第16回:アルゼンチン・ロサリオ:農と食、流通のミュニシパリズム的な革命(岸本聡子)

アグレリアン・ミュニシパリズム

 いま日本や韓国では、有機野菜や有機米と学校給食がつながって「学校給食革命」(※)が起こっている。フランスでは、ランス、グルノーブル、ムアン=サルトゥー、そしてパリでも、近郊有機農家が学校給食に栄養価の高い地元産食材を提供している。地域の有機農業が公共調達政策や公共食(学校給食だけでなく、公共施設、病院、ケア施設、大学、刑務所、美術館、市庁舎の食堂等々)とつながることは、単なる有機農業推進にとどまらず、土壌と地域を守るオルタナティブな経済モデルの中核になり得る。

 食と農は、生きることと直結している。食べ物と土地を公共財として守る運動は、資本主義下の持続不可能なグローバルサプライチェーンに対抗する共通の地域戦略になるのではないだろうか。実際、すでに日本でも世界でも多くの地域や運動体が実践しているが、こうした運動に新しさを加えるとすれば、都市近郊農業と都市労働者、失業者、消費者をつなげる取り組みをどれだけ「政治化」できるかということだろう。「政治化」には、食料主権(food sovereignty)とすべての人の食へのアクセスを守ることも含まれる。

 つまり、「農・食・流通」を公共政策として、地方自治の主要な戦略に位置づけられるかという挑戦が起きているのだ。だから私はこうした運動を「アグレリアン・ミュニシパリズム」(農のミュニシパリズム)と、あえて政治的な色で捉えたい。都市を囲む近郊農地は、オルタナティブな経済と都市計画を発展させるうえで、戦略的な重要性を持っているという考え方だ。

学校給食革命:『農業と経済』2020年9月Vol.86 No.8 特集「チャレンジ!学校給食革命」(昭和堂)

アルゼンチンで「La Lactería」が生まれた背景

 この「アグレリアン・ミュニシパリズム」の魅力的な例として、アルゼンチン第3の都市・人口約170万人のサンタフェ州ロサリオでの取り組みがある。「La Lactería」と呼ばれる、都市近郊の酪農農場、協同組合、都市の消費者をつなげるプロジェクトだ。La Lacteríaをたぐっていくと、ロサリオの都市社会運動や連帯経済、協同組合運動の連綿とした歴史が見えてくる。実は、ロサリオの都市社会運動の歴史も、それが近年ミュニシパリズムの萌芽となったことも、この原稿を書くまで知らなかった。

 アルゼンチンでは、2015年から中道右派のマクリ大統領のもと新自由主義と緊縮財政を徹底した結果、社会的格差や貧困が深まり、2019年12月に4年振りとなる野党ペロン党の左派政権が誕生している。

 新型コロナウイルス・パンデミックに直面する前から、ペソ急落や度重なるインフレでアルゼンチンの経済は落ち込み、長らく政情も不安定である。コロナ危機が追い打ちをかけ、債務危機や食糧危機にまで発展している。最も心配なのは、食料配給支援が必要な貧困層が2020年4月には900万人から1100万人に、7月には1300万人に急増、なんと人口の30%にまでになってしまったことだ。

 コロナ禍による都市封鎖やさまざまな規制で、都市労働者は仕事を失い、市場などの小さな流通に支えられてきた小規模な生産者や協同組合は打撃を受けている。以前にも増して独占的なインターネットによる電子取引(アルゼンチンでは「Mercado Libre」社がアマゾン・ドット・コム的な存在である)や巨大スーパーマーケットが流通の支配を強める結果となった。手数料と送料を負担できない小規模な商いは電子取引から排除されてしまう。

 巨大スーパーマーケットチェーンでは、1リットルの牛乳の対価として農家に支払われるのは17ペソだが、消費者が支払う価格は70ペソだ。これでは農家だけでなく、都市労働者、学生、貧困層も生活できない。儲かるのはスーパーと仲介業者だけだ。貧困層に食料供給をしなければならない政府自身も、寡占市場による食料価格の高騰に喘いでいる。

あえて巨大スーパーマーケット前に出店

 ロサリオにある3つの組織による協同行動La Lacteríaは、このような状況に真向から挑戦している。

 社会運動から生まれた政党「Ciudad Futura」、都市近郊最後の酪農農場「Tambo La Resistencia」、そして80年の歴史を持つ乳製品協同組合「Cotar」――この3者がタッグを組んで、あえて巨大スーパーマーケットの前に出店。新鮮で高品質のチーズやヨーグルト、肉製品を、仲介を排した公正な価格で販売する。平均してスーパーマーケットより15% ほど低価格である。

Minim ‘Real food for our cities. La Lactería from Rosario’より

 「La Lactería」の中心になっている政党Ciudad Futura(英語ではFuture City=「都市の未来」)は、2013年に「Giros」 と 「Movimiento 26 de Junio(M26J)」という2つの都市社会運動から誕生した。そして、その約10年前に遡るが、都市開発や土地投機がロサリオ郊外にまで及び始めた2004年、土地売買によって250世帯が追い出されることを防ぐために、学生、労働者、失業者、芸術家、土地なし農民、知識人たちの運動によって作られたのが酪農農場「Tambo La Resistencia」だ。都市住民が5世帯集まって「サークル」を構成することで、低所得者でも共同購入できる仕組みも作られた。
 土地投機に対抗して、住まいや都市近郊の農場を守る運動が、巨大スーパーマーケットの独占的な流通に抗する乳製品の流通ネットワークへと発展し、現在のLa Lacteríaへと成長したのだ。

ロサリオの社会運動から生まれた政党

 Ciudad Futuraは、2015年の初めての選挙で4議席を獲得し、市政の第3党となった。社会正義と平等主義を目指す運動と地域の政治が融合し、小規模生産者と都市住民をつなぐ流通だけでなく、教育、文化、公衆衛生といった分野においてもさまざまな取り組みが進む。

 GirosやM26J運動に関わる何百人もの市民活動家たちが自主的に運営する中学校と保育園 (Etica)、酪農農場、文化センター(Distrito Siete)、食料協同組合(Misión Anti-inflación)があり、これらは市政に支援されながら地域社会に根付いている。Ciudad Futuraは、文化、食、保健、教育といったコモンズを政策の中心に置き、自律的な市民が共同運営する都市開発の在り方を具体的に実現している。

 政党政治の権力闘争や公的機関の官僚機構に巻き込まれることなく、さらに社会運動の自律性を損なうことなく、市政を担う政党として機能できるか。これはミュニシパリズムの最大の難題といっていいと思う。Ciudad Futuraは、この挑戦に正面から挑んだ。その「エンジン」として、上述した社会的プロジェクトを自律的に実践することが主要な課題であり続けている。

 Ciudad Futuraの重要な行動規範は、「言うだけでなくやること」である。当たり前のようであるが、ここには左派勢力が往々にして理念や価値で衝突し、何かを成し遂げる前に分裂し、理想を掲げるだけで行動しなかった過去への批判があり、そこからの脱却を明らかにしている。

 さらに、政党運営の中心には「権力や力を平等に分配する」という理念(horizontalism)を置く。具体的には、党としての重要な決定を執行部ではなくオンラインを含む集会(assemblies)で決めること、選出された議員の給料を普通の労働者と同等にすることなどが実践されている。議員や政策スタッフの給与の余剰は共同のファンドに収められ、独立性と透明性の高い政治資金となっている。また、分権化を図るために、政治活動の拠点を最も小さい行政区と6つの地域センターに置いている。

 アルゼンチンのミュニシパリズムのリーダーシップを採るCiudad Futuraの政治理念は、マガジン9でも何度も触れてきたスペインの地域政党バルセロナ・コモンズにも深く影響している。スペインの地方選挙でバルセロナ・コモンズを始め、多くのミュニシパリスト市民政党が躍進したのが2015年。それより一足早く発足していたCiudad Futuraから、バルセロナ・コモンズなどのスペインの市民地域政党は多大な影響を受け、多くを学ぶことができたのだ。

 Ciudad Futuraは、2017年にはロサリオを超えてサンタフェ州全体でも9人の候補者を立て、運動を州レベルへと広げている。そして2019年の地方選挙では、ロサリオで4議席を守った。

ロサリオの経験が国レベルへ

 寡占化したグローバルサプライチェーンは広告とマーケティングを利用して、パッケージ化された食べ物を、高い値段で消費者に売りつけている。こうした流れに対抗しているのが、10年以上にわたる社会運動を基盤とするロサリオでの取り組みである。食べ物を公共財と捉えなおし、土地を投機対象からコモンズとして協同で管理する、脱資本主義的な実践と言える。

 そして、コロナ禍で社会経済危機に陥るアルゼンチン政府は、社会運動からの提案を受けて、ロサリオでの経験にもとづいた国営食料カンパニーと、アマゾンに抗するような国営電子商取引プラットフォーム設立を法制化しようとしている。

 イギリスのメディア・オープンデモクラシーは「国営アマゾンってどんな風? アルゼンチンに聞け」という記事をいち早く配信。記事によると、アルゼンチンのアマゾンに当たるMercado Libreに対する国営電子商取引プラットフォームは、特に小規模な生産者と協同組合の製品を流通させるためのインフラを目指しているという。

 また、国営食料カンパニーの計画では、自治体、州政府、中央政府が協力して各地方に生産拠点となる工場を設置。それらを各地方の小・中規模生産者を仲介業者なしでつなげるという。第一段階では、小麦粉、米、豆類、麺、ハーブ、砂糖、油、シリアル、ドライフルーツ、スパイスといった基本10品目を対象とし、学校、コミュニティーセンター、公共機関に卸し、各世帯には野菜と果物を加えた「栄養ボックス」として届け、第二段階では、冷凍食品や乳製品、肉類も含める予定だ。

 ロサリオでの経験をもとに、アルゼンチンという国レベルで小規模な生産者の協同組合のネットワーク化を図り、「社会インフラ」としての流通システムを公共政策で作ろうとする実践は、「ミュニシパル・ロジスティックス」と名付けられ、若き研究者がレポートも書いている(※)。

 資本主義のイデオロギーを身にしみ込まされてきた私たちは、「国営」と言ったとたんに「過去に逆戻り?」という反応をするかもしれない。しかし、これは公共財の流通を社会的なインフラとして、政府が責任を持って行う新しい産業政策である。イデオロギーではなく、ロサリオの長年の実践と成功に基づいており、それを各州に広めてネットワーク化する至極現実的な提案だと、ここまで読んでくれた読者は気が付いていると思う。

※ミュニシパル・ロジスティクス:MINIM REPORT N.IV DECEMBER 2020 Municipal logistics

ポストコロナ社会への希望

 まだアルゼンチンの新左派政権を評価するには早すぎるが、こうした動きからは社会運動からのラディカルな提案を受け止める度量と力量が伝わってくる。

 2021年1月末に政府は一回のみの億万長者税(富裕税)を徴収し、コロナ禍の社会的支援に充てることも決めた(※)。これには同時に、コロナ禍の経済・社会危機の深刻さを思わずにはいられない。さらに歴史的な変化も起きている。2020年末、アルゼンチン議会上院は、妊娠14週目までの人工妊娠中絶を認める法案を可決したのだ。100年以上も禁じられてきた妊娠中絶が合法化された歴史的瞬間で、通りを埋め尽くして涙を流す女性たちの姿が世界中に伝えられた。

 コロナ禍で、ポストコロナ社会への変化は確実に起きている。

※富裕税を徴収:230万ドル以上の資産を持つ者は国内資産については3%、海外資産については5%の一回のみの富裕税を支払う。約1万2千人が対象でこれにより30億ドルを調達する。

***

【参考】
Real food for our cities. La Lactería from Rosario, Minim Magazine, 25 June 2020
How to build a movement-party: lessons from Rosario’s Future City by Kate Shea Baird, 15 November 2016
Fearless Cities- A Guide to the Global Municipalist Movement (オンラインで全文公開)バルセロナ・コモンズ編
What would a state-owned Amazon look like? Ask Argentina by Cecilia Rikap, 24 November 2020

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!

       

岸本聡子
きしもと・さとこ:環境NGO A SEED JAPANを経て、2003年よりオランダ、アムステルダムを拠点とする「トランスナショナル研究所」(TNI)に所属。経済的公正プログラム、オルタナティブ公共政策プロジェクトの研究員。水(道)の商品化、私営化に対抗し、公営水道サービスの改革と民主化のための政策研究、キャンペーン、支援活動をする。近年は公共サービスの再公営化の調査、アドボカシー活動に力を入れる。著書に『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと 』(集英社新書)