『海辺の彼女たち』(2020年日本=ベトナム/藤元明緒監督)

 もう十数年前の話だが、仕事で南アジアの小さな村に滞在したことがある。小学生くらいの男の子が、「親戚のおじさんが日本で働いたことがあるよ。僕も大きくなったら日本に働きに行くつもりなんだ」と人懐こく話しかけてきた。笑顔の彼と話しているうちに、なんだか心配になり、「日本は思っているほど親切な国ではないかもしれないよ」とつい言ってしまった。そのときの、男の子の返事が心に残っている。
 「ここに仕事があるなら、僕も家族の近くにいたい」

 藤元明緒監督の映画『海辺の彼女たち』を観ながら、その子どもとの会話が思い浮かんだ。映画の主人公は、ベトナムから技能実習生として日本に来た若い女性たち。ベトナム在住の女性3人が元技能実習生役を演じているが、実際に演じる彼女たちの身近にも、海外に出稼ぎに行っている家族や日本で技能実習生として働いている隣人がいるという。
 映画のなかで、過酷な技能実習の職場から脱走を決めた3人は、ベトナム人ブローカーの紹介で雪深い港町の粗末な小屋に寝泊まりしながら“不法就労者”として働き始める。異国の地でスマホ片手に乗り換えを調べ、親とスマホで連絡をとり合い、結婚の理想について話す様子はごくごく普通の若者で、「失踪」や「不法就労」という言葉から思い浮かべるイメージとは異なる。
 「一日15時間働かされて残業代もでない」「パスポートも在留カードも取り上げられた」といった職場のエピソードが出てくるが、藤元監督は制作にあたってベトナム人支援団体のシェルターなどを取材し、元技能実習生たちの経験談に基づいて脚本の背景を設定したという。

 農業、漁業、食品製造、衣服、建設、機械など、日本で技能実習生が携わっている業種は幅広い。つまり私たちの生活は、彼ら・彼女らに支えられて成り立っている。その一方で、技能実習生の失踪は年間8000件以上。法務省調査によれば、その多くの理由が「低賃金」だという。国内外から指摘され続けているように、暴力や長期労働時間の強制といった報告は絶えず、技能実習制度が抱える問題は深刻だ。
 日本に来たのも失踪したのも「本人の選択ではないのか」と言う人がいるかもしれない。しかし、親に頼まれて母国にいる弟妹の未来を背負い、渡航のために借金を抱えた人も多く、過酷な職場にあたっても帰国するわけにはいかない――藤元監督は、そうした当事者の話を聞くうちに「そこに本人の選択肢が本当にあると言えるのか、と思った」と話す。
 弱い立場、歪な力関係につけこむように、技能実習制度に関連するさまざまな問題は起きている。映画のなかで「お金を稼ぎにきたんでしょう」というセリフが出てくるが、それは、人として尊重されなくても、人権が守られなくても仕方ないという理由になるわけでは決してない。

 冒頭に紹介した、私が南アジアの村で出会った子どもは、もう大人になっているはずだ。その後、彼は日本に来たのだろうか。そうだとしたら日本で働くことは彼にとってどんな経験だっただろうか。自分の言葉を苦く思い出し、ニコニコと「日本に行きたい」と話していた彼のその後を考える。
 『海辺の彼女たち』で藤元監督が描くのは、「技能実習生」として括られた存在ではなく、異国で働く一人ひとりの人間としての姿だ。これは技能実習生だけにとどまらない物語だとも思う。この映画の何とも言えないラストシーンが、べったりといつまでも心に残る。

(中村)

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