第165回:ニュージーランドの国民投票運動団体が提出した “支出報告書” の内容(南部義典)

1カ月延期された国民投票

 第157回「ニュージーランド国民投票法に学ぶ “広告規制”」(2020年8月5日掲載)では、当時9月19日に予定されていた国民投票について、2つの案件(①娯楽用大麻の合法化の賛否、②積極的安楽死の合法化の賛否)の概要と、日本にはみられない広告規制、運動費用(支出)規制の枠組みを紹介したところです。
 しかし、現地ではその後、新型コロナウイルスの感染拡大の兆候があり、最大都市であるオークランドでロックダウンが行われたこと(8月12日から26日まで)などの影響で、国民投票は約1カ月後の10月17日に延期されました。延期後のスケジュールも一時期危ぶまれましたが、幸い、ロックダウンは功を奏し、国民投票は無事に行われました。
 娯楽用大麻の合法化は反対多数(賛成1,406,973票、反対1,474,635票、無効26,463票)、積極的安楽死の合法化は賛成多数(賛成1,893,290票、反対979,079票、無効35,702票)という結果が確定しています。後者の結果には法的拘束力があり、2021年11月6日には関係法が施行される予定です。
 国民投票の結果もさることながら、ここで改めて「制度」に注目したいと思います。まず、投票日が約1カ月延期になったことにより、国民投票運動のための広告、運動費用(支出)の規制が若干、変更されています。また、制度上の特長といえますが、運動団体による「支出報告書」が2021年2月17日までに政府に提出され、同23日にウェブサイトで公開されています。
 そこで今回は、ニュージーランド国民投票の「その後」を追いつつ、日本でこれから始まるであろう国民投票法改正の議論に必要な「視点」を提示したいと思います。

NZ国民投票制度の概要(特長)

 ニュージーランドでは、国民投票の際の広告規制、運動費用(支出)規制がどうなっているのか、改めて解説します。(表1)を見ながら、読み進めてください。1NZドルは現在のレートで約77円です。金額はすべて「税込み」です。

(表1)運動費用(支出)に関する規制

支出額(NZドル) 0 13,600 100,000 338,000
以下 以下 以下(上限)
広告主登録 不要 必要
支出報告書の提出 不要 必要

 第一の特長は、広告主登録の制度です。政府が定めた運動費用規制期間(8月18日から10月16日までの60日間)のうちに、国民投票運動の広告のために13,600NZドルを超える支出をしようとする者は、広告主登録をしなければなりません(ただし、在外邦人は登録ができません)。登録をしなかった者には、罰則の適用があります。今回、①大麻国民投票では15団体、②安楽死国民投票では14団体が登録しました。
 なお、「広告」には、新聞、雑誌、ポスター、看板、リーフレット、テレビ・ラジオの放送、ウェブサイトなど、あらゆる媒体のものが含まれます。また、これらの広告の準備、デザイン、制作、印刷、発送、公開の作業に係るスタッフの報酬も含まれます。

 第二の特長は、運動費用(支出)の額に、上限が設けられている点です。今回は、①大麻国民投票、②安楽死国民投票について各々等しく338,000NZドルと設定されました。上限額を超える支出をした者に対しては、罰則の適用があります。

 第三の特長は、支出報告書の提出を義務付けている点です。登録した広告主のうち、税込100,000NZドルを超える支出をした者は、投票日から70日(営業日)以内に支出報告書を政府(選挙委員会)に提出しなければなりません。期日までに提出しなかった者、虚偽の内容を記載した者に対しては、罰則の適用があります。ただし寄付などの収入は、報告の対象ではありません。今回は2021年2月17日が提出期限であり、①大麻国民投票では3団体、②安楽死国民投票では5団体が期限までに提出し、その内容は選挙委員会のウェブサイトで公開されています。(表2)にまとめました。

(表2)支出報告書の提出団体

団体名 ①大麻 ②安楽死
Family First New Zealand 141,224.34 141,224.34
NZ Drug Foundation 337,241.67 0
Safer Future Charitable Trust 0 335,678.92
SAM (Smart Approaches to Marijuana) NZ Coalition 320,300.00 0
Sinead Donnelly 0 129,258.33
Vote No to End of Life Act 0 313,633.13
Yes for Compassion 0 329,539.82

(NZドル)

 ①大麻国民投票、②安楽死国民投票を通じ、国民投票運動の広告に最も金銭を投じたのは、NZ Drug Foundation(ニュージーランド薬物財団:NZDF)という、娯楽用大麻の合法化に長年取り組んできた慈善団体です。337,241.67NZドルという数値だけみると(上限の99.8%に達する)、違法にならないよう支出帳簿を少し弄ったのではないかと勘繰りたくなりますが、それはさておき、上限額の設定によって、広告に無制限の支出がなされることを防止でき、その内容が公表されることによって、制度の信頼、国民投票の公正さが一応担保されるのです。

最高額支出団体(NZDF)の報告書の内容

 すべての登録広告主の中で最高額を支出したNZDFの報告内容を、詳しく見ていきましょう。支出総額337,241.67NZドルの内訳は(表3)のとおり、数は22に及びます。カッコ内は支出先の企業等の名称です。

(表3)NZDFの支出の内訳

出先と広告コンテンツ、労務費など 金額
(NZドル)
1(Printing.com)A4ポスター2,500部 646.02
2(Vistaprint)磁気ステッカー100枚 67.83
3(Bluestar)リーフレット100,000部 1,384.14
4(同)リーフレット100,000部 2,046.40
5(同)リーフレット200,000部 3,480.92
6 リーフレット、ポスター配送 1,488.12
7(SpringTimeSoft)ウェブサイト制作|NZDF 835.12
8(同)ウェブサイト登録 10.04
9(For Purpose)ウェブサイト登録|Health Not Handcuffs 90.00
10(同)ウェブサイト制作 3,216.62
11(Scratch)ウェブサイト登録|On Our Terms 333.50
12(同)ウェブサイト更新 834.90
13(Mana Communications)入会動画制作 5,750.00
14(Mohawk Media)法案要旨のアニメ動画の制作 8,759.73
15(Augusto)TVCM、デジタル広告、印刷物、ソーシャルメディアのコンテンツの制作 80,434.29
16(For Purpose)インスタ・ストーリーの制作、投稿(25回) 3,450.00
17(Archer Communications)「女性の日」記事広告 2,200.00
18(Riddle.com)オンラインクイズのページ登録 86.65
19 広報マネジャー(時間給) 4,214.93
20 広報アドバイザー(同) 3,270.38
21 広告 214,387.76
22 リーフレット、ポスターの配送に係る人件費 254.32

 日本の政治活動(選挙運動)収支報告書をイメージすれば、およそ運動に関わる支出、具体的には光熱費、通信費、事務所賃料、コピー機リース料、レンタカー料、ガソリン代などが広範に含まれてきます。しかし、ニュージーランドの制度ではそれらに該当する支出科目はなく、広告(コンテンツ)に直接関わるものに限定されます。

 さらに、表中「21広告」に示される214,387.76NZドルの詳細が、別に公開されています。(表4)のとおり、多くの支出先が確認できます。

(表4)NZDFの広告の内訳

有料広告の支出先、内容、期間 金額
(NZドル)
21-1(Facebook)投稿26回 8月19日~10月17日 2850.29
21-2(同)法案説明動画  9月17日~10月2日 2550.45
21-3(Instagram)30歳以下の投票促進 10月12日~16日 2500
21-4(同)法案概要 9月28日~30日 670.83
21-5(同)ストーリー投稿 9月28日~30日 1271.13
21-6(Facebook)ニュースフィード投稿 10月1日~16日 3577.73
21-7(同)aka Canvas(イラスト) 10月1日~16日 4766.37
21-8(同)動画投稿 10月3日~16日 2300
21-9(同)ニュースフィード投稿 10月3日~16日 1437.5
21-10(同)優先投稿 10月8日~16日 2875
21-11(Mediaworks)オンデマンド広告 10月3日~16日 3450
21-12(TVNZ)オンデマンド広告 10月3日~16日 9881.95
21-13(NZME)NZヘラルドデジタル広告 10月15日・16日 14375
21-14(Google)SEM対策 8月18日~10月16日 12104.4
21-15(Bauer)女性誌広告 9月28日~10月12日 11500
21-16(Choice TV)15秒CM 10月3日~16日 5133.6
21-17(TV3 MeidaWorks)60秒CM 9月21日 18803.65
21-18(TV3 MeidaWorks)CM 10月7日 14869.96
21-19(THREE/Bravo)15秒CM 10月3日~16日 31893.64
21-20(TVNZ/Duke)15秒CM 10月3日~16日 67127.62
21-21(Together)モニタリング調査 8月18日~10月16日 448.64

*(表3)(表4)ともに、項目番号は便宜的に付しました。

 以上のとおり、NZDFのような高額支出団体では、広告の内訳も多岐に渡ります。リーフレット、ポスターといったごく基本的な広報コンテンツはもちろん、Facebook、InstagramといったSNS広告(⇔YouTubeは広告媒体として、日本ほど有力でないようです。日本からたまに視聴しても、回数はさほど伸びていないことが分かります)、テレビ・ラジオのCM、ウェブ広告に集中して資金を投じています。とくに、投票日直前の2週間、相当量のメディア戦術を講じたようです。また、21-14はGoogleに対して支払われたものですが、SEM(Search Engine Marketing)対策を運動費用規制期間、ずっと行っていたことも分かります。

 肝心なのは、支出先、支出額がともに公開されることにより、得られる情報を様々な観点でチェックすることができる点です。何より、運動期間は「秘密」扱いになる広告戦略が、数カ月後にはすべてオープンになる意義は大きいものがあります。金額の妥当性はもちろん、額が公平に設定されているか(例えば賛成派の団体は安価で、反対派の団体は高価でというように、歪な較差がないかどうか)という点も把握することができます。

日本の国民投票法制の現状と問題点

 一方、日本の国民投票制度はどうなっているでしょうか。ニュージーランドとの比較でいえば、(表5)のようにテレビ・ラジオのCMに対する規制が一点、設けられているにすぎません。

(表5)日本の国民投票法制の広告(CM)規制

  国民投票運動CM 意見表明CM
会発議の日~投票日15日前
投票日14日前~投票日当日 ×(法105条で禁止) ×(民放連の自主規制)

 国民投票運動CMは、憲法改正案に対し賛成・反対の投票をするよう(しないよう)呼び掛けるCMのことで、国民投票法105条は投票日14日前から投票日当日までの間、禁止しています。意見表明CMは、前記の国民投票運動CMとは異なり、投票をするよう(しないよう)呼び掛ける内容を要素としないもの(自らの賛否の態度を明らかにするだけものなど)で、国民投票法は直接禁止していませんが、実際上、国民投票運動CMと区別し難い等の理由で、民間放送連盟が自主規制する方針を明らかにしています(2019年3月20日公表「国民投票運動CMなどの取り扱いに関する考査ガイドライン」)。結論として、(表5)のように整理することができます。投票日14日前からはCMが流れないことを考慮すれば、以前(民放連が自主規制の方針を示すまでは、表の右下も○だった)に比べれば問題は相対的に小さくなっています。

 むしろ問題視しなければならないのは、制度上、運動費用(支出)規制が何もないという点です。収入はおろか、支出(先、額)を事後的にチェックする術がありません。一定額を超える支出を見込む広告主を登録させるというシステムがありません。金銭には個性が無いことから、出処不明の多額の資金が特定の国民投票運動(広告)のために費消されたとしても(それが不特定多数の有権者の投票行動に一定の影響を与え、結果の信頼が失われるような疑いが生じたとしても)、「誰が、いつ、どの原資で、いくら支出したのか」検証することさえできないのです。日本の制度は本当に「無いもの尽くし」です。現状は資金調達、支出の自由度が高く、運動展開に余計な制約が加わらなくて良いという評価もあり得ますが、国民投票は選挙とは異なり、数年ごとに行う(やり直す)ことができない点も考えなければなりません。金銭絡みで、国民投票の結果に「不信」が蔓延する事態になっても、法的に解決することができないのです。
 ネット広告の市場がテレビ・ラジオCMのそれを超えている現状をみても、古い制度(2007年制定当時)のまま「広告規制=CM規制」という狭い範疇にとどまっているのは到底、健全とはいえません。今や、多くの国民の情報収集手段はテレビ・ラジオではなく、ネットが主役です。国民は果たして、(表5)の内容にとどまる現行制度を理解し、このルールで国民投票が行われる(潜在的可能性がある)ことに納得しているでしょうか。
 
 そろそろ国会(衆議院憲法審査会)では、国民投票法改正案の審議が再開しそうです。広告規制、運動費用(支出)規制の議論はどこまで深化するか(しないか)、政局を離れたところで注視したいと思います。収支(収入及び支出)揃えての制度化が難しければ、せめてニュージーランドのような「支出のみ」規制、公開の対象とすることも検討に値します。科目の類なども参考になるはずです。衆議院の解散・総選挙になる前に、可能な限りの合意形成が進むことに僅かな期待を寄せています。

 東日本大震災から10年が経ちます。今なお、2,500名を超える方々の行方が不明です。一日も早く、安否の手がかりが得られることを願っています。

       

南部義典
なんぶよしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)等を歴任。現在、国民投票総研 代表。専門は国民投票法制、国会法制、立法過程。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)などがある。(2020年6月現在)