第12回:俺たちに明日はあるのか? (小林美穂子)

選挙結果の意味と貧困問題の今後

 2021年の衆議院選挙が幕を閉じ、個人的には「まぁ、そうなるよね」「そんなに期待してなかったけど」と冷笑しながらやせ我慢をしたくても、なけなしのやせ我慢を押しのけて「なんだそれ、アホか! クソ!」とか「滅びろ!」「バルス!」みたいな負け犬の罵詈雑言が、ダムが決壊するがごとく溢れそうなので、口を閉ざすことにしている。
 投票には必ず行くが、もともとあらゆる意味でポリティクスは苦手だ。かつて、海外で働いていた職場に大きく二つの派閥があって、入社するやどっちに付く? みたいな雰囲気になった時に「誰にも付かない。自分の仕事だけする」ってカッコよく答えたら、ビザすら取ってくれなくて、おまけに半年後にクビになって放り出され、不法滞在者になるわ、不法就労者になるわで、とんでもない目にあった。だから政治的駆け引きとか、政治論争でゴハン三杯食べられます! みたいな人がどうもダメだ。職場の政治と国政は違う? いんや、大して違わんね。でもそれは私の個人的な感想なので、バカだなって思ってくれればいい。
 政治と心理的距離を取っているつもりでも、だからといって「気分一新、がんばろー」という気にもイマイチならない。意気消沈はする。
 だってコロナが始まって、もう1年8ヶ月なんだもん。

公助が狸寝入りしているばっかりに

 コロナ禍、しがない支援団体の私たちスタッフ数名は、連休なんて一度もないような日々を、文字通り命を削るようにして生活困窮者の支援や発信に駆けずり回っているのだから。息切れどころではない。トライアスロンの無限ループをやらされている感じ。休憩なんてぜんぜん無くって、「自転車競技を休憩と思おう」くらいの苛烈さだ。足パンパンだ。
 最初の頃なんて、支援者仲間に過労死が出るのを恐れていた。「最初の過労死が自分だったら嫌だな」なんて、笑えない冗談でひきつり笑いを浮かべていたくらいだ。
 なんでこんな小さな支援団体のスタッフ達がボランティアベースでそこまでやるかっていえば……ここ文字フォントを36ポくらいにしたいのだが、「行政が、国がちゃんとやってくれないから!」。横断幕を作って都庁や各自治体の役所屋上から垂らしたいくらいだ。
 11月19日現在で社会福祉協議会が窓口となる特例貸付(借金)は累積申請決定件数約300万件、額にして1兆2千800億円超で、それだけ国が貸し付けないと生活が成り立たない人たちがいるというのに、生活保護制度へ広報や誘導はしない。民間団体が手弁当で開催するフードパントリー(食料支援)に、福祉事務所の職員が相談者を(生活保護の申請はさせずに)送るという、本末転倒も甚だしいことが起きている。福祉事務所ってフードパントリー紹介所だったの? つくづく情けない。

 幸いなことに、いまのところ民間の支援者に過労死は出ていない。なんと、倒れてもいないが、いい加減に腹も立つ。責任感と、気力と、使命感だけで、みんな時にゾンビみたいに呻きながら動き回っているんですけど、それでもまだ自助と共助を求めますかねっ!(←半ギレ)ちょっと、公助、起きなさいよっ!!
 かえすがえすも、衆院選は悔しい。貧困問題に関心のある候補者に増えて欲しかった。
 選挙結果は私たちの精神力を削ぐものだったけれど、知るか。こっちはもうゾンビだ。ゾンビは死なない。もはや、言ってることが分からない。

だから希望の話をしよう

 世の中は変わらないのだろうか? 社会は苦しくなる一方なのだろうか? 格差は180℃開脚並みに開く一方なのか?
 今の流れだとそうなのだろう。しかし、その流れが激しくなるほどに、水飛沫をあげながら抗う石のような存在も目に入ってくる。そんな希望を数えることにしよう。

 10月6日、折しも私がNHKハートネットTV「みんなの生活保護!今こそ、制度を利用しよう」の生出演に備え、メイク室で完璧な眉を描いてもらっているちょうどその時、東京都・中野区議会を傍聴していた同僚からメッセージが入り、それを見た私が「うほぉぉおっ!!!」とクレヨンしんちゃんのような声を出して体を震わせたものだから、メイクさんが思わず眉と眉をつなげてしまう……なんてことはプロだから全然なく、私は自分の挙動不審をメイクさんに謝りつつ、思わず隣の席にいた中野淳アナウンサーに「中野区の新庁舎に生活保護課を入れないっていう基本計画が撤回されました!!」と報告してしまったのだった。偶然にもダブル中野である。
 どういうことか。ザックリまとめれば、3年後に完成が予定されている中野区の新庁舎に生活保護課だけ入れないという計画が決まってしまっていたのを、区民、区職員労働組合、現場が「ちょっと待った!」をかけ、そんな区民や現場を代表する形で、共産、公明、無所属の議員たち、最後には立憲議員も区議会で問題にしてくれた。
 元々の基本計画があり得ないほどにひどすぎたので、撤回は当然とは言え、一度決まっていたことが覆るということは滅多にないことである。市民の声を無視しない区長であったのも幸いした。その経緯は、第10回コラム「中野区生活保護課の庁外移転計画と差別問題について」を読んで欲しい。

今、求められるメディアの役目

 中野区が差別に背を向けた、そのめでたい日の夜に放送されたNHKの歴史的番組「ハートネットTV」、これがまた激流に抗う大きな石だった。番組スタッフたちの本気度、そしてメイクさんの技術をご覧ください。

 〈ハートネットTV「みんなの生活保護!」【特集】命と生活を支える制度 みんなの生活保護(2)今こそ、制度を利用しよう〉 

 なにしろ、タイトルが「みんなの生活保護!」だ。「あなたの」でも、「私の」でもなく、「みんなの生活保護!」ビックリマークがポイントだ。そして、「今こそ、制度を利用しよう」である。コロナ禍で困窮した人が大勢いる昨今、今使わないでいつ使うの? 「今でしょう!」と林修さんも言ってくれる……といいなぁ。同姓同名漢字違いの林治弁護士は言ってくださる筈だ。
 生活に困窮しても制度につながらないスティグマ(恥の意識)や自己責任論、福祉事務所の追い返しなど、人々を制度から遠ざける要因を何とかなくしていきたいという番組制作者の熱い思いが伝わる番組となった。番組の中では、厚生労働省の保護課担当も電話取材に応じており、制度についてのよくある誤解や福祉事務所の不適切行為について、はっきりハキハキと説明していて、言葉も法律すらも権力者たちによってメチャクチャにされている世の中で、「法は生きていた!! 良心は存在したぞー!!」と村中に叫びたくなる私だった。

官民協働のフードパントリー、継続中

 中野区社会福祉協議会が定期的に開催している「中野つながるフードパントリープロジェクト2021」(第8回コラム参照)に、つくろい東京ファンドは中野区福祉援護課の職員と初回から参加している。7月17日に猛暑の鷺宮にはじまり、8月29日には東部地区、そして、三度目となる11月13日は鍋横にて食糧支援と生活相談、それに加えて医療相談が行われた。
 他の地域ではあまり見られないことだが、福祉事務所の現役職員が、時には(多くの場合で)対立する場面の方が多い民間団体と一緒に、生活に困った人たちの相談に入るのである。
 福祉事務所はあくまで申請主義。職員が事務所の外に出てきて生活困窮者に自らアプローチすることはあまりない。ましてや、支援団体と組むことはない。
 公助が外に出て来て市民に制度利用を勧める、これは相当に画期的で大きな希望だ。中野区は誇りに思って良くて、「つーか、逆によその区はなぜやらないの?」と聞いて回ってもいいほどだ。
 福祉事務所に来ないけれど、食べるものにも困るほどに困窮している人達がコロナ下で激増していることは福祉事務所職員も知っている。アウトリーチしない理由あります? ないですよね。今やらないでいつやるの? 林修さん!

見えづらい貧困の増加

 公園などで市民団体や支援団体が行う炊き出しに並ぶ人々の層は、コロナ以降ガラリと変わり、路上生活者の中に若いネットカフェ生活者や、アルバイトのシフト減で一日一食で我慢している学生たち、若い女性や、幼い子どもの手を引いた母親、アタッシュケースを持った背広姿の男性などが混じるようになった。
 先日はニュース番組で、困窮する学生に大学が100円の弁当を配布する様子が映し出されていて、若者達が次々と走り込んできては弁当を手にする映像に胸が苦しくなった。
 社会福祉協議会が開催するフードパントリーにやってくる人たちの層は、炊き出し現場とはまた異なっていて、ここはどこかのショッピングセンターなのか? と思うほどに、外見からは困窮がまったく見えない人たちが多くやってくる。そして、その多くは子ども連れや単身の女性であることから、この社会が女性に極めて厳しいことがリアルに分かる。みな、あちこちのフードパントリーや食糧支援、社協の貸付制度を利用しているが、生活保護は考慮していない。
 そんな人達に、「生活保護制度を使ってください。使えますよ」と、襟が伸びたTシャツや毛玉セーターを着た私のような得体のしれない支援団体スタッフが言うよりも、区役所の名札を首から下げた職員が真摯に話を聴き、あらゆる疑問や誤解に答えていくことの方が、悲しいが何十倍も説得力がある。それまで違う場所で何度もお顔を拝見し、言葉を交わすこともあったものの、頑として制度利用を選ばなかった人が、福祉事務所職員と話したあとで「来週、伺います」とあっさりと決断したりするのだ。
 私たちはそれでいいのだ。生活保護制度が市民の命と生活を守るセーフティネットで、最後の砦であることを、福祉事務所の職員が証明してくれる、それこそが大事だと思っている。
 官民そろって、目の前の人の生活を再建するために頭を悩ませ、知恵を持ち寄る、それは普段、福祉事務所のひどい対応や、追い返しを見たり聞いたりしている私には希望である。

一寸先は闇、でも諦めないでいきましょう

 希望の話をしているところでこんな話をするのはどうかと思うのだが、1年8ヶ月の疲れがどっと出て、私自身はかなり不調である。
 コロナ以降、喘息やら下血やら胃痛やら不眠やら……、アベノマスク並みに迷惑なギフトを国から貰った気がする。それでも負けてたまるもんですか。劣勢でも、流れに抗う石が急流のあちこちに点在しているのを力にして、私も背中で水を受け続ける。
 すでにデフォルトとなりつつある意味不明の下血にしたって、「あら素敵な発色、曼珠沙華の花のようだわ」と貴族のようにはしゃぐ。ここまで貧困が広がってるというのに、まともに対策をしようとしない行政や政治に対しては相当イライラが募っている。こっちは1年8ヶ月も行政の代わりに走り回っていて、ボロボロの手負いのクマだ。こんな時に水際したり、申請者が望まない扶養照会したりしたら、これまで以上に本気で暴れるからねと一応言っておく。あと、健康診断にも行きます。長期戦をしぶとく闘うには健康第一なので。
 「帰ってきたドラえもん」の、のび太とジャイアンの決闘シーンのように、ぶざまでもしつこく、しぶとく、めんどくさく。

       

小林美穂子
1968年生まれ。一般社団法人「つくろい東京ファンド」メンバー。支援を受けた人たちの居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター(女将)。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(NZ、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て、生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。空気は読まない。共著に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)。