和田靜香さんに聞いた:候補者と主権者が対話しながら、選挙を「お祭り」にしていこう! ――「香川一区」選挙戦を振り返って

先の衆議院選挙は、全体的には立憲民主党らリベラル派野党が大幅に議席を減らすという結果に終わりました。一方で、「香川一区」や「東京八区」などでは、市民ボランティアが中心となって野党候補を勝利へと導きました。その市民型選挙スタイルからは、今後に学ぶべき希望があります。そこではどのような選挙戦が展開されたのか、勝因は何だったのか、私たち有権者にできることなど、香川一区の立憲民主党小川淳也さんの選挙戦に密着したライターの和田靜香さんに伺いました。

民主主義を実践するため、選挙戦に密着

――和田さんが衆議院議員小川淳也さんとの政治問答『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?国会議員に聞いてみた。』(左右社)を出版されてから大きな反響を呼び、大評判になりました。和田さん自身の生活も大きく変わったのではないでしょうか。

和田 もう、自分でもびっくりするくらい、環境が変わりました。「立憲パートナーズ」のオンライン会合で、代表選に立候補している小川さんの応援スピーチを頼まれたり、1年半前にはおにぎり屋さんでバイトしていた私がなんで? と信じられない気持ちです。
 私は2008年ころから、本業のフリーランスライターの他に、コンビニやレストランなどでバイトしながら暮らしてきました。その時給の多くは最低賃金。これって私のせい? どうして私の生活は苦しいの? それが知りたくて、映画取材がご縁で出会った国会議員の小川さんに素朴な疑問をぶつけてみたのがそもそもの始まりです。
 初めは政治のことは何もわからず、質問すらできない状態だったのですが、私も勉強していくうちに、なんとか問答らしきやりとりが出来るようになり、それがやがて対話になって1年、あの本が出来ました。でも、誰が読んでくれるのだろう、小川さんの後援会の人が少しは買ってくれるのかしらと思っていたら、まさかの2万4千部。本当にびっくりです。

――今回の衆院選では選挙期間中にずっと小川さんの選挙区に入って、「和田靜香の選挙日記@香川一区」としてリアルタイムでウェブ発信されましたね。

和田 これも『時給はいつも最低賃金…』を書いたときみたいに何も決めていなくて、なんかおもしろそうだからちょっと見に行こうか、くらいの気持ちで、ふらりと高松に行ったんですよね。、結局、11月2日までほぼ毎日、日記を書いてウェブ上にアップしました。読んでくださった方から「自分も香川一区にいるみたいで、ワクワクします」と言われて、選挙のお祭り気分を盛り上げるには一役買ったかなと思います。
 最初はそんな感じのノリで行ったのですが、出陣式で小川さんの映画を撮った大島新監督に「和田さんは、何しに来たの?」と聞かれたときには、思わず「小川さんとの本で私は民主主義を学んだので、今度は民主主義を実践しに来ました」と、それらしいことを言ったんですよね(笑)。でも、自分で言ってから、「ああ、そうだな」と思って、そのことを意識はしていました。

保守王国に挑んだ市民ボランティア

――香川一区は小川さんと自民党の前デジタル大臣平井卓也さんとの激戦が予想され、全国から注目を集めていました。選挙区に入られて、第一印象はいかがでしたか?

和田 それが拍子抜けするほど静かでした。まず選挙ポスターが見当たらない。東京だったら、町中にポスターが貼られて、いよいよ選挙戦という雰囲気がありますが、し〜んとしている。香川一区は盤石の保守王国で、今さら微動だにしないという威圧感が感じられました。
 ところが、小川さんの選挙事務所や演説場所に近づくと、そこだけ選挙間近ならではの活気がありました。老若男女いろいろな人が集まっていて、小川さんがワハハハと楽しそうに話している。その小川さんは、国会中継や議員会館のときとは違う表情で、なるほど国会議員って地元の人たちに選ばれ、支持されて、その代表として国会で国のために働く存在なんだなあと、あらためて実感しました。
 普通の選挙事務所って、「為〇〇殿」とか「必勝」とか書かれた「為書き」がずらりと並んでいたり、気楽に入れる雰囲気ではないでしょう? 小川事務所にも奥の方に為書きは貼ってあるのですが、入り口のガラス一面には画用紙を切り取った青い鳥が飾られたり、インスタなどで寄せられた小川さんへの応援メッセージがぺたぺた貼り付けられていたり、カラフルでとっても明るいんです。

――それらも市民ボランティアの皆さんの手によるものなのですね。小川さんの選挙戦は、多くの市民ボランティアに支えられた市民型選挙と言われました。

和田 18年間、小川さんをずっと支援し続けてきた地元のお年寄りから若いママさんグループまで、本当にいろいろな人が集まっていました。
 小川さんはなかなか選挙区当選できなくて比例で復活していたわけですけれど、それでも見捨てないでずっと支えて、「私たちの代表を国会へ送ろう」と運動を続けてこられた支援者の方がいる。古くからの支援者は、電話かけなど新参者にはハードルの高い仕事にも地道に取り組んでこられて、頭が下がりました。
 一方で、お年寄りが苦手とする今風の技術が得意な人たちがいて、SNS班とかインスタ班とかを作って発信している。みんながそれぞれ出来ることを出来る範囲でやりあう、みんなが現場で民主主義を作っているという雰囲気でした。
 事務所では女性同士のおしゃべりも弾みました。たとえばひとりの女性が「私は選挙でよく言う『〇〇を男にしてやってください』っていうのが大嫌いなの」と言うと、そうそう、ほんとほんとと大盛り上がり。これまで政治の世界は男中心の社会だったから、選挙にまつわる言葉って、たいがいマッチョなんですね。それまでひとりひとりの女性が胸の内に抱えていた本音もここでは忌憚なく話せる。これも民主主義の実践のひとつ。私が本に書いて願っていたことそのものが、ここにはあると感じました。

――若い人がたくさん参加していたのも、小川陣営の特徴だったとか。

 映画を見て小川さんのファンになって、遠くから高速バスでかけつけてきたとか、他県からの若者たちもいました。願わくば、彼らが香川一区での体験を生かして、自分たちの地元で候補者を育てられるようになったらすばらしいですよね。一時の「小川フィーバー」で終わらせたら、もったいないですから。
 街頭宣伝には「インスタで見た」という女子高生たちも集まってきて、「今は小川さん一択!」とか「かわいい〜」とか盛り上がっていて、SNSってすごいんだなあとびっくりしました。
 候補者と一緒の写真を撮って、それを学校で友達に見せて選挙とか政治の話につながったらおもしろいですよね。「選挙はお祭り」というと不謹慎に思われるかもしれないですけど、お祭りのように盛り上がるものにできるかが、私は大きいと思っていて。きっかけはなんであれ、とくに若い人に選挙はお祭り、楽しいよと実感してもらえたら、それは希望になると思います。

――投票日直前に、小川さんが歌手・俳優の小泉今日子さんとインスタ(グラム)ライブをなさったことも、話題になりました。

和田 あれは、私の友人であるシンガー・ソングライターの浜田真理子さんが小泉さんと知り合いで、小川さんを励まそうと私たちで勝手に企画したんです。「キョンキョンとインスタライブやりませんか」と持ちかけたら、小川さんも大いにのって、小泉さん、小川さん、私の3人で1時間くらいおしゃべりしました。
 小泉さんは、高度経済成長期、そしてバブル時代を生きてきて、政治や社会に関心を持つことをし忘れてきた世代だったのだけれど、新安保法制に反対する若い人たちのデモを見て黙っていてはいけないと思うようになったのだとか。普通に政治のおしゃべりができる社会であってほしい、一票は小さく見えるけれど、お互いに同じ時代に生きる者同士が預け合っているもの、自分のために誰かのために投票しようよと、語ってくれました。

どぶ板をまたいで、対話して

――今までの選挙にはない新しい現象もありましたが、基本的には従来の「どぶ板選挙」をしていたと日記に書いていらっしゃいますね?

和田 たしかにそうですね。汗だくになって自転車をこぎ、車から手を振り、船に乗って島にも渡る。腰痛にならないかしらと心配になるほど腰を低くしてお辞儀して、挨拶して、グータッチして、何十何百枚の「どぶ板」をまたぐ。映画やテレビで見る小川さんは、スマートでキラッ、パリッとした印象ですが、選挙区で走り回る小川さんは全然違いました。
 これが日本のどぶ板選挙なのかと、正直戸惑いましたが、2週間その様子を見ているうちに、考えが少し変わりました。選挙はその地域にあったやり方があって、都会と地方では違って当たり前。香川のように保守的なところでは、家族ぐるみの選挙戦もやっぱり必要なんだろうなと、今回行ってみて初めて分かりました。候補者と少しでも触れあうことは政治への入り口になる。問題はそこから先で、小川さんは出会いを対話につなげた、そこが今回の勝因のひとつだろうと思っています。

――候補者と有権者の対話ということですか?

 小川さんはどこでもその地域の問題に即した政策を熱く語るのですが、それが一方的に訴えるだけでなく、聴衆から質問を受けて答えるという対話になる。そうすると高松のスーパーの前とかの演説会がだんだんライブ会場みたいな、野外フェスみたいな盛り上がりになっていったんです。
 立憲民主党の代表選でも小川さんは東京・有楽町で対話を行っていましたが、そこでも初めは手を挙げる人は少なかったのですが、だんだん増えていって「コロナで仕事がなくなった」とか「年金がたりない」とか、われもわれもと自分のことを話すようになっています。
 コロナ禍でも、私たちは政治家から「言葉」をもらっていませんよね。「こういう対策をとるので安心してください」とかも何もなく、なんら納得できる言葉をもらってないまま、マスクだけが送られてきた。そんな世の中で生身の国会議員に自分の苦しみや不安を直接訴えて、対話できることって、すごいことじゃないですか。
 政治家と有権者が対話を重ねることで熱気が生まれ、祭りが盛り上がり、民主主義がそこで育つ。今回、香川一区で選挙が「祭り」になったのも対話があったからこそで、それが小川さんの当選につながったのだと思います。

――政治家との対話を通して民主主義が育つという、和田さんがご著書を執筆する過程で体験したことを、香川一区の皆さんも体験したということですね。

和田 そうそう。私はこの本を書いている間、ずっと民主主義ってなんだろうと考え続けていたのですが、それを高松の街頭で間近に見た気がします。あの熱気は人を興奮させるし、うねりになって広がる。政治に対する無関心や失望が広がっている今、そこにどんな政策があるかという以前に、まずは政治に対する熱気とうねりが必要なのではないでしょうか。政治なんて関係ないと思っていたけど、そうじゃない。「政治は自分事」と気づくきっかけになるのではないでしょうか。

政治家にお任せでは、世の中変わらない

――和田さんは、以前から選挙には関心があって、選挙運動にも関わってこられたそうですね。

和田 2013年の参院選の時、選挙に行こうと呼びかける「選挙ステッカー運動」をやりました。その前の都議選の投票率が43.5%で、これはいかん、私にできることがあるんだろうか? と思っているときに、アメリカの大統領選で投票を促すステッカーを著名人らが広めているというニュースを知ったんです。これを日本でもやったらどうだろうとツイッターなどで呼びかけたら、やろうやろうということになって、プロの漫画家さんやイラストレーターさんが描いてくださった。それをプリントしてステッカーを作って、駅前で配ったりしました
 この「選挙ステッカー」運動は話題にもなったのですが、結局投票率は上がらなかったんですよね。私もがっかりして、それっきり。ほかにも応援している候補者のビラを近所にポスティングして回ったこともありますが、その人が落選してしまうとそれで終わり。こんなことやっても無駄なんだ、とあきらめてしまっていた。でも、そのときは私自身、選挙の争点が何かも考えてなかった。選挙に行こうという運動をしていても政治のことはわかっていない、ちぐはぐな状況だったんですよね。
 今考えると私自身に主権者意識がなかったのだと思います。つまりどこかにすばらしい政治家がいて、その人を選挙で勝たせれば、あとはやってくれるだろうと思っていた。そうではなく政治家は主権者が育てるもの。主権者自身が政治のことを勉強して、こうしろああしろと声を上げて政治家を動かすものなんですよね。みんなが自分で考えて「ちゃんとやれよ!」って能動的に言えるようになれば、政治家に「聖人君子」を求めたりしないかもしれない。私は『時給はいつも最低賃金…』を書く過程で、やっと主権者意識に目覚めました。

――政治家にお任せでなく、主権者にも自覚と覚悟がいる、ということですね。

和田 実は今回小川さんの地元へ行って、びっくりしたことがあります。何人かの方から「これまで小川さんの人柄にほれてずっと応援してきたけれど、和田さんの本を読んで初めて小川さんの政策がどういうものか分かった」と。
 たしかに私だって1年前まで「財政」とか「GDP」とか、基本的なこともまったく知らなかった。政治家の言葉って、やはり難しいし、ホームページ見ただけではきれい事がずらずら並んでいるだけで、頭に入ってきませんよね。「和田さんがやさしくかみ砕いて説明してくれて初めてわかった」と言われ、苦労が報われた思いがしました。でも、複雑でもあります。
 選挙の応援に来ている若い方が「これから何をしたらいいだろう」と言うので、「政治の勉強会をしたらどうですか」と言ったのですが、それはハードルが高いと言われました。選挙応援をして政治家に会うまではやるけど、そこから政策を勉強するかというと難しい。でも、そこが一番大事じゃないかなぁと思います。
 賢明な主権者になるにはやはり学ぶことは絶対必要。そうでないと自分が望む政治や社会はできないので、面倒くさいのは私も同じだけれど、その覚悟は必要だと思います。

――新聞やテレビを見ているだけでは、主権者意識は育ちませんよね。

和田 メディアの選挙報道もステレオタイプで、選挙を自分事として考えさせる工夫が感じられません。逆に政治をつまらなくしている。たとえば今回の衆院選では「今回の争点は分配だ」とか盛んに報じられましたが、ピンときましたか?
 私は争点って、人それぞれが決めることだと思っています。私の場合は、50代独身でフリーランスというだけで部屋を借りるのが大変。だから住宅問題にいちばん関心があって、そこを争点に候補者を選びました。
 年金が足りなくて心配というなら年金政策を、結婚しても名前を変えたくないという人なら選択的夫婦別姓問題と、一人ひとりが抱えている問題について、どの政党、候補者の言っていることに合点がいくかと、選挙公報も自分に引きつけて読めば、おのずと投票先が見えてくるはずです。
 私も政治家なんて遠い存在と思っていたけれど、小川さんと本を作ることになり、政治家が人間の形に思えるようになりました。選挙ではその政治家が路上に出ている。生きている姿が見えるし、話も出来る。こんなチャンスは滅多にありません。みんな、外に出ましょう!

――政治家と対話して、選挙を楽しい祭りにする。主権者が政治を動かす。なにか希望が見えてきました。元気の出るお話をありがとうございました。

(構成・田端薫)

わだ・しずか●1965年千葉県生まれ。相撲・音楽ライター。著書に『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか?国会議員に聞いてみた。』(左右社)、共著に『世界のおすもうさん』(岩波書店)、共編に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』(岩波書店)など。

『選挙活動、ビラ配りからやってみた。「香川1区」密着日記』(和田靜香著/左右社)
※アマゾンにリンクしています

*記事を読んで「いいな」と思ったら、ぜひカンパをお願いします!