第247回:岸田退場の鐘が鳴る(鈴木耕)

「言葉の海へ」鈴木耕

新聞を開くと憂鬱になる

 毎朝のぼくのルーティンは、朝風呂と、その後にのんびり新聞を開くことである。会社を辞めてから、時間は自分でほぼコントロールできる。だから、なるべく午前中の仕事は入れない。朝は自分のもの。フリーになっても、ありがたいことに多少の仕事はある。人に会うことや打ち合わせ、取材、会議なども必要だが、できるだけ午後にお願いしている。むろんたまには、よんどころなく午前中に出かけることもあるけれど。
 朝風呂。退職してもう17年、今やすっかりこれがぼくの朝の儀式になった。こうしないと目が覚めない。目が覚めたところで新聞を広げる。電子版(沖縄タイムス)を入れて4紙を購読中だ。めくりながら、重要だと思った記事を切り抜いてファイルする。
 ファイルブックは、【憲法・沖縄その他】が72冊、【原発】が49冊になった。あの東日本大震災とそれに続く原発爆発から始めたぼくの資料だ。仕事の上では、これがいちばん役に立つ。パソコンでも検索するけれど、実際の活字の大きさや写真の生々しさは、やはり新聞紙面のほうが、ぼくの頭を刺激するのだ。
 だが最近、新聞を開くのがちょっと憂鬱になっている。嬉しい記事や楽しいニュースがぱったり減ってしまい、暗い未来を感じさせるような見出しばかりが並んでいるからだ。ぼくはもう高齢だから諦めもつく。それでも火薬の臭いやミサイルの轟音が聞こえそうな記事ばかりを読まされると、老いの憂鬱に拍車がかかる。
 国会に諮りもせず、国民に信を問うこともなく、日本という国の行方をと命運を左右するような重大事を、一内閣のたった一度の閣議で決めてしまうという、まさに乱暴極まる岸田内閣の動きへのぼくの反応。

軍事用語満載の見出し群

 例えば、12月16日、17日の新聞紙面から、目についた見出しを拾ってみようか。

◎東京新聞
 専守防衛 形骸化
 安保3文書改定 敵基地攻撃能力を閣議決定
 防衛増税 年1兆円強
 安保・原発 信任なき転換一気に

◎朝日新聞
 撃たれる前に「反撃」 相手の「着手」判断基準なし
 「密接な他国」への攻撃時も
 攻撃対象 歯止めない恐れ 骨抜きの専守防衛
 進む米軍との一体化 「矛」の一翼に
 増税、反発受け先送り 5年43兆円 財源かき集め

◎毎日新聞
 安保関連3文書 潜水艦に長射程ミサイル
 海中からも反撃能力

 この「安保3文書要旨」は各社が大きく扱っている。その内容が次の3点。
 国家安全保障戦略
 国家防衛戦略
 防衛整備計画

 これを読むと、なんともおどろおどろしい言葉の羅列。

パワーバランスの歴史的変化と地政学的競争の激化で、国際秩序は重大な挑戦に晒されており、対立と協力の様相が複雑に絡み合う時代となっている。
 我が国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している。ロシアによるウクライナ侵略で、国際秩序を形作るルールの根幹が簡単に破られた。(略)

 しょっぱなから危機感をこれでもかと煽り立てる。そして、防衛戦略では

(略)有効な反撃を加える能力を持つことにより、武力攻撃そのものを抑止する。(略)
 防衛力の抜本的強化に当たって重視する能力
 ①スタンド・オフ防衛能力 ②総合防空ミサイル防衛能力 ③無人アセット防衛能力 ④領域横断作戦能力 ⑤指揮統制・情報関連機能 ⑥機動展開能力・国民保護 ⑦持続性・継続性

 「軍事用語」が文面を埋め尽くす。「気分はもう戦争」である。その上で「防衛力整備計画」が示される。これが肝であり、気が遠くなるほどのカネがかかる兵器や弾薬、航空機、戦艦などが「防衛整備計画の別表」として列挙されている。
 確かにこれだけの装備を揃えるのであれば、そりゃ財源は必要になる。だが、むろんのこと、ここでは「国会に諮って」とも「国民に信を問うて」とも触れていない。そんなものは、さっさと閣議で決めてしまったのだから、お前らに聞く必要などない、ということらしい。それが安倍政権以来の自民党のやり方だからだ。

米製ガラクタ兵器の爆買い

 ほんと、すごいよ。
 護衛艦、潜水艦、哨戒機、イージス搭載艦、早期警戒機、弾道ミサイル防衛用迎撃ミサイル、能力向上型迎撃ミサイル、輸送船舶、輸送機、空中給油機……書き写すだけで、原稿の文字数がオーバーしてしまいそうだ。
 だがこれらについて、防衛ジャーナリストの半田滋さんが、デモクラシータイムス「半田滋の眼 No.70」で、「防衛費43兆、掴み金!ガラクタを買っている日本」(11月29日配信)と解説してくれているから、ぜひ観ていただきたい。同じことを半田さんは、「3文書改定は『安倍政治』のしりぬぐい 米国製兵器の『爆買い』が防衛費を圧迫する」(週刊金曜日、12月16日号)でも書いている。
 ここに「なぜこんなに唐突に、膨大な防衛予算(軍事費)が積み上げられたか」の答えがある。やはり、日本はアメリカのガラクタ兵器のお得意先だったのだ。それが「防衛力整備計画の別表」の中身なのだ。
 まるで最前線と位置付けられた沖縄現地の反応は、もっと切実だ。

◎沖縄タイムス
 安保3文書閣議決定
 有事に標的 懸念
 軍備増強 頭越し 地域の緊張招く恐れ
 国会議論足りず拙速
 米軍との一体化加速 権威具体的説明なく
 南西地域の防衛強化
 沖縄陸自「師団」格上げ 司令部の地下化検討も

 これが岸田内閣の突然の「安保政策改定」への反応だ。最近は、かなり腰が引けていると批判されることの多い新聞各紙だが、今回はかなり危機感を表した見出しを立てている。だけど、安保関連や軍拡の問題ばかりじゃない。気分が落ち込むような記事がほんとうに多いのだ。
 例えば毎日新聞から、少し見出しを拾ってみる。

◎毎日新聞
 薗浦氏、証拠隠滅指示か 収支メモ消去 秘書緒が録音
 (薗浦健太郎自民党衆院議員の政治資金疑惑)
 普天間 増える「外来機」 米戦略変わり 他基地から
 首相発言 自民が修正 防衛費増「国民」の責任→「われわれ」
 愛知・勾留死 署内監視強化怠った疑い 岡崎署を捜索
 旧統一教会信者、富山市を提訴 議会の断絶決議「違憲」
 育児支援 財源見送り 全世代型社会保障 防衛優先 たなざらし

 こんな記事がズラズラ並ぶのだから、ほんとうに気が滅入る。
 明るい話題と言えば「サッカーW杯」だけれど、それだって、主催国カタールの人権侵害やそれに抗議する人々の抗議等の報道を見ていると、なんだか素直に喜ぶ気になれない。その上、このカタール大会に絡んでの汚職疑惑でEU議会副議長が逮捕というおまけまでついている。それでも札幌五輪を諦めないという日本の五輪委員会には反吐も出ようというものだ。

思想無き者は政治を担ってはいけない

 この17日、18日で各報道機関が行った世論調査では、岸田内閣への怨嗟の声が吹きあがっているようだ。

岸田内閣支持 不支持
毎日新聞 25% 69%
共同通信 33.1% 51.5%
朝日新聞 31% 57%

 もはや「死に体内閣」という状態に陥っていると言ってもいい。
 注目に値するのは、少し前までは、「防衛費増額」では賛成が反対を上回っていたのだが、今回の朝日調査では、防衛費の拡大については、賛成46%、反対48%と、かなり拮抗してはいるものの、防衛費増額について、反対が賛成を上回ったことだ。
 ロシアのウクライナ侵攻で世論を煽り立て、国会や国民の意見も聞かずに、強引に「軍拡路線」「原発推進」に舵を切った岸田首相のやり方に、国民も「なんかおかしい」と気づき始めたということだろう。

 岸田氏の失敗は、安倍派の意を汲んで極右路線にひた走ったことだ。岸田氏自身が安倍氏と同じように極右的思想を持っているのならばまだ分かる。けれど、ぼくには岸田氏が極右思想の持主とは思えない。
 彼の内部は空っぽ、なんにもない空虚な闇だ。ただ政権維持のために最大派閥のいうことを聞くだけ。それが、国民に見透かされ始めたということだ。実際、岸田氏は朝令暮改、朝三暮四のいい加減な暗愚の宰相だった。

 思想無き者が政治を担ってはいけない。
 岸田退場の鐘が鳴り始めている。

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鈴木耕
すずき こう: 1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)、『反原発日記 原子炉に、風よ吹くな雨よ降るな 2011年3月11日〜5月11日』(マガジン9 ブックレット)、『原発から見えたこの国のかたち』(リベルタ出版)、最新刊に『私説 集英社放浪記』(河出書房新社)など。マガジン9では「言葉の海へ」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。