「あいつら、尋問する前にシャワーを浴びせるんだよ、どうしてかわかるかい?」
1989年冬。ベルリンの壁が崩壊して間もないころ、東ベルリンのカフェで知り合った男性から聞かれた。彼はかつて民主化運動に携わったかどでシュタージ(東ドイツ国家保安省の通称)の刑務所に拘禁されたという。ぼくが彼の問いに答えられないでいると、
「拷問するからさ。身体が火照っていれば鞭で打っても身体に傷跡が残りづらいからね」
イデオロギーを異にしていても、東ドイツの秘密警察のやり方はナチスと変わらないのではないか――東ドイツ国立フンボルト大学でドイツ語学を教わっていた教師にそんな問いを投げかけると、
「東ドイツの指導部の多くは戦時中、ドイツ共産党員としてナチスに弾圧された。しかも亡命先はスターリン下のソ連だったので、民主主義とは何かを経験したことがない。だから反対する者に対して、自分がやられたことをしてしまうのではないかしら」
彼女は国立大学の教員として声高に政権批判をすることはなかったが、一外国人学生であるぼくの質問にいつも真摯に答えてくれた。
民主化運動の活動家、そしてドイツ語学の教師。2人ともベルリンの壁崩壊後、多くの東ドイツ国民が「自由」を連呼し、早期のドイツ統一を求める姿に複雑な思いを抱いていた。民主主義は上から与えられるだけでは発展しないことを知っていたからだと思う。
さて、このドラマに登場する主人公。彼女も当時の世の風潮を苦々しく思っていたひとりである。ただし、上記の2人とは違う意味で。クレオ・シュトラウブは元シュタージの実行部隊。政権に邪魔な者を消す任務を粛々と果たす凄腕の暗殺者であった。
ベルリンの壁崩壊の直前、西ベルリンに潜入した彼女は喧騒としたクラブで、ある人物を毒殺することに成功する。ところが、ミッションを果たした直後に二重スパイの容疑で投獄される。クレオはシュタージの非公式協力者だった。したがって国家保安省職員としての彼女のファイルはない。
東ドイツ時代の政治犯であるがゆえに、ドイツ統一後に出所したクレオは、かつて忠誠を誓った東ドイツでの名誉を回復するため、単独で真相究明に向かう。
彼女の前には次から次へと裏切者たちが現れてはクレオの命を奪おうとし、逆に殺されていく。ベルリンで派手な銃撃戦も繰り広げられる。リアリティを度外視したストーリー展開だが、クレオを演じるイェラ・ハーゼをはじめ、ハリウッドでは見られない生活感を漂わせる俳優たちが見る者を現実の世界にとどめてくれる。
クレオはどこにでもいそうな旧東ドイツの女性だ。それはそうだろう。暗殺者が暗殺者然としていては仕事にならない。あまり俊敏には見えないが、いざとなると抜群の身体能力で事態を打開していく。
舞台はやがてベルリンからチリのサンティアゴへ。そこで見えてきたのは冷戦時代に敵同士が結んでいた密約だった。ネタバレにならないよう、嫌韓的な言辞を弄していた政治家や言論人たちが、実は日本を敵視する韓国のカルト教団をつるんでいたこととが明らかになりつつある現代の日本を連想させなくもない、とだけ言っておこう。
息もつかせぬ疾走感で一気に進む。ここまでやるか! という演出もむべなるかな。全8話を堪能されたし。
(芳地隆之)
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