第115回:10万年の問題を10年ちょっとで忘れてしまった岸田首相(想田和弘)

 岸田文雄首相は8月24日、原発の新増設について検討する考えを示した。

 新増設に舵を切るならば、福島第一原発事故以降新増設を抑制してきた国の政策の大転換である。

 岸田氏は「脱炭素」を新増設の口実としているようだが、ため息が出るほど、不誠実で詐欺的な理由だと思う。

 周知の通り、原発から出る放射性廃棄物は、10万年も管理が必要だと言われている。言い換えれば、今私たちが原発を使って発電することで、10万年におよぶ未来の世代、未来の地球に危険なゴミを残してしまうことになる。

 今から10万年前といえば、ホモ・サピエンスが世界各地に移動し広がり始めたころだそうだ。そのくらいのスパンの、気の遠くなるような長い間、私たちは地球と生態系を危険に晒すことになる。しかも放射性廃棄物を最終的にどこで処分すべきなのか、いまだに決まってもいない。

 要は原発ほど環境に対する負荷が大きい発電方法はない。そして過酷事故を起こしたときの環境に対する被害の深刻さは、福島で証明済である。

 それをあろうことか「脱炭素」という環境問題を大義名分に進めようという、この本末転倒。欺瞞。

 10万年の問題を、福島の事故からたった10年ちょっとで忘れてしまった岸田首相と自民党。

 あまりにも酷くないか。

 岸田首相は同時に、ロシアとウクライナの戦争を追い風に、軍事費の倍増も目論んでいる。

 しかし稼働中の原発を「仮想敵国」とやらに攻撃・占拠されたら、日本は一瞬でゲームオーバーである。

 折りしも28日、ウクライナのザポリージャ原発が砲撃を受け、放射能が拡散する恐れが生じているとのニュースが入ってきた。ロシアとウクライナは、双方とも「相手がやった」と責めている。その真相はわからない。わかっているのは、戦争になれば、日本でもこういう恐ろしい事態が容易に起きうるということだ。

 もし岸田首相が真剣に国防を考えているのならば、原発の再稼働や新増設はあり得ない。

 逆に言うと、岸田氏が原発の再稼働や新増設を進めるということは、「仮想敵国」は実は存在せず、軍事費を倍増するための口実でありギミックにすぎないということであろう。

 いずれにせよ、原発を推進することと、国の守りを固めるということは、絶対に両立しえない。私たちは、この明らかな矛盾を絶対に見逃してはならない。

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想田和弘
想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒業。スクール・オブ・ビジュアル・アーツ卒業。93年からニューヨーク在住。BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。監督作品に『選挙』『精神』『Peace』『演劇1』『演劇2』『選挙2』『牡蠣工場』『港町』『ザ・ビッグハウス』などがあり、海外映画祭などで受賞多数。最新作『精神0』はベルリン国際映画祭でエキュメニカル賞受賞。著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』『観察する男』『熱狂なきファシズム』など多数。