『MINAMATA ミナマタ』(2020年アメリカ/アンドリュー・レヴィタス監督)

 漆黒の闇の中に浮かぶ母と娘の入浴シーン。母は浴槽に胸まで浸かり、娘を抱いている。娘の体は硬直してまっすぐで、目は虚空をさまよっている。母は慈愛に満ちたまなざしをその娘に注ぐ。傷ついたイエスを聖母マリアが抱くミケランジェロのピエタ像を思わせる荘厳な一枚の写真。水俣病を追い続けたアメリカの写真家ユージン・スミスの写真集『MINAMATA』(1975年出版)に収められた「入浴する智子と母」を初めて見たときの衝撃は忘れられない。
 胎児性水俣病患者の智子さんは、水俣病の悲惨さを象徴する存在となり、世界中に知られるようになった。だが彼女の写真が載った写真展のチラシが、路上のゴミになるなど粗末に扱われたことに心を痛めた両親の意向もあって、あるときを境に非公開とされてきた。

 ユージン・スミスは78年に死去、写真集『MINAMATA』も絶版となり、水俣病は教科書で知る遠い過去の公害事件となりつつあった。その水俣病が今、再び注目されている。あのハリウッド大スタージョニー・デップが、自ら製作、主演した話題作『MINAMATA』が公開されたからだ。
 私は水俣病については報道を通じてだが、リアルタイムで知っている世代で、「怨」ののぼりを立てた激しい抗議運動を、共感を持って注目していた。その水俣がどう描かれているのか、期待に胸を膨らませて映画館に急いだ。

 映画は1971年のニューヨークから始まる。かつては報道写真家として華々しく活躍した写真家ユージン・スミスは、今や撮るべき目標を見失い、酒におぼれ借金に追われる日々を送っている。そこに現れたのが後に妻となる日系ハーフのアイリーン。「日本の熊本県水俣市にあるチッソ水俣工場がメチル水銀を含む排水を海に垂れ流し、多くの住民が苦しんでいる。それを撮影、取材し世界に発信して欲しい」。彼女の誘いを受けたユージンは水俣に渡り、患者や住民らと交流を重ねながら、水俣病の実態、患者らの抗議運動、それを力で押さえつける工場側の暴挙などを撮影、写真家として再生していく——。

 息もつかせぬ二時間弱だった。だが見終わって残ったのは、名状しがたい違和感である。
 確かにユージンが乗り移ったかのようなジョニー・デップの熱演には引き込まれた。「入浴する智子と母」の撮影シーンは、宗教画のように美しかった。エンドロールには、水俣病と同じような公害や環境汚染が世界中で続いており、多くの人々が苦しめられていることが示される。そのとおり、よくぞ今、公害の原点水俣病を取り上げてくれた。その慧眼には敬服する。文句なく立派な映画だ。
 だがしかし、なんか変、どうもしっくりこない。これ、ほんとに日本の水俣のこと?

 まず、磯の香りがしない。潮騒、海鳴りも聞こえず、塩気を含んだ湿った漁村の空気が感じられない。ちらちらと光はじける海面は絵はがきのようで、海辺で思索する主人公は、どこか海外のリゾート地で休暇を楽しんでいるようにしか見えない。
 それもそのはず、ロケ地はセルビア、モンテネグロの港、海岸だという。なあんだ、どおりで空気が乾いているはずね。
 日本人キャストも要所要所に配されているが、どこか浮いている。抗議運動の先頭に立つ患者のリーダー真田広之はかっこよすぎるし、チッソの社長役國村隼は英語がうますぎる。漁民や患者を演じる大勢のエキストラも、70年代の日本人には見えず、存在感が希薄。なかには明らかな非アジア系白人の顔も混じっている。
 なんか嘘っぽい、リアリティがないという不満は、映画のメッセージの正しさに救いがたい影を落とす。大義があるんだから、細部の表現には目をつぶって、とはいかないのが映画というもの。野党共闘とは違うんだから。

 一方、これをユージン・スミスというひとりの写真家の人生を描いたアメリカ映画と見れば納得できる。ニューヨークのユージンの暮らし、『LIFE』編集長とのやりとり、締め切りぎりぎりに水俣からの写真が届いて、輪転機が回り、雑誌の束がトラックに積まれ、など、報道写真黄金期のアメリカの空気感は、リアルにまっすぐに届く。

 見終わった後のもやもやを何とかしたくて、本棚の奥にあった石牟礼道子の『苦海浄土』、『みな、やっとの思いで坂をのぼる』(水俣病センター相思社で、患者相談にのっている永野三智さんのエッセイ)を探し出して再読している。水俣病とはなんだったのか。いま、どうなっているのか知りたくなった。
 また今朝の全国紙に小さく載っていた「沖縄県金武町の水道から高濃度の有機フッ素化合PFOSが検出された」というニュースに、ぱっと目が行くようになった。ミナマタは、今日なお世界中で続いている。
 そう思わせてくれた『MINAMATA』に感謝。映画は、感動して終わり、でなく、きっかけを与えてくれるものなのだから。

(田端 薫)