第169回:日本人は、ハードなロックダウンに耐えられるのか?(南部義典)

ロックダウンが再び始まったNZ

 ニュージーランド(NZ)では、8月17日に1名の新規陽性者が見つかり(オークランド在住の58歳男性)、同日深夜以後、ロックダウン(都市封鎖)の措置が講じられています。約半年ぶりに市中感染が明らかになったわけですが、18日は9名、19日は11名…と新規陽性者数が増加をたどり、29日は83名、30日は53名と、約2週間の総計は562名に達しています。NZの人口は約500万人で、福岡県と同じくらいですが、人口密度の較差が約22倍ある(対日本比)ことを考えれば、たった二桁の新規陽性者数であっても、インパクトの大きな数値です。

 NZでは、国の感染症拡大防止策として、レベル1(準備)、レベル2(縮減)、レベル3(制限)、レベル4(排除)の4つの措置が法律で定められています。レベルの数値が上がるほど措置が厳しくなり、ロックダウンはこのレベル4に相当するものです。ロックダウンになると、市民は、同居の家族とともに在宅を続けなければなりません。また、外出する場合にはマスクを着用し、2メートルの間隔を維持する義務を負います。例外的に外出が許される場合というのは、①生活必需品の買い物をすること、②近所での軽い運動をすること、③必要な医療サービスを受けること、④新型コロナウイルスの検査を受けること、に限られます。政府当局は個人及び企業に対し、一定の行動をする・しないに関して様々な命令を行うことができるようになります。命令に従わない者は罰則の対象となり、3か月以下の懲役または5,000NZドル(1NZドル=約77円)以下の罰金が科せられます。

 ロックダウンは「都市封鎖」と訳され、個人の自由・権利を強度に制約するものですが、8月に国内メディアが行った世論調査では、8割以上が措置に賛成しているという結果が出ています。ロックダウンの期限は8月31日23時59分までですが、本稿執筆時点では明らかでないものの、数週間ほど延長されるのではないかという見方が強まっています。

1213件の反則切符

 そんな緊張状態が続くNZですが、8月27日、stuffというウェブメディアが興味深い記事を配信しました。17日にロックダウンが始まって以降、NZ警察は国内全域で1,213件に及ぶinfringement notice(日本でいう道交法違反の反則切符を想像してください)を発出したというのです。内訳は、自宅に滞在しなかった(1,110件)、マスクを着用していなかった(35件)、ソーシャル・ディスタンスを確保していなかった(44件)などとなっています。数は不明ですが、エッセンシャルワーカーに対する妨害、施設の管理者が適切に封鎖措置を講じなかったことも含まれています。また、最初の数日間でロックダウンに対する抗議活動を行ったなどとして、79名が計85件の犯罪で逮捕・起訴されています。これも、人口約500万のNZでは、かなりの数が立件されたと理解できます。

 同じくstuffが報じたところですが、NZ警察は、8月17日にロックダウンの措置が始まってからわずか30分後、南島ダニーデン市のCastle St Northという通りで酔っ払って騒ぎを起こしていた学生グループ100名を解散させました。19日には、クライストチャーチでロックダウン反対運動を行った3名、NZ北島の最北でマスク着用を拒否した2名がそれぞれ逮捕されています。20日には、クライストチャーチのスーパーマーケットで、マスク不着用の男性客がそれを注意した警備員を暴行した上、つばを吐き、退店にも応ぜず、NZ警察による逮捕にも抵抗したとして、すでに起訴されたという事件が発生しています(つばを吐かれた警備員はその後、コロナの検査を受けたとのことです)。24日には、ダニーデンで友人と車を4時間ほど乗り回した者が、外出制限違反に当たるとして300NZドルの罰金を納めています。8月17日以降、現地では「ロックダウン破り」に関わる事件が続いています。

 NZ警察のウェブサイトを閲覧すると、ロックダウンで全国的に交通量が減った道路で、スピード違反の取り締まりを一層強化する旨の警告も掲載されています。ロックダウンによって、違反行為の取り締まりを行う警察の出番がかなり増えることが容易に想像できます。

日本で期待高まる?「ロックダウン」論

 日本国内でも海外事情を知ってか知らずか、ロックダウンを導入すべきとの意見が有力に主張されています。8月1日の全国知事会提言でも「更に強い措置となるロックダウンのような手法のあり方についても検討すること」との一文があります。政府コロナ分科会の尾身茂会長も、いわゆる第5波が来るずっと前から「お願いベースでの働きかけを超えた、もっと強いメッセージが必要」との主張を繰り返しています。時期によって若干まちまちですが、各種の世論調査でもロックダウンの検討、導入に賛成する意見が過半を占めています。昨年の第1波の際には、緊急事態宣言の対象から外れて営業を続けているパチンコ店を目当てにわざわざ県境を超える者が続出し、当地の行政当局が難儀したことは記憶に新しいところです。コロナ慣れ、緊急事態宣言慣れした国民に「お願い」では伝わらず、人流をどう抑制するかは、今なお最大の悩みどころです。

 もっとも、日本で論じられる「ロックダウン」は、その定義がなされていないことがほとんどで、論者によって思い描いているイメージがかなり異なります。現在、段階的に改正を経た新型インフルエンザ特別措置法のスキームにおいて、事業者に対する休業要請、命令などはすでに可能となっており、憲法上許されないと政府が解釈しているのは、NZの実践のように、個人に対する強い制約(罰則による規制を含む)です。仮に前者を「ソフトなロックダウン」、後者を「ハードなロックダウン」と呼ぶならば、前者はすでに実行中である一方、後者の意味では、日本人的感覚からして相当抵抗が強いのではないかと思います。率直に言って、取り締まりが強化された日常に耐えられないのではないでしょうか。逆に「自粛警察」が復権を果たすなど、混乱と反発が深まることが懸念されます。強いロックダウンに賛成する意見は(そのすべてとは言いませんが)、その法的効果、影響については無頓着で、ただ何となく、緊急事態宣言というメッセージを超える行動制限のPR効果を生む(不要不急の外出が減る、テレワークが普及する)ものと、想像、思い込みを強くしている気がします。

 むしろ、方々で主張されていることですが、「お願い」ではなく「命令(罰則による規制)」によって移動制限の実効性を確保しようとするのであれば、その前提条件として一律の現金給付等を定期的に行うことが必要です。社会的に弱い立場、環境にいる人ほど、移動制限の法的効果が厳しく、重い負担になるからです。

 また、政府の側が「強いロックダウンも憲法上可能」と解釈を変更してしまうと、これも厄介な話です。およそコロナ禍のような緊急時には、個人の自由・権利を制約するハードルを下げていいという感覚に陥ってしまいます。例えば、ワクチン接種を一定の対象者に強制的に行うことを可能とするなど、人権侵害を容易に導いてしまうのです。個人の尊厳と幸福追求権、移動の自由、集会の自由、営業の自由、生存権、教育を受ける権利といった憲法上の権利を常に念頭に置く必要があります。NZのジェシンダ・アーダーン首相は会見で “Team of 5Million” という表現を多用しますが、日本の菅総理がこのような表現を用いたら、国民から顰蹙を買うだけでしょう。日本は字義どおりの “Team” となりえ(てい)るのでしょうか。今後、自民党の総裁選挙、臨時国会、衆議院議員の総選挙を通じ、ロックダウンの是非も争点となりうるところですが、用語のイメージや先入観をいったん捨てて、「ロックダウンとは何か、何がしたいのか」という中身の議論を掘り下げるべきです。

 専門家の間で「空気感染」対策にシフトすべきとの意見も強まってきており、そうなれば当然、議論の優先順位が変わります。言うまでもなく、「コロナ禍に便乗して憲法改正を狙う」のは、すでに時機を逸しています。

       

南部義典
なんぶよしのり:1971年岐阜県生まれ。衆議院議員政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科講師(非常勤)等を歴任。現在、国民投票総研 代表。専門は国民投票法制、国会法制、立法過程。主な著書に『図解 超早わかり18歳成人と法律』『図解 超早わかり国民投票法入門』(以上、C&R研究所)、『Q&A解説 憲法改正国民投票法』(現代人文社)、『9条改正論でいま考えておくべきこと(別冊法学セミナー No.255)』(共著、日本評論社)、『広告が憲法を殺す日』(共著、集英社新書)、『18歳成人社会ハンドブック』(共著、明石書店)、『18歳選挙権と市民教育ハンドブック[補訂版]』(共著、開発教育協会)などがある。(2020年6月現在)