第168回:議員を辞めさせることの苦労、困難さを痛感する(南部義典)

全国初の県議リコール投票

 2013年2月3日、広島市安佐北区で一件の住民投票が行われました。それは、同区選出の正木篤(まさき・あつし)広島県議会議員の解職請求(リコール)の賛否を問うもので、賛成45,812票、反対1,969票という結果が確定し(投票率39.3%)、正木氏は議員の職を失いました。

 解職請求が行われた原因は、正木氏の「無免許運転」です。2011年4月の統一地方選挙で当選を果たしたものの、同年6月、自動車の無免許運転で現行犯逮捕されました。9月には執行猶予付きであるものの、有罪判決(懲役8か月)が確定しています(公職選挙法の規定により、禁錮刑以上の刑が確定しないと自動失職しません)。逮捕時には他人の氏名を冒用(同意を得ず、その名前を使用)したほか、後に明らかになったことですが、同氏の免許は逮捕の8年前に失効していた(つまり、8年間、無免許運転を継続していた)のですから驚きの一句です。

 事実を重く受け止めた広島県議会は、正木氏に対する議員辞職勧告決議を2度行いました(2011年6月、9月)。しかし、決議には法的拘束力がないため(勧告内容に従うかどうかは任意)、正木氏はずっと議員活動を続けていたのです。これに業を煮やした地元住民が2012年夏頃から、地方自治法に基づく解職請求(住民投票)で決着させようと、署名活動を本格化させました。同年12月、請求に必要な法定要件(有権者の3分の1超の署名)を上回る約47,600名の署名を広島県選管に提出し、住民投票の実施に漕ぎ着けたのです。

 もし、解職請求を実現するための住民活動が奏功しなければ、正木氏は少なくとも2015年4月までの任期いっぱい、議員バッジを外すことはなかったでしょう。辞めさせるための住民のイニシアティブの重要さを物語っています。これは因みに、都道府県議会の議員で初めて、解職請求が成立した事例です。正木氏は2013年11月の県議補欠選挙に立候補していますが、得票数最下位で落選しています(2,193票)。当然といえば当然の結果です。

物議を醸した、草津町のケース

 さらに一件触れます。2020年12月6日、群馬県草津町で同様の住民投票が実施されました。こちらの事案は記憶にある方も多いと思いますが、同町の新井祥子議員の解職請求の賛否が問われたもので、賛成2,542票、反対208票という結果が確定し(投票率53.7%)、新井氏は失職しました。

 事の発端は、「町長室で強要されて黒岩信忠町長と肉体関係を持った」という新井氏の発言(電子書籍上の告白)ですが(2019年11月)、その後の経緯は前述の広島の事例よりも複雑です。当時、かなりセンセーショナルに報道されたことも記憶に新しいところですが、この新井氏の発言を町長は否定。2019年12月、町議会は「新井氏の言動は、議会運営を混乱させ、地方自治法の定める懲罰事由に該当する」などとして、除名処分を下しています(辞職勧告決議とは異なり、法的拘束力があります)。

 しかし、新井氏はここで地方自治法の規定を根拠に、除名処分に対する「不服申立て」を群馬県に対して行い、2020年8月、「処分取消し」の審決が行われました。「電子書籍での告白は議場外の行為で、議会運営とは関係なく、議員の懲罰事由に該当しない」とし、除名処分は「違法」と判断されたのです。この処分取消しの審決は、町議会に衝撃を以て受け止められたことは事実ですが、これが端緒となり、除名処分に賛成した町議らを核に新井氏の解職請求を実現させる機運が生じ、請求に必要な法定要件(有権者の3分の1超の署名)を上回る3,180名分の署名を町選管に提出し、住民投票が実施されるに至ったのです。

 なお、新井氏は、住民投票の結果に対する不服申立てを県選管に行いましたが(2021年1月7日)、棄却されています(同25日)。その後、県選管の裁決の取消しを求めて東京高裁に訴訟を提起しましたが、棄却されています(6月9日)。報道によると、高裁判決を不服とし、最高裁に上告したようです(6月22日)、訴訟は現在も続いています。

 本件においては、議会の多数派が、除名処分はまだしも、解職請求においても主導的な役割を担った(少数派の強硬排除)という点で問題がないわけではありません。その点は今回は置いておき、手続きという点だけに注目すると、解職の住民投票から8か月が過ぎてもなお、法的、政治的な決着が完全に付いていないという事実があります。

木下都議の問題とどう向き合うか

 議員の解職請求の事例を2件紹介しましたが、勘のいい方は、木下冨美子都議会議員(板橋区選出)の問題を連想されるでしょう。その通りです。木下氏は先月4日の都議会議員選挙で2回目の当選を果たしましたが、選挙期間中に接触事故を起こしていたこと、免停中に運転を繰り返していたことが明らかとなり(しんぶん赤旗、産経新聞の報道など)、早々に「辞職論」が台頭しました。東京五輪・開会式が行われた7月23日、東京都議会(臨時会)では木下都議に対する辞職勧告決議が行われましたが(全会一致)、法的拘束力が無いこともあってか、当人は任意に決議に応じる気配はなく、雲隠れを続けています。都民ファーストの会から除名処分を受け、現在は「SDGs 東京」という一人会派の代表です。冠だけは格好よく、人としての振舞いはその理念、目標から大きく外れていると言わざるを得ません。

 何より、木下都議に対する刑事処分が確定することが、今後の展開を見通す考慮材料となります。仮に、その段階でも辞職しないということになれば、都議会の判断として辞職勧告決議から格上げし、除名処分を下すということになる可能性もあります。それでも、悪あがきしようと思えば、不服申立てを行って、議員の身分を守る途が残されています。また、仮に除名処分がなされても、木下氏が東京都に不服申立てをすれば、処分が取り消される可能性もあります。免停中の運転、追突事故は議場外の行為であり、懲罰事由に該当しないからです。この法律判断は、草津町の事例と同じです。都議会の秩序を乱したというためには、さらなる大義が不可欠です。

 いずれにせよ、問題は板橋区の有権者に限られますが、解職を視野に入れながら、木下都議にどのタイミングで法的、政治的な責任を取らせるかという解決方法を、今のうちから考えてもらいたいと思います(さもなくば、最長2025年7月の任期満了まで我慢できるか、という問題から逃れられません)。紹介した2件の解職請求は、コロナ禍が日本社会を襲う前の話です。自治体の規模、有権者数も異なり、とりわけ現在のように個人の不要不急の外出が制約される状況で、街頭、個別訪問によって請求に必要な法定要件(有権者の3分の1超の署名)を超えるのは相当なハードルだと考えなければなりません。有権者の負担を減らすためにも、紙の署名簿だけではなく「オンライン署名簿」を制度化し、在宅署名を可能とすべきと私は以前から主張していますが、この意味でも法改正を早期に実現してもらいたいと願うばかりです。

 「議員を辞めるべき」という常識が通じない人もいます。ある意味、選挙で当選させること以上にハードルが高く、言うは易しの部分がありますが、辞めさせるための第一歩がどうしても必要です。

*地方自治法

第134条
1 普通地方公共団体の議会は、この法律並びに会議規則及び委員会に関する条例に違反した議員に対し、議決により懲罰を科することができる。
2 懲罰に関し必要な事項は、会議規則中にこれを定めなければならない。

第135条 
1 懲罰は、左の通りとする。
 ①公開の議場における戒告
 ②公開の議場における陳謝
 ③一定期間の出席停止
 ④除名
2 懲罰の動議を議題とするに当つては、議員の定数の8分の1以上の者の発議によらなければならない。
3 第1項第4号の除名については、当該普通地方公共団体の議会の議員の3分の2以上の者が出席し、その4分の3以上の者の同意がなければならない。

       

南部義典
なんぶよしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)等を歴任。現在、国民投票総研 代表。専門は国民投票法制、国会法制、立法過程。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)などがある。(2020年6月現在)