第94回:ポピュリスト登場のリスクが高まっている(森永卓郎)

空前のコロナ対策失敗

 5月14日、新型コロナウイルス感染症対策分科会が反乱を起こした。緊急事態宣言の対象に北海道、広島、岡山の3道県を追加することを求めたのだ。元々の政府案は、3道県をまん延防止等重点措置にとどめるものだったが、専門家からの激しい突き上げで方針変更を余儀なくされたのだ。
 政府の委員会というのは、政府の意向に沿う委員が招聘され、政府案にお墨付きを与えることが役割だ。分科会も、これまではずっと政府案を丸のみにしてきた。その分科会が反旗を翻したのは、政府案があまりにも手ぬるかったからだ。
 5月14日の人口10万人当たりの療養者数がステージ4に達した自治体は、23都道府県となっていた。つまり、本来なら全国に対して緊急事態宣言を出すべき段階だったのだ。しかも、北海道、広島、岡山の3道県は、誰がどう考えても、医療崩壊に結び付く深刻な状況にあったのだから、重点措置にとどめるという政府の判断は、あまりに危機感のないものだった。
 政府は、変異株の感染力を過小評価していたのかもしれない。感染第4波は、大阪を中心に、じわじわと地方へと広がった。従来株が大都市中心に感染が広がったのと対照的だ。なぜそんなことが起きているのか。私は、イギリス型変異株の感染力が、とてつもなく強いからだと考えている。
 4月30日のメ~テレ(名古屋テレビ)「ドデスカ!」に出演した愛知県立大学の清水宣明教授が興味深い発言をした。「変異株の感染力が1.3倍から1.8倍高いと言われているが、それは細胞内の話であり、変異株は体内で猛烈な勢いで増殖するから、感染者が放出するウイルス量は従来と比べて数百倍に達している可能性がある」。
 清水教授の説は、学界のコンセンサスになっているわけではないが、ウイルス放出量がけた違いに多いという指摘は正しいのではないか。同様の指摘は昨年12月にすでになされていた。イギリス変異株の感染者は通常の10〜100倍のウイルスを放出する可能性があることを東大物性研究所の押川正毅教授が、ハーバード大学のEric Feigl-Ding氏のツイートを解説する形で、自らのツイッターで紹介しているのだ。押川教授は、不織布マスクを着用していても、少なくとも1割程度の飛沫が漏れ出してしまうので、変異株はマスクを着用していても、マスクなしの従来株感染者が放出する飛沫を超える飛沫を放出する可能性を指摘しているのだ。
 実際、これまでは密接、密集、密閉の三条件が重なった時に感染していたのが、変異株では三条件がそろわなくても感染が起きている。感染経路別をみても、飲食経由の感染が大幅に減少し、家庭内や職場内、施設内など日常生活での感染が圧倒的な割合を占めるようになっている。そうした強敵に対峙するためには、強力な対策を打たなければ収束は覚束ないのに、菅政権は緩い対策を小出しにずるずると続けている。
 一つの理由は経済への配慮だ。第一回目の緊急事態宣言が行われた昨年4~6月期のGDPは、11兆円も減少した。緊急事態宣言を全国に拡大したら、同じ轍を踏みかねない。また、昨年度は80兆円近い新型コロナ対策予算をつぎ込んだ。強い対策を打って、同じような経済対策を打ったら、財政が破綻してしまうと、菅政権内で復権した財務省は考えているのだろう。例えばアメリカが今年も一人当たり15万円の現金給付を行ったのに、日本は10万円の特別定額給付金や中小企業向けの最大200万円の持続化給付金を再度給付する動きはまったくみられない。コロナで仕事を失ったり、収入が大幅に減少したりした国民の生活はいまや極限にまで追いつめられている。

政権の受け皿がない

 もちろん、国民は菅政権のコロナ対策失敗を冷静に見据えている。時事通信社の世論調査で、5月の内閣支持率は前月比4.4ポイント減の32.2%、不支持率は6.9ポイント増の44.6%となった。政権に赤信号が灯る水準に近づいているのだ。
 ところが、政党支持率の前月からの変化をみると、自民党が22.5%から21.4%へと1.1ポイント減、公明党が3.8%から2.6%へと1.2ポイント減と、与党の支持率は1カ月で2.3ポイントも下がっているのだが、与党の失政の受け皿に野党がなれていない。立憲民主党の支持率は増減なし、社民党も増減なし、共産党は0.3ポイント減と支持をまったく増やしていない。増えたのは、日本維新の0.3ポイント増、国民民主の0.2ポイント増、NHK党の0.2ポイント増だけだ。結局、与党の凋落分は、すべて「支持政党なし」に回っている。支持政党なしが62.2%から64.8%へと2.6ポイントも増加しているのだ。
 危険な状態だと思う。国民の3分の2が支持政党を持たない状況で、これから深刻な不況が続くと、国民が極端な政策を掲げる救世主を求めてしまう可能性が高まるからだ。
 1930年代がそうだった。世界恐慌後の不況のなかで、先進各国では、国民の選択の結果として独裁者が次々に誕生した。ヒトラーでさえ、選挙で選ばれて権力を手にしたのだ。そして独裁者たちは、まっしぐらに戦争への道を突き進んでいった。
 独裁政権の誕生や戦争は、コロナ感染以上の厳しい制約を国民生活に与える。ワクチンの早期接種で、日常生活を取り戻したはずのイスラエルの国民は、いまパレスチナとの事実上の戦争で、これまで以上に厳しい生活の制約を受けている。
 野党は、いますぐ政策調整を進めて、国民が納得できる政策の対案を示し、衆議院選挙の協力体制を整えるべきなのだが、残念ながらそうした動きは活発化していない。このままだと何が起きるのか。

後継総理は誰か

 私はこれだけの政策の失敗を続けてきたのだから、菅政権が続く可能性は低いと考えている。その時、誰が後継となるのか。それは衆議院選挙の結果によって異なるだろう。与党が惨敗しながらも、過半数を確保した場合に、一番可能性が高いのは、安倍晋三前総理の三度目の登板だ。首相を続けることができないほど健康が悪化したというのが辞任の理由だったが、最近の安倍前総理は完全に健康を取り戻したようだ。発言も活発になり、さまざまな会合に出席するなど、精力的な政治活動を続けている。菅政権ではできなかった財政出動を伴う「アップデートしたアベノミクスを実行する」と内輪で話しているとの報道もある。菅政権の政策運営があまりにひどいので、安倍総理の再々登板を期待するムードが広がっているのも事実だ。ただ、「何もしない」菅政権と比べて、安倍政権が再度誕生すれば、憲法改正の強行や中国との摩擦が高まる可能性も十分出てくるだろう。
 もう一つの可能性は、与党がポピュリストのおかげで敗北を免れるシナリオだ。既存野党が政権奪取する可能性は極めて小さいが、ポピュリストが人気を集めて、与党が選挙に勝つ可能性は十分あるだろう。ポピュリストの最有力候補は、小池百合子東京都知事だ。
 いまや東京オリンピックを開催できる環境ではまったくなくなっているのに、菅総理はしがらみでがんじがらめになって、中止を言い出すことができない。唯一、オリンピックの中止を言い出せるのは、開催都市のトップである小池都知事だ。もし、小池都知事が、「選手や国民の安全を確保することができない」と、最後の最後にちゃぶ台返しをすれば、多くの国民が拍手喝采を送るだろう。いまや7割の国民がオリンピックの中止や延期を求めているからだ。
 小池都知事は、自民党の二階幹事長を訪ねて五輪情報の交換をするなど、接触を強めている。小池都知事がオリンピック中止の責任を取って都知事を辞任し、二階幹事長の手引きで自民党に復党し、衆議院選挙に出馬するというのは、十分あり得るシナリオなのだ。そして自民党総裁選に小池都知事が出馬することも不可能ではない。二階幹事長も小池都知事も自由党の経験者だから、政権を揺さぶるのは得意だ。2016年の都知事選挙で小池都知事は、自民党会派の批判で都民の圧倒的な支持を受けて当選している。
 ただ、コロナも、オリンピックも政局のネタにして、政権奪取するということになれば、十分練られた政策が実現できるはずもない。このシナリオが現実のものとなったときに何か恐ろしい事態が起きるような気がしてならない。

       

森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。