平井美津子さんに聞いた(その1):「慰安婦」問題と学校教科書

平井美津子さんに聞いた(その1):「慰安婦」問題と学校教科書

ドキュメンタリー映画『教育と愛国』にも登場する平井美津子さんは、大阪の公立中学校の社会科教員。長年、日本軍「慰安婦」の問題を通じて、生徒たちに戦争の本質について考えてもらう授業を続けてきました。ときに激しいバッシングにもさらされながら、なぜこのテーマにこだわり続けてきたのか。それを通じて、子どもたちに何を伝えたいのか。大阪の、そして日本の「教育」の場で起こっていることについてもお話を伺いました。

なぜ「慰安婦」についての記述は教科書から消えたのか

──平井さんは中学校の社会科教員として、日本軍「慰安婦」の問題について考える授業を長年実践されてきていますが、そもそも今、中学校の教科書にはどの程度「慰安婦」について書かれているのでしょうか。

平井 「慰安婦」という言葉を使って解説しているのは、「学び舎」「山川出版社」という2社の教科書だけですね。どちらも進学校が多く採択していますが、特に学び舎は公立学校での採択はゼロなので、そういう意味での影響力は小さいかもしれません。

──2社だけなんですね。1993年に、日本軍「慰安婦」の存在と軍の関与を認める「河野談話」が発表された後、一時期はすべての教科書に「慰安婦」についての解説が載るようになったはずですが、どうしてそれほど少なくなってしまったのでしょう。

平井 すべての中学校教科書に、「慰安婦」についての記述が載るようになったのは97年度からです。といっても、どの教科書も〈朝鮮からは強制的に日本へ連行して鉱山などで働かせました。また、朝鮮などの若い女性たちを「慰安婦」として戦場に連行しています。さらに、台湾・朝鮮にも徴兵令をしきました〉といった数行程度の記述でしたが、これに強く反発したのが、安倍晋三元首相ら当時の自民党の若手議員たちでした。
 彼らは教科書の内容が公表された後、97年2月に「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」を設立し、「教科書に日本のことを誇らしく思えないような内容を載せるべきではない」という主張を政治の場で展開していきます。前後して、「新しい歴史教科書をつくる会」や「日本会議」が立ち上がり、現状の教科書は日本の悪いところばかりを強調する「自虐史観」だという主張が広がっていきました。
 それと同時に、「慰安婦」の記述を載せている教科書会社への圧力やバッシングも激しくなっていったんです。右翼の街宣車が社屋に押し寄せたり、『産経新聞』をはじめとする右派メディアに批判的な記事があふれたり……。さらには、教科書会社の経営層の人間が文科省に呼ばれ、遠回しに「載せないように」と言われたこともあると、故・俵義文さん(「子どもと教科書全国ネット21」前事務局長)が証言しています。

──そうなると、載せることが禁止されているわけではなくても、「忖度」が広がりそうです。

平井 教科書一冊を編集するのには、だいたい3000万円近いお金がかかるといいます。教科書検定に通らなければそれは全部パー。そして検定結果を決めるのは文科省ですから、政府の言うことを聞かなければ検定不合格になるかもしれない、それは経営的に大問題だと当然考えますよね。結果として、「慰安婦」に関する記述は徐々に減っていくことになりました。
 さらに2005年には、最後までふんばって「慰安婦」についての記載を残していた業界大手の日本書籍が、右派メディアからの激しい攻撃を受けた末、採択数の激減による経営破綻に追い込まれます。他の教科書会社にしてみたら「明日は我が身」。このまま「慰安婦」の記述を載せていたら、自分の会社もいつ二の舞になるか分からない。なかなか「うちでも載せよう」とはならないですよね。

──映画『教育と愛国』には、「慰安婦」についての解説を載せている2社の一つ、「学び舎」の教科書を採択した中学校に、大量の抗議ハガキが送りつけられたという話も出てきました。

平井 そうです。そうした攻撃を受けたくないというのも、教科書会社が記述を載せない理由の一つになっていると思います。

「教科書に載っていない」ことを教えるのは問題?

──そんな中で、平井さんは教科書を使わずに「慰安婦」についての授業をしているということでしょうか。

平井 実は、今一番シェアの大きい東京書籍の教科書には「慰安婦」という言葉こそ出てこないものの、〈こうした動員は女性にも及び、戦地で働かされた人たちもいました〉という記述があるんです。編集の方によれば、これは「慰安婦」のことを指しているんだと。先生たち、「慰安婦」についてはここの部分を使って教えてくださいね、ということなんだそうです。まあ、かなり意識的に「教えよう」としている先生でないとスルーしてしまうとは思いますが……。

──教科書会社の中でも、心ある人は「なんとか残そう」と苦心されているのかもしれませんね。

平井 私の勤務校もこの東京書籍の教科書を使っているので、中学3年生の授業でこの部分にさしかかったときに、生徒たちに「この『女性たち』って、どんな人やと思う?」と聞くところから始めています。だいたいは「看護婦さん」「芸能人」なんて答えが返ってくるので、「たしかにそういう人たちもいたけど、この女性たちは違うよ、慰安所っていうところで働かされていた、慰安婦って呼ばれてた女性たちなんや」っていう話をするんです。

──「教科書に載っていないのに…」と言われたりはしませんか。

平井 言われますよ。今の先生たちの多くが、授業というのは教科書に載っていることを教科書通りに教えるものだと思っていますから。
 でも、たとえば数学や図工など他の教科でも、教科書には載っていない部分だけど子どもたちの理解を深めたいから教えよう、ということはよくあります。あるいは音楽なら、教科書には載ってないけどいい合唱曲だから子どもたちに歌わせよう、とか。社会科だけが「教科書に載ってないのになぜ教えるのか」といわれるのはおかしいでしょう、と私は反論しています。
 それに、もし本当に「慰安婦」を教えることが問題なんだったら、それについての記述を残している学び舎や山川出版社の教科書が検定を通るはずがない。あの2社の教科書にちゃんと載っているということは、「慰安婦」問題というものが、中学生に教える歴史事象として問題ないと、政府も認めているということですよね。まあ、本来は「何を教えるか」は、政府が決める筋合いのことではないんですけど。

──とはいえ、「教科書に載っていない」ことの影響は大きいのでしょうか。

平井 そうですね。「載っていないことは教えない」先生が多いし、教えたいと思っても、やっぱりまったく記載がないと、系統立てて教えにくいところがあります。私自身も、本格的に授業の中で教え始めたのは、教科書への記載が始まった97年からですね。
 そもそも、教科書に書かれるのはたくさんの歴史研究者が研究を積み重ね、事実を厳しく検証して作りあげてきた「定説」です。それを、研究者でも何でもない政府の人間が「気に入らない」からといって書き換えさせてきたわけで、それ自体がめちゃくちゃ問題ですよね。それじゃ国定教科書じゃないか、と思います。

「かわいそうな人」ではなく、一人の生身の女性として

──授業の内容をもう少し具体的にお聞きしたいのですが、慰安所で「慰安婦」にされた女性たちがいて……という話をした後は、どんなふうに授業を進めるのですか。

平井 私はなるべく、元「慰安婦」の女性を一人取り上げて、その人の人生を詳しく語るようにしています。その人がどんな子どもだったのか、どうして「慰安婦」にされてしまったのか、慰安所ではどんな状況に置かれていたのか、戦争が終わったあとどんな人生を歩いて、どうして「慰安婦」だったことを告白しようと思ったのか……。
 たとえば先日は、戦後日本で暮らしていた元「慰安婦」、宋神道(ソン・シンド)さんの人生を紹介しました。気の強い女の子だった彼女が、たった14歳で結婚させられそうになって逃げ出し、実家に帰ってもいたたまれないまま親切そうなおばあさんの言葉を真に受けたら、慰安所に連れていかれてしまった。何度も逃げようとしたけれどそのたびに捕まって、ベルトでひどく殴られたせいで耳も聞こえなくなってしまったんだ、という話をしたんです。

平井美津子さん。インタビューはオンラインで行った

 そんなふうに、女性たち一人ひとりの人生を想像することで、この人たちが決して自分から望んで行ったのではないということを知ってほしいと思っています。抵抗したり、逃げようとしたりすれば殴られる、人によっては軍刀をちらつかせて脅されたりもする。実際に殺されてしまった女性もいる。仮になんとか逃げ出したとしても、簡単に逃げのびられるようなところに軍隊は駐留していない。そういうことを理解してほしいんですね。
 あと、元「慰安婦」の女性たちの人生を、単なる被害者、単なるかわいそうな人ではなく、一人の生身の女性として受け止めてほしいという思いもあります。といっても、最初からそう考えていたわけではなくて、私も今から思えば「かわいそうな人たち」という、上から目線の教え方をしていた時期もありました。それを「違う」と気づかせてくれたのは、子どもたちなんです。

──何かお話をされたんですか?

平井 授業の後、いつも生徒たちに短い感想を書いてもらうのですが、多いのはやっぱり「かわいそう」「私だったら耐えられない」といった内容。その中で、ある女の子が「慰安婦にされた女性たちはすごい」と書いてきたんです。「この人たちは、自分の経験を誰にも話さずに終わらせようと思えばそうできたのに、そうしなかった。つらい思いをして語ってくれたことが社会を動かし、私たちがこの問題を知ることにもつながった。尊敬する」というんですね。

──そう考えられるのがすごいと思います。

平井 私も、大事なことを教えられた気がしました。元「慰安婦」の女性たちは、確かに最初は「かわいそう」な存在だったかもしれないけれど、勇気を持って立ち上がったことで、社会を動かすアクティビストになったわけですよね。30年以上前、韓国が今よりもはるかに保守的な社会だったときに、よくぞ名乗り出てくれたと思います。だから私は、91年に韓国で初めて元「慰安婦」として名乗り出た金学順(キム・ハクスン)さんは「#Me too」の始まりだって言ってるんですけどね。そういうことを、誰にも言われずに発見した子どもたちは偉いなと思います。

「慰安婦」の問題は、現代の性暴力の問題にも通じる

──さて、「慰安婦」の問題を学校の授業で取り上げにくい理由として、性の問題が絡んでいるということもあるのではないかと思います。慰安所で具体的に何が行われていたのかについては、どんなふうに伝えておられるのでしょう。

平井 私ははっきり「兵隊さんたちのセックスの相手をさせられていた」と、ここは恥ずかしがらずに言います。まだ性的な体験もない、恋に憧れているような年頃の女の子が、全然知らない男たちのセックスの相手を、それも多い日は一日に何十人もさせられたんだ、と。
 たしかに、「慰安婦の問題は事実かもしれないけど、中学生に教えるのは早い」なんて言われたこともありますよ。管理職から「平井さんから慰安婦のことを習った生徒が、家で『お母さん、慰安婦って知ってる?』って聞いてきて困ったと言ってる保護者がいる」とか。
 これは、学校での性教育がちゃんと行われてこなかったことと背中合わせだと思います。私の勤務校がある市は大阪の中でも性教育に対しては先進的なところで、かつては市が独自に作った性教育読本もあったくらいだったんですね。

──それはすごいですね。

平井 ところが、1997年に七尾養護学校事件※があって性教育バッシングが広がった時期に、私の市が作った読本も国会で問題視されて。結局、市は読本を全部回収し、そこから性教育全体が一気に後退していくことになりました。
 でも、中学生ともなれば、部活や塾で家に帰る時間が遅くなることもあって、痴漢などの性被害に遭う子が一気に増えます。私が教えていた学校でも以前、ある女子生徒が朝から痴漢に遭ったと言って登校してきたことがありました。半泣きで「怖かった」と訴えるその子に、ある先生が「おまえ、そんな短いスカートはいてるからや」と言ったんですよ。私はもう、腹が立って腹が立って。急いで生徒に「あんたが悪いんちゃうよ」と言いましたけど……。
 「慰安婦」にされた女性たちの中にも、「騙された自分が悪いんだ」と言う方がいらっしゃいます。これは現代の、性暴力に遭った人たちもそうですよね。しかも、「どれだけ抵抗したか」が、裁判で「合意ではなく性暴力だった」と認められるかどうかに関わってきたりする。本当はそんなこと、被害には何の関係もないはずやのに。
 だから、性暴力にさらされかねない中学生の子たちにこそ、「性被害を受けたのがどんな状況であっても、被害者は悪くない」ということを伝えたいと思っています。その意味でも、「慰安婦」の人たちがどんな状況にあったかということは、しっかりと話しておきたいんです。

※七尾養護学校事件:東京都日野市にある都立七尾養護学校(現・七尾特別支援学校)で行われていた独自の性教育プログラムの内容が「不適切」「異常」だとして、一部都議会議員や石原東京都知事(当時)が強く非難。これを受け、都の教育委員会は同校から教材資料を没収するとともに、校長や教員への懲戒処分、厳重注意などを行った。のちに校長が処分取消を求めて都教育委員会を訴えた訴訟では、都教委の処分は「裁量権の濫用である」として処分取り消しの判決が確定している。

──先ほど、女子生徒の感想の話がありましたが、男子生徒の反応はどうなのでしょう。

平井 「もし自分が兵隊なら」って考える子が多いみたいですね。「先生、兵隊さんはみんな慰安所に行ったん?」って聞いてきた子がいました。もし戦争になって自分が兵隊になったら、自分も慰安所に行ってしまうのかと不安だ、というんですね。そんなことないよ、と言って、「自分は故郷に好きな人を残してきたから慰安所には行かない」と意志を貫いた人もいたよ、という話をすると、ほっとした顔になるんです。
 あと、「先生、これは誰にも読まさんといてな」と言って感想文を持ってきた子がいました。そこには、「僕には好きな女の子がいる。その子がもし慰安所に連れて行かれたらと思ったらすごくドキドキした」と書いてあって。男の子も「他人事じゃない」と感じてくれてるんやなと思ったし、それはこちらが恥ずかしがらずにきちんと話すからこそ伝わったんやと思います。
 もちろん、話を聞いてニタニタしながらふざけ合ってる子たちもいますよ。それ見て「腹立つわ」って言いに来た女の子もいるし。でも、そうしてふざけている男の子たちの中にも、きっと残るものはあるんじゃないかと。今は分からなくても、いつか何かのときに思い出してくれたらいいなと思っています。

(その2につづく)

(取材・構成/仲藤里美)

(ひらい・みつこ) 1960年生まれ。大阪府大阪市出身。立命館大学文学部史学科日本史学専攻卒業。奈良教育大学大学院教育学研究科修士課程修了。大阪府公立中学校教諭、大阪大学・立命館大学非常勤講師。子どもと教科書大阪ネット21事務局長。大阪歴史教育者協議会常任委員。専門は、日本軍「慰安婦」問題、沖縄戦。著書に、『教科書と「慰安婦」問題  子どもたちに歴史の事実を教え続ける』(群青社)、『「慰安婦」問題を子どもにどう教えるか』(高文研)、『生きづらさに向き合うこども  絆よりゆるやかにつながろう』(日本機関紙出版センター)など著書多数。

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