第99回:史上最大のバブルが到来している(森永卓郎)

エブリシングバブル

 電気代やガソリン代といったエネルギーだけでなく、小麦、食用油、調味料、菓子など、あらゆる商品の値上発表が相次いでいる。新聞やテレビの報道では、値上がりの原因は、ウクライナでの戦争と円安だとされている。確かに戦争や円安が物価高騰に輪をかけたのは事実だが、本質的な値上がりの原因は円安ではない。バブルだ。
 例えば、現在1バレル100ドルを超えているニューヨーク市場の原油価格は、一昨年4月には一時マイナスとなっていた。それが一昨年末に47ドル、昨年末が72ドルと、ウクライナの戦争が始まる前から大きく上昇していたのだ。
 また、消費財の価格だけでなく、木材、鉄、アルミなどの生産財、株式などの金融商品、さらには暗号資産や美術品にいたるまで、あらゆるところに価格上昇は広がっている。
 なぜそうした現象が起きたのか。一番大きな原因は、金融緩和で世界にお金があふれたことだ。2008年に起きたリーマンショックによって、世界は深刻な不況に直面した。そして何とか景気を刺激しようと、各国の中央銀行は、無利子に近い低金利で大量のお金を供給したのだ。日本でも10年前の第二次安倍政権から、黒田東彦日銀総裁の下で異次元金融緩和が始まった。そして世界の金融緩和の流れは、コロナ禍の経済危機で一層拡大したのだ。
 金融緩和で供給された資金は、本来企業の設備投資を促して、経済成長の起爆剤となるはずだった。ところが、魅力的な投資先が見つからないなかで、世界にあふれたお金は、投機に向かった。それがバブルを引き起こしたのだ。
 人類はこの200年間で70回以上の大きなバブルを経験している。バブルの崩壊後には、破産者が続出し、経済が大きな打撃を受けるのだが、残念ながらその反省は、後世には引き継がれない。バブルは資本主義の宿命とも言えるものなのだ。
 誰かが、モノを買ったあと、その商品の値上がりで儲けが出る。すると、それを横目でみていた人たちが真似をする。それによって、買いが増えるので、商品はまた値上がりをする。それをみたより多くの人が投機に参入してくるので、ますます値上がりが激しくなる。これがバブルの基本メカニズムだ。
 今回のバブルには三つの特徴がある。第一は、「エブリシングバブル」と呼ばれるほど、投機があらゆる対象に及んでいることだ。もともとバブル期には、株価だけでなく、商品取引や不動産にも及ぶ特徴があるのだが、今回のバブルは、世界中で、あらゆる投資可能資産が一斉に値上がりしている。第二は、バブルが長期間続いているということだ。例えば、シラーPERという株価の割高指標がある。PERというのは、株価収益率と呼ばれ、株価が一株当たりの純利益の何倍になっているのかという指標だ。ただバブル期には利益自体が水増しされる傾向があるので、その影響を軽減する修正を行ったのが、シラーPERだ。これが25倍を超えるとバブルとみなされるのだが、米国株はすでに94カ月もバブル状態を続けている。ちなみにITバブルの時は79カ月、リーマンショック直前のバブルは52カ月で崩壊した。それを考えると現在はいつバブルが崩壊しても不思議ではないところまできている。第三の特徴は、バブルの山が高いということだ。米国株のシラーPERは、39倍まで上昇した。これはITバブルの時に記録した44倍に次ぐ史上第二位の数字になっている。「山高ければ谷深し」で、いまのバブルが崩壊したときの被害は、かつて経験したことのない大きさになる可能性が高いのだ。

バブルはいつはじけるのか

 それでは、今回のバブルは、いつまで続くのだろうか。「バブル崩壊の時期を予測することは誰にもできない」というのが、これまでのバブル研究の成果だ。だから賢いエコノミストは、バブルの崩壊時期についてコメントしない。だが私は、崩壊の時期は近いと考えている。二つの大きなバブル崩壊の要因があるからだ。
 ひとつはアメリカの金融引き締めだ。FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長は、4月21日に「0.5%の利上げを検討」すると発言し、これを受けてニューヨーク・ダウは一時1000ドル以上の大幅な下落をした。アメリカの政策金利は、3月に0.25%の利上げを実施し、今後も金利の引き上げが続くことから、年内に2%を超える可能性もでてきた。さらにFRBの理事の一人は、6月以降の資金供給量縮小の可能性を指摘している。
 アメリカが厳しい金融引き締めに出る理由は、高インフレが襲っているからだ。アメリカの3月の消費者物価は、前年比で8.5%も上昇している。コア指数と呼ばれるエネルギーと生鮮品を除いた消費者物価指数も6.5%上昇だ。FRBの掲げる物価上昇率の目標は、日本と同じ2%だから、いまの物価上昇率は許容範囲を超えているのだ。ただ金融を締めれば、投機資金を調達しにくくなるから、投機は収まる。つまり、金融商品や国際取引商品が暴落する可能性が出てくるのだ。
 バブル崩壊のもう一つの要因はウクライナ戦争の終結だ。戦争は、地球全体としてみれば必ず経済にマイナスの効果をもたらすが、例外的に、自国が戦場とならなかった国が戦争特需で好景気になることがある。例えば、第一次世界大戦の際の日本経済は、戦場とならなかったために、戦争特需で活況を呈した。しかし、戦争終結直後から、特需喪失による深刻な不況に陥ったのだ。今回のウクライナ戦争でも、世界最大の軍事産業国であり、世界最大の産油国であるアメリカは、戦争と石油価格の上昇で大いに潤っているのだ。しかし、戦争が終結すれば、その反動で原油価格は下落し、兵器の需要は消失する。そこで、景気が一気に失速するのだ。米国株式の本格的下落は、その不況のなかで起きるだろう。

株価はどこまで下がるのか

 ひとたびバブルが崩壊し始めたら、価格が適正価格に戻っていくだけでは済まない。オーバーシュートして下がっていく。そこには「てこの原理」が働くからだ。
 今回の株価バブルを生みだした最大の仕掛けは、「コール・オプション」だと言われている。例えば、いま1000円の株式があったとする。その株を将来の一定時期(満期日)に1000円で買う権利を「コール・オプション」と言う。コール・オプションの価格が100円だったとしよう。仮に満期日に株価が2000円に値上がりしていたら、コール・オプションを買った人は、権利を行使してその株を1000円で買い、すぐに2000円で売る。すると1000円の売却益を手にすることができる。オプションの代金として支払った100円が10倍になって戻ってくるのだ。もし株価が下がっていれば、買う権利を放棄すればよいので、損失は100円で済む。オプション取引は、株式投資というより、ほとんどギャンブルに近いのだ。
 株価が上昇トレンドにあるときは、コール・オプションで手持ち資金をハイスピードで増やすことができる。ところが、株価が下落トレンドになったら、何が起きるだろうか。投機家たちは、今度はプット・オプションという株を売る権利を買うのだ。そのことで、株価が下がるほど儲けることができるからだ。ただ、そうなると、売りが売りを呼んで、株価は際限なく下がっていく。それがオーバーシュートの原因になるのだ。
 1920年代の自動車・家電バブルに沸いたアメリカで、ニューヨーク株式市場は、1929年10月24日に暴落の初日を迎えた。だが米国株は、その後も上昇と下落を繰り返しながら、踏みとどまった。ニューヨーク市場で本当の大暴落が起きたのは、大恐慌下の1932年のことだった。株価は1年で10分の1になり、恐慌前の水準に株価が戻ったのは、22年も後のことだった。
 もちろん、今回、いつバブルが崩壊するのかは、分からない。今年かもしれないし、来年かもしれない。再来年の可能性もある。
 私自身は、1年半前に投資用の株式をすべて処分した。少しタイミングが早すぎたが、それでも暴落後に売るよりはずっとましだったと思う。
 いま我々が恐れなければならないのは、インフレではなく、バブル崩壊後の強烈なデフレなのだ。

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森永卓郎
経済アナリスト/1957年生まれ。東京都出身。東京大学経済学部卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て、現在、独協大学経済学部教授。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』(光文社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、『年収崩壊』(角川SSC新書)など多数。最新刊『こんなニッポンに誰がした』(大月書店)では、金融資本主義の終焉を予測し新しい社会のグランドデザインを提案している。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。