの本来の価値とは何か、五輪は何のためにあるのかという根本的なところを問うている。スポーツの価値についてこれほど端的で明確な文章を私はこれまで読んだことがない。

 その記事が出た約1週間後、森喜朗・東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長の女性蔑視の発言が明らかになった。森氏は辞任すべきとの声が国内外から上がる一方、政権与党内からは違う声も上がった。たとえば、世耕弘成参議院議員は、森氏を「余人をもって代えがたい」と発言。それに対して、山口さんは「森会長ほどの方ですから、自身が次を託す方を育てていないはずがない」と反論した(2021年2月6日『東スポWeb』)ものの、森氏が後任に考えたのは日本サッカー協会相談役の川淵三郎氏であることが判明したことで、2人とも第一線を退くことになりそうである。

(芳地隆之)

山口さんは現役時代「女三四郎」と呼ばれていたが、それを言うならば「男ジャンヌ・ダルク」とかいう物言いもありだよな、と思います(イラスト:筆者)