『スズさん〜昭和の家事と家族の物語〜』(2021年日本/大墻敦監督)

 東京都大田区にある「昭和のくらし博物館」。昭和の庶民の日常をそのままに伝える木造二階建ての小さな家は、博物館の館長であり生活史研究家の小泉和子さんが、かつて両親や姉妹とともに住んだ自宅だったところ。本作は、その家で営まれた暮らしの様子と、和子さんの母親である「スズさん」の生涯を綴るドキュメンタリーである。

 3章構成のうちの第1章は、スズさんの生い立ちと戦争の物語。明治の終わりに横浜で生まれたスズさんは、関東大震災で母親を亡くし、女中奉公へ。お見合いで結婚して母となり、子育てに奮闘する日常に、徐々に戦争が色濃く影を落としてゆく。学童疎開に向かう娘たち、建物疎開や防空演習、そして1945年5月に横浜を襲った大空襲……。戦中・戦後に撮影されたニュース映像や写真に、「スズさん」目線のナレーション、そして和子さんの語る記憶の情景がかぶさる。

 横浜大空襲の日、11歳だった和子さんは家族とはぐれ、妹たちを連れて火の海の中を逃げ惑った。急降下してきた飛行機を見てとっさに民家に逃げ込むと、ついさっきまで自分たちがいたその場所に、機銃掃射が降り注いだという。学童疎開先での日々のつらさ、どんどんと悪化していく生活事情……徹底して「庶民」目線で語られる「戦争」は、ひどくリアルで生々しい。「これで空襲に立ち向かえる」と語られていたのであろう、建物疎開や防空演習の資料映像が、どこか空々しく映るのとは対照的だ。

 そして第2章、3章では、一家が戦後に東京へ引っ越してからの暮らしぶりが描かれる。建築士だったスズさんの夫が自ら図面を引いて建てた小さな家での、家族6人に下宿人も含めた8人暮らし。スズさんは主婦として、家族が快適に暮らせるよう細やかに心を配り、家事にいそしむ多忙な毎日を送る。

 今のように家電製品が充実しているわけではない時代。一日中、やることはいくらでもあった。3章の「昭和の家事の記録」で使われているのは、スズさんが80代になってから、かつての家事の様子を再現してもらったときの映像だというが、その手つきは迷いがなく、鮮やかだ。洗濯板での洗濯(洗うだけでなく、水気を絞るのがまた大変そう)、着物の洗い張り(今だったら職人さんの仕事だ)、お正月やお盆の準備……。茹でた小豆をすりつぶし、布で漉してつくる漉し餡のおはぎの、つややかでおいしそうなこと! 

 足を悪くしてほぼベッドでの生活になってからも、いつも針を動かして何かしら作っていたというスズさん。そうして手を動かし、体を動かすことが「生きている喜びそのものだったのではないか」と和子さんは言う。決して歴史に名を残すわけではない、けれどそうしてまっとうに、懸命に暮らしを紡いだ無数の「スズさん」(もちろん男性も含めて)たちこそが、この社会の根幹を支えてきたのだ。

 今スズさんと同じことをやれといわれてもまずできないだろうし、便利になることを否定はもちろんしないけれど、自分の手を動かして食べるものや着るものをつくる、その大切さは忘れずにいたい。とりたてて華やかでも、特別でもない毎日を、けれど丁寧に積み重ねることの貴重さ、尊さを改めて思った。

(西村リユ)