フランス共和国保安機動隊がデモ参加者に容赦なく警棒を振り下ろす、その場に居合わせた無抵抗の人間にも馬乗りになってねじ伏せる、自動車のガラス窓を割ってドアを開け、なかにいる人間を強引に引きずり出す、ゴム弾の銃口を至近距離で躊躇なく相手に向ける――これが自由・平等・博愛の国で行われたことなのかと目を疑うシーンの数々だ。
発端は2018年11月、燃料税の値上げの反対デモだった。自動車運転者に携行が義務づけられている黄色い安全ベストを参加者が着用したことから「黄色いベスト運動」と呼ばれたデモは、翌年に入っても毎週のように続けられた。それがマクロン大統領の辞任を訴える反政府デモにまで広がったことから、マクロンは制圧に踏み切ったのだが、スマートフォンで撮影されたのは、罵声を浴びせながら力でデモ参加者を屈服させる制御の利かなくなった機動隊たちの姿である。
結果、デモ隊の2人が命を落とし、5人が片手を失い、27人が片目を潰された。
本作品では様々な人間が映像を前に議論を重ねる。時の政権が暴力を独占していいのか、意見の多様性こそが民主主義ではないのか、いや暴徒に攻撃される警官こそが犠牲者だなど、当時、現場にいた人々の証言も交えながら進む。登場する人物の肩書を前もって明かさないのは、発言者の立場をあらかじめ知らせると、観客の見方にバイアスをかけてしまうとデュフレーヌ監督が考えたからである。
後半にはマクロン大統領とロシアのプーチン大統領との対話の映像が挿入される。当時のフランス政府の対応は国連でも批判されていた。それに対して同国内では反発する声も少なくなかった。「わが国ではあのような弾圧はない」というプーチンに対し、マクロンはおもむろに通訳のイヤホンを外し、「デモ隊は自由を求めたのではなく、秩序を破壊しようとしたのだ」と自らの判断の正当性をまくしたてた。
「ロシアでは政権に反対する人を地下鉄で拘束したり、家に押し入り連行したりして、デモを事前に潰すのだ」とその場で映像を見たひとりが指摘する通りなのだが、マクロンの取り乱し様と、プーチンの老獪さが対照的に示されたシーンであった。
同監督はエンドロールの後、スクリーンに登場し、私たちにお礼を述べる。「フランスでは革命以来、デモは日常の光景だが、日本では違う」が、「一緒に考えてもらえればうれしい」と。
英国オックスフォード大の研究チームが運営する国際統計サイト「Our World in Data」によると、2021年の時点で「自由と民主主義」の体制をもつ国と地域は34であるのに対して、「選挙は行われるが独裁体制を有する」ならびに「閉鎖型独裁を敷く」国と地域は109に上る。世界で自由と民主主義を享受する人口の割合は29%(23億人)。すなわち71%に相当する55億6000万人は、本当の意味での「投票権」の保障を十分に受けていないのである。
本作品には、この世界で29%に属する私たちが「自由と民主主義」を守るために連帯していこうという監督のエールも込められている。
(芳地隆之)
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『暴力をめぐる対話』(2020年フランス/ ダヴィッド・デュフレーヌ監督)