第181回:新聞は誰のために?(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

自民総裁選が新聞を占領した

 9月18日の朝日新聞朝刊を開いて呆れ返った。「なんだこれは? まるで自民党の広報紙じゃないか」と吐き気さえもよおした。
 朝日新聞、ここまで堕ちたか。
 第1面がトップ記事で「自民総裁選 4氏立候補」。まあ、ここまではいいだろう。だが、開いても開いても「自民総裁選」の記事ばかり。
 2面は「票争奪 重なる戦略」「いちからわかる!自民党の総裁 どうやって選ぶの?」で占領。各候補についての情勢分析だ。他には「ひと」欄があるだけ。さらに第3面、「4候補 目玉政策を比較」と政策論。さらに、そのあとがひどすぎる。
 4面は「自民総裁選 4候補の素顔は」とあって、「酒は飲まず」とか「自他ともに認める酒豪」「両親の介護経験をもとにした庶民目線の政策」「障害のある長男の育児について…」などと、“お人柄”紹介のおまけ。「『河野氏支持』菅首相が表明」という記事もあって、総裁選ヨイショ報道はハンパない。はいはい、分かりましたよ、ゲップッ!
 ここまでは政治部の扱いだろう。だが、社会部だって負けちゃいない。最終社会面でもほぼ3分の2以上の紙面で総裁選の大特集。「総裁誰に 党員見極め」とあって、各候補の性格や人柄を事細かに報じる。「発言おとなになった」「ケンカ嫌いが強気に」「髪型は信念示すため」「気さくさ変わらない」などと、なんのことはない、第4面の“お人柄紹介”と同工異曲のアホ記事。
 野党については、1~3面には記述なし。4面の隅っこに「野党『なぜ国会開かぬ』総裁選巡り 主張重なり危機感も」なる小さな記事、他にはなにも見当たらない。
 日本列島を襲いつつあった台風14号の記事だって、社会面の隅っこにほんの申し訳程度に「台風 土砂災害に警戒」とあるだけ。
 いったい何なんだ、この新聞は?

与党 VS. 野党、圧倒的な非対称

 自民党の党員票数は約113万と言われている。日本の全有権者数は約1億100万人。つまり、自民党総裁選に投票できるのは、全有権者のうちの約1%強に過ぎない。各新聞もテレビも、たった1%の人向けに膨大な時間と紙面を費やしていることになる。
 こんな紙面づくり、おかしいとは思わないのかな、朝日の記者たちは?
 自民党総裁が次期日本国首相になるのは決定事項だから、頑張って報じるのは分からないでもない。しかしこの報道が、間もなく行われる衆院総選挙にどういう影響を及ぼすか、予想がつきそうなもの。なにしろ、扱う記事量が10対1ではきかない。むろん、自民10で野党1だ。朝日のこの日の記事量に限って言えば、100対1でも足りないくらい。こういうのを、圧倒的非対称という。
 それで「野党は発信力が弱い」などとほざかれたって、野党は、〈どうすりゃいいのさ この私、夢はいつ開く…〉だろうよ。

他の新聞を比べてみる

 ぼくは、新聞は朝日、毎日、東京の3紙をとっている。他に、電子版で沖縄タイムスも購読中だ。だから、比較することができる(読売、日経、産経は読んでいない。SNS上で目につくものは見るけれど)。
 18日は、各紙とも「自民総裁選記事」が大きい。17日に正式に立候補者たちが決定し、合同記者会見等が行われたのだから、他項目より大きくなるのは理解できる。
 毎日新聞にしたって、朝日と同じようなものだった。けれど、若干の紙面づくりの違いが感じられた。1面以外は、3面と5面、6面と、他の記事と同居させながら報じている。したがって、確かに多いのだが朝日のように「総裁選一色」という感じにはなっていない。さすがに、自民支持読者以外への配慮もあったのかもしれない。

 東京新聞は、かなり独自の構成だ。
 1面トップが「無策のつけ 飲食店に」との見出しで、政府のコロナ対策の効果検証を促す内容だ。居酒屋店主が、取材に答えて苦しさを訴えている。1面の第2記事は総裁選関連ながら「森友再調査 野田氏が明言」と、他紙とは別の視点からの記事、東京新聞なりの主張を押し出したつくりだ。
 さすがに2面は4候補の目指す社会像を取り上げているが、それを分析することに内容を費やしている。他紙のように「人柄紹介」などのヨイショ記事は見当たらない。あとは第7面に「共同会見の要旨」があるだけだ。
 これで記事量が少ないかと言えば、ぼくには十分だった。だって、この4候補が何を考え、何を第一課題に取り上げているかが分かればそれでいい。酒が強いの弱いのなんて、どうでもいい。
 高市候補がとってつけたように、ことさらに「親の介護」を持ち出すなんて、何を今更である。超タカ派(極右)のイメージを和らげようとの戦略だろうが、まんまとそれに乗ってしまうマスメディア。どうしようもない。
 とまあ、ざっと手許の9月18日付の3紙の感想である。

声を挙げれば届くかもしれない

 ぼくは「マスゴミ」という言葉は嫌いだから使わない。マスメディアはぼくにとっては、やはり貴重な情報源だ。各紙にはそれなりに親しい記者もいるし、ほんとうのジャーナリスト魂をもって頑張っている知人記者も多い。だが、そんな記者たちの努力が、こんな無残な紙面になるのでは、悲しすぎる。
 ぼくがマスメディア批判をするのは、少しでも普通の読者の声が届いて紙面に反映されることを願っているからだ。

 かつて、ぼくは上記3紙のうち、2度にわたって、毎日新聞の購読を止めたことがある。1度目は「右翼雑誌の広告」のひどさに我慢がならなかったからだし、2度目はこの夏の「東京五輪開幕」の際の、お祭り騒ぎのヨイショ記事の洪水にうんざりしたからだった。東京五輪の狂騒が終わったので、毎日購読を復活した。
 1度目の「毎日新聞購読中止」に関しては、このコラム「言葉の海へ 第90回」でその経緯を書いた。これは「朝日新聞を潰せ」という極右雑誌2誌(分かるよね)の広告が、毎日新聞に載っていることに我慢がならなかったからだった。いかに表現の自由というものがあるにせよ、どんな主張の雑誌でも広告なら仕方がない、というのは許せなかった。
 同じ新聞である「朝日を潰せ」、という広告を、毎日新聞は許容するのか。それでは、自らが新聞そのものを否定することになる。「朝日を廃刊にせよ」という活字がデカデカと躍る毎日新聞を、ぼくは購読中止にした。その際に「もし、それらのヘイト雑誌広告の掲載を止めたら購読再開する」と書いておいた。
 あのコラムにどれほどの効果があったのかは知らない。ただ、同じ趣旨のぼくのツイートはとても多くの人にリツイートされ、「いいね」を意味する〈♡マーク〉がつけられていた。同じ思いの人がかなり多かったようだ。
 ほどなくして右翼ヘイト雑誌の広告は、毎日新聞には掲載されなくなった。ぼくの記事の成果だなどと思い上がってはいないけれど、それなりの影響はあったのではないかと思う。

 声を上げればいいと思う。
 かつてのように、ぼくらは無力ではない。今回(18日)の朝日新聞の紙面へのぼくの批判ツイートも、かなりの反響を呼んでいる。多分、読んでいる人の中には朝日記者もいるだろうし、朝日の調査部署もチェックしているかもしれない。
 その結果を、朝日新聞が生かすかどうかは分からない。だが、この声がもっと大きくなれば、考慮せずにはいられなくなるはずだ。
 我々の声がマスメディアを少しでもまともな方向へ動かす風になればいいと、ぼくは真剣に思っている。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。